プロモーションツアーで台湾を訪れたあいみょん。2018年5月15日(写真:時事通信社)

正直、この連載で取り上げるには遅すぎたと思っている。昨年、若者を中心に人気が爆発し、年末のNHK『紅白歌合戦』にも出場、幅広い層にその名をとどろかせた24歳の女性シンガー=あいみょん。

今年に入っても、その人気はまったく衰えていない。6月10日付「Billboard JAPAN HOT100」において、あいみょんは40位以上に、何と5曲も送り込んでいる。

5位:『マリーゴールド』
12位:『ハルノヒ』
18位:『君はロックを聴かない』
24位:『今夜このまま』
32位:『愛を伝えたいだとか』

驚くべきはこの内、今年のリリース楽曲は『ハルノヒ』だけで、『マリーゴールド』『今夜このまま』は昨年、『君はロックを聴かない』『愛を伝えたいだとか』に至っては一昨年のリリースだということである。


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今回は、一部メディアが「あいみょん現象」と騒ぐこの盛り上がりが、どのような音楽的要因によって形成されたのかを考察したいと思う。

なお今回の分析には、主にシングル曲を対象とする。具体的には上の5曲に『貴方解剖純愛歌〜死ね〜』『生きていたんだよな』『満月の夜なら』を加えた8曲だ。

切っ先鋭い「あいみょんパンチライン」

ブレイクへの要因として、真っ先に浮かぶのが、あいみょんの作詞能力だ。切っ先鋭いコトバづかいが実に印象的なのである。

「パンチライン」という音楽用語がある。主にラップのリリック(歌詞)の中における「決めフレーズ」を意味する言葉なのだが、あいみょんの歌詞には「あいみょんパンチライン」とでも名付けたくなるような切っ先鋭いコトバが、そこかしこに埋め込まれているのだ。

そもそもタイトル自体がパンチラインとなっている曲が多い。『貴方解剖純愛歌〜死ね〜』は別格として、不思議に口語的な『生きていたんだよな』『愛を伝えたいだとか』や、『君はロックを聴かない』という、いかにも音楽業界を騒がせそうな言い回しなど。

また最新アルバム『瞬間的シックスセンス』(このタイトルも一種のパンチライン)の収録曲=『ら、のはなし』『from 四階の角部屋』などもなかなかのパンチラインだ。

さらには歌詞の中でも、『満月の夜なら』の「♪君のアイスクリームが溶けた」や、『今夜このまま』の「♪とりあえずアレください」などの際どい意味合いを深読みさせるフレーズや、『マリーゴールド』の「♪でんぐり返しの日々」、『ハルノヒ』の歌い出し=「♪北千住駅のプラットホーム」などなど、「あいみょんパンチライン」は尽きない。

歌詞全体から彷彿される世界観で、というより、歌詞の中の個々のフレーズで爪痕を残そうという意志にあふれている。だから詩人というよりは、コピーライターに近い才能のきらめきを強く感じる。その結果として「あいみょんパンチライン」が、ひいてはあいみょん自身が、現在の音楽シーンで独自の鋭いきらめきを持つと考えるのだ。

あいみょんサウンドの「人懐っこさ」

しかし同時に、私が指摘したいのは、そんな切っ先鋭いコトバには一見似つかわしくない、あいみょんサウンドの「人懐っこさ」である。

まずはボーカルの声質。独特のハスキーな声質で、聴けば聴くほど病みつきになるのだ。

いくつかのインタビューであいみょんは、好きな音楽家として、スピッツ(草野マサムネ)や浜田省吾を挙げている。彼らからの影響なのか、彼らに似たハスキーでストレートな歌い方が、あいみょんボーカルの魅力に直結していると思う。

次にアレンジ。アコースティックギターを中心に置きながら、落ち着いたテンポをキープする、しっとりとした親しみやすいアレンジが特徴である。

テンポについては、BPM(1分間の拍数)で、『貴方解剖純愛歌〜死ね〜』が約165と速いが、それ以外のシングルはおしなべて、100から110くらいのミディアムテンポで統一されている(ちなみに『君はロックを聴かない』の中に「♪僕の心臓のBPMは190になったぞ」というパンチラインがあるが、BPM190とはRADWIMPS『前前前世』レベルの相当な速さだ)。

この点に関して、あいみょんのプロデューサーである鈴木竜馬氏はインタビューで以下のように語っている。

「今の日本で主流の楽曲のテンポは、本来、日本人に合うテンポよりも少し速いんです。それに対して、あいみょんの曲は、テンポをレイドバックさせて80年代や90年代に多かったニューミュージックや歌謡曲のテイストを入れて歌いやすくなっています」(サイト:Agenda note「あいみょんプロデューサー 鈴木竜馬が語るヒットの法則『音楽業界のエッジからセンターへ』」)

さらに注目したいのがコード進行である。今回、この原稿を書くにあたって、先のシングル群のコード進行を確認してわかったことは、最近のヒット曲にしては、コード進行が異常にシンプルなのだ。

シングルの中で唯一短調(マイナー)の『愛を伝えたいだとか』を除く、長調(メジャー)の7曲をCに移調して比較すると、全曲が基本、C、F、G、Am、Emなどのベーシックなコードで構成されている。複雑なコードや突飛な転調で埋め尽くされるJポップ界の中で、ポップスの教科書のようにシンプルなあいみょんのコード進行は一層際立つ。

その代表は、『紅白歌合戦』でも歌われた『マリーゴールド』だ。Aメロ(歌い出し)もサビも、ともに「C→G→Am→G→F→C(→Am)→F→G」という、ほぼ同じコード進行が繰り返されている(原曲のキーはD)。

さらにこのコード進行は、いわゆる「カノン進行」と言われるもので、例えば山下達郎『クリスマス・イブ』(1983年)や松任谷由実『守ってあげたい』(1981年)など、多くのスタンダード曲でも使われた、日本人好みのするコード進行なのだ。

あいみょんの「人懐っこさ」は歌謡曲的

以上、あいみょんサウンドの人懐っこさを分解した。その「人懐っこさ」を、私(52歳)の世代風に解釈すれば「歌謡曲的」ということになる。

この点について、あいみょん自身も「日本人に歌謡曲が嫌いな人はいないと思うんですよ。たぶん日本人には歌謡曲のよさがすり込まれていると思うんですよね。(中略)歌謡曲らしさと今っぽさをいかに混じり合わせるかをすごい考えたりしますね」と語っている(雑誌『Talking Rock!』2019年3月号)。

また別のインタビューでも、「どんな音楽を聴いてきたか」という質問に、「やっぱ歌謡曲は好きで、掘りまくってましたね」と、歌謡曲愛を表明している(サイト:VOGUE GIRL「【完全版!】あいみょんの素顔に迫る、本音のガールズトーク。」)。

と考えると、あいみょんサウンドとは、昭和歌謡からJポップを経由して戻ってきた、言わば「令和歌謡」とでも言うべきムーブメントの先駆けなのかもしれない。

加えて、冒頭のコトバの話に戻ると、切っ先鋭い「あいみょんパンチライン」(ツン)と、人懐っこい「令和歌謡」(デレ)の両立という、一種の「ツンデレ現象」こそが、「あいみょん現象」の盛り上がりに大きく貢献していると思うのだ。

最後に「令和歌謡」論に話を戻す。この連載では昨年、米津玄師の歌謡曲性について分析した(『「米津玄師」の曲がロングヒットし続ける理由』2018年10月10日配信)。

また、今年に入ってブレイクしたKing Gnu(キングヌー)やAimer(エメ)の重く陰鬱なサウンドも、あいみょんとは違う意味で歌謡曲成分が多いと思う。

Jポップから「令和歌謡」へ。とてつもなく大きな地殻変動が起きているのかもしれない。