多くのエコノミストより、一般人のほうが「消費増税の本当の問題」をわかっている、といいます(撮影:尾形文繁)

オックスフォード大学で日本学を専攻、ゴールドマン・サックスで日本経済の「伝説のアナリスト」として名をはせたデービッド・アトキンソン氏。退職後も日本経済の研究を続け、『新・観光立国論』『新・生産性立国論』など、日本を救う数々の提言を行ってきた彼が、ついにたどり着いた日本の生存戦略をまとめた『日本人の勝算』が刊行された。

人口減少と高齢化という未曾有の危機を前に、日本人はどう戦えばいいのか。本稿では、アトキンソン氏の「消費税」についての分析を紹介する。

消費税の議論は本質からズレている

2019年6月1日の「現代オンライン」に、面白い記事をみつけました。「消費増税の『ヤバい真実』…40人のエコノミストが明かす衝撃の中身」です。

この記事には、消費税について以下のような記載があります。


「大規模な金融緩和により進んでいた脱デフレの動きが止まったのは14年の消費増税による消費低迷だ」

「『グローバル経済では、中国から米国への全輸出品に対する追加関税リスクとそれによる影響が懸念される』とした上で、『イギリスのEU離脱期限』や『連立政権が崩壊しているギリシャ総選挙』など世界情勢の不安定性が増している状況を懸念する」

「内需を確実に下落させる消費増税は日本経済に破壊的ダメージをもたらし、財政基盤を毀損し、財政をさらに悪化させることは必至だ。デフレ完全脱却が果たされていない中で世界経済が悪化していく状況における消費増税は、確実に深刻な経済財政被害をもたらす」

確かに、経済学の教科書を読めば、景気が悪いときは財政拡大と金融緩和で消費を促すべきで、増税して財政の健全化を図ると消費にマイナスになると書いてあります。しかし、それは学生レベルの話で、人口減少という歴史的大転換を迎えている日本経済の場合、その単純な話を鵜呑みすることは危険だと思います。

日本の消費税率は現在8%で、今年の秋に10%への引き上げが予定されています。10%になったとしても、世界的に見れば非常に低い水準です。しかし、こんな低水準の税率なのにもかかわらず、経済が大崩れするなど、引き上げに対して反対を唱える根強い声を耳にすることが少なくありません。

なぜ、こんなズレまくっている議論を真剣にしているのか。そもそも、なぜズレていること自体に気づかないのか。本当に不思議です。

上記の意見を考えると、その「ズレ」は明らかです。

第1の意見に関しては、2014年の消費増税は、確かに消費低迷の原因の1つかもしれません、しかし「主因」なのかと言われると大いに疑問です。徹底的な統計分析による検証が必要でしょう。

私は、平成元年の消費税導入は別として、それ以降の消費増税は、生産年齢人口が大きく減少する時期だったからこそ、経済への打撃が大きかったと考えています。主因はむしろ「生産年齢人口の減少」です。あいかわらず、エコノミストは内需と人口動態の深い関係を無視していると感じます。特にIMFよると、人口減少と高齢化によってデフレ圧力が増すというしっかりとした分析がなされています。


第2の意見は、日本経済のグローバル化が非常に進んでいるという誤解に基づいています。

過去数十年間、世界経済は大きく成長しているのに、日本経済は明らかにその恩恵を受けていません。なぜマイナスのときだけ影響を受けるのか、理屈が通りません。

そもそも、日本のGDPに対する輸出額は世界113位という低水準です。とてもグローバル化しているとは言えない状況です。確かに一部の上場企業はグローバル化していますが、それがイコール日本経済全体がグローバル化していることを意味しないのは当然でしょう。

第3の意見は、あたかも内需が税制で決まるかのように、経済を単純化しすぎていると思います。

例えば、2018年の人口動態を見ると、生産年齢人口が約100万人減少しました。これらの点を含めて分析すると、日本の個人消費が約2兆円減少したことになります。消費税だけで個人消費が低迷するとは、とても思えません。

毎年人口が減る日本で、財政を拡大して消費減少に対応するとなると、雪だるま的に拡大に拡大を重ねていく必要があります。単年度で考えればいい政策に聞こえるかもしれませんが、長期で考えると非常に危険な考え方です。

そもそも、上記の記事のスターティングポイントは、ある意味で「過去はどうだったか」ですので、私なりに過去を検証したいと思います。

実は私は、エコノミストたちより、一般の人たちのほうが消費税率引き上げの問題の本質、すなわち理不尽に自分たちに降りかかる負担の大きさを理解していると考えています。

まずは、今までなぜ消費増税が経済に悪影響を及ぼしてきたのかを考えたいと思います。

なぜ消費増税は悪影響を及ぼしたのか

理由その1:給料以上に税率が引き上げられた

過去の消費税増税が経済に悪影響を与えた最大の理由は、給料が増えないからです。

3%の消費税が導入された1989年4月、統計局の調査によると日本人の給与は平均して4.3%増加していました。もちろん消費税導入への抵抗はあったでしょうが、給料がそれ以上に上がっているので、内需がマイナスになることはありませんでした。

一方、消費税が2%引き上げられ、5%になった1997年は、給料は平均1%程度しか伸びていませんでした。当然、引き上げには強い抵抗がありましたし、実際の負担も重かったのです。

日本で前回消費税が引き上げられたのは、2014年4月です。5%だった消費税率が3%引き上げられ、8%になったのは、皆さんもご存じのとおりです。

このときは、第二次安倍晋三政権で実施されたアベノミクスが奏功し、過度な円高が是正され、株価も順調に上昇し、企業の業績も好調でしたが、給料の伸びが1%台でしたので、過去もっとも重い負担となっていました。

海外では、消費税の負担は次第に重くされてきましたが、それ以上に給料水準が増えています。対照的に、日本では、長年にわたって給料は低空飛行のままで、給料以上に消費税が引き上げられたため、多くの日本人にとって消費税が重い負担となってしまったのです。

理由その2:生産性に比べて給料が安い

日本人の消費税負担が、欧州諸国に比べるとかなり少ないのは事実です。しかし、それは消費税率が低いからだけではありません。日本人の消費税負担が少ないのは、給料が異常に安いからです。

とくに、低所得者の負担がどの程度なのかは、最低賃金を比較するとわかりやすいです。

日本人の生産性は、例えばイギリス人とそれほど大きくは変わりません。しかし、最低賃金を購買力調整して比較すると、日本の最低賃金はイギリスの約7割程度なのがわかります。これがいかにおかしいかは、子どもでもわかるでしょう。

消費税のかからない非課税対象を無視しても、仮に消費税率が15%の場合、給料が100だとすると、残りの85が実際に使える所得になります 。

しかし、日本の最低賃金はイギリスの7割程度しかありません。イギリスの給料が100なのに対し、日本ではわずか70しかもらえていないのです。そこに10%の消費税がかかれば、残るのは63です。これでは反対の声が上がってもしかたがないでしょう。

端的に言えば、適切な給料をもらっている人から15%の消費税をとるのと、給料が異様に安い人に8%・10%の課税をするのとでは、意味が違うのです。

理由その3:生活必需品も課税対象

海外では、生活必需品は基本的に消費税適用の対象外で、非課税にしている国が多いので、消費税を引き上げても貧困層の負担が重くなることはありません。

しかし、日本ではいまだに生活必需品も消費税の課税対象です。今年予定されている10%への引き上げ時には、軽減税率を採用するなど、さまざまな対策が打たれるようですが、生活必需品がすべて非課税になるわけではありません。

消費税増税の「負担者」は誰か

理由その4:増税は個人部門が負担

給料が上がらないまま、消費税率が上がってしまうと、個人の負担が非常に重くなります。つまり、消費税率を上げて賄おうとしている社会保障費などは、主に個人部門が負担して、企業は直接的には負担しないことになるのです。

ここ数年、最高益を更新する企業が多数あり、企業の内部留保金は未曽有の水準に達するほど、とどまりまくっています。そんな企業には負担をさせず、個人の負担ばかり増やすのでは、反発が高まるのも当然です。

理由その5:企業負担にすると労働条件が悪化する

消費税率が上がったとしても、企業がその分を価格に転嫁しないことも十分にありえます。人口が増加している通常の経済ならば、個人消費が増えるので、価格に転嫁しなくても売り上げの増加によって吸収することが可能です。

しかし、人口が減っている日本の場合、価格に転嫁せずに、ほかに何も手を打たなければ、単純に利益が減ります。そこで、企業は非正規雇用者を増加させるなど、人件費を圧縮し、利益を確保しようとします。つまり、消費税率の引き上げは、労働者の労働条件を悪化させることにつながる可能性が高いのです。

理由その6:生産性が低いから社会保障負担が重い

そもそも、日本の社会保障制度が不健全な状態になっている根本的な理由は、消費税率が低いからではありません。

例えば、年金制度の例で見ると、世界では生産性の高い国ほど年金制度が健全であるという関係性を顕著に見て取ることができます。つまり、生産性と年金制度の健全性には、強い相関関係があるのです。

相関係数を持ち出すまでもなく、生産性が高ければ年金制度が健全化するのは、当たり前と言えば当たり前なので、この件に関しては誰でも理解できると思います。

ですから、福祉制度を充実させるために消費税を引き上げるのは、あまりにも視野の狭い、反射神経的な政策と言わざるをえません。

消費増税議論の根本は「生産性をどれだけ増やせるか」

これからますます負担が増える社会保障費をどうするかは、日本が直面している大きな課題です。高齢化によって社会保障負担は増える。しかし税収が足りない。単純に考えれば、国としての選択肢は以下の3つになります。

1:税収を増やす
2:年金を減らす
3:医療費の個人負担を増やす

ただ、反対論にあるように、税収を増やすと消費は減ります。年金を減らしても、消費は減ります。医療費の負担を増やしても、おそらく高齢者の消費が減るでしょう。

つまり、何をしても消費が減ってしまうのです。

確かに、エコノミストたちが言うように、GDPが横ばいの中で消費増税をすれば、いいことはないでしょう。となると、政府部門の需要を増やすべきという単純な考え方に落ち着きそうです。

しかし、この解釈には重要なミスがあって、本質をとらえていないと思います。これまでの消費税増税のマイナスは、人口、とりわけ生産性年齢人口という最大の消費者の数が減っているのに加えて、給料が上がらない中で、消費税を増税したことが原因です。

ですから、消費増税は必ずダメだという結論は幼稚です。消費税の2回の引き上げが悪影響を及ぼしたのは、実は人口と給料が減っていることが、その主因だからです。

となると、現実的な選択肢はもう1つあります。継続的な人口減少に対応するために、生産性を継続的に向上させることです。

いろいろなところですでに何度も説明していますが、GDPは人口増加要因と生産性向上要因によって増減します。日本は今後数十年にわたって人口が減少していくので、GDPを増やすには生産性を向上させるしかありません。給料を増やせば、人口が減っても可分所得は増えるし、税収も増えるはずです。消費税増税のマイナスの影響を吸収する力も働きます。

拙書『日本人の勝算』でも説明しましたが、生産性向上をさせるには、最低賃金を引き上げる政策が有効なことが実証されています。

日本では昨年まで最低賃金を年3%ずつ引き上げてきました。一方、今年は消費税が2%引き上げられます。最低賃金で働いている人が、給料全額を消費すると仮定すると、今年は賃金が増えた分の3分の2を政府に巻き上げられることになります。つまり、ほとんど賃金が上がらないことになってしまうのです。

ですので、消費税率を引き上げるのであれば、これまでの最低賃金の引き上げ率3%に、消費税率が上がる2%を上乗せして、今年の最低賃金の引き上げ率を5%にするべきです。こうすれば、去年並みの最低賃金の引き上げ幅も守られます。

消費税の上昇は生産性向上で吸収すればよいのです。引き上げ分を取られて損するのではなく、賃金が増える分だけ、より賢く働いて補えばよいのです。

偶然ではありますが、私の試算では、日本政府が毎年最低賃金を5%引き上げる政策を実行すれば、経済は1%成長するという結果が出ています。

「最低賃金5%アップは厳しい」という情けない反論

NHKの報道によると、5月14日の経済税制諮問会議で、サントリーホールディングスの新浪社長が、最低賃金の5%アップを提言されたそうです。それに応えて、菅官房長官は「日本の最低賃金は世界的に見て非常に低い」とコメントされました。

一方、世耕経産大臣は、「最低賃金の引き上げ率は、中小企業には現状の3%が精一杯です」とコメントをしたそうです。こういう発言をしなくてはいけないのは、経産大臣という立場を考えると理解できなくはありません。

しかし、経営者がこういった反論をするのは、理屈が通らないと思います。すべての中小企業の全従業員が最低賃金で働いているわけではないので、中小企業を十把一からげに扱って判断するのはいかがなものでしょうか。

実際どのぐらいの中小企業で対応が難しいのかを示すエビデンスと、対応できるようにするための政策はないのか、お考えを示していただきたいと思います。生産性向上を応援する政策を実行することによって企業に変革を促し、現状では対応できない企業も対応できるようにする道があるのではないでしょうか。

最低賃金5%アップは、月額たったの8000円程度

日本の人材は世界第4位、国際競争力は第5位と、大変高く評価されています。しかし一方で、生産性は第28位と下位に低迷しています。こんなに人材の質と生産性が乖離している国は、世界中を探してもほかにはどこにもありません。正に異常です。

日本人の給料は同じレベルの生産性の国と比べても、7割程度に抑えられているのが現状です。しかも、そういう国よりも国際競争力は日本のほうが上なのです。

そんな日本において、最低賃金の引き上げは本当に大きな負担なのでしょうか。

仮に最低賃金を5%引き上げると、東京であれば1人当たり1時間49円、人件費として企業の負担が増えることになります。年間の労働時間が2000時間の場合、年9万8500円が企業の負担増になりますが、1カ月に直すと、たかだか1人あたり約8210円の増加です(次ページに全都道府県データを掲載)。

月額8210円の給与の引き上げができないなんて、経営者として情けないとしか言いようがありません。この程度の給料の引き上げ分を他から捻出できない経営者は、才能がなさすぎます。こんな無能な経営者には、人を雇う資格はありません。

今、日本はいろいろな業界が人手不足で苦労しています。日本ではこれから人口の減少が本格化するので、人手不足が解消されることは、当分の間ありません。

このように労働市場の需給がひっ迫しているにもかかわらず、月額8000円程度の給与引き上げのできない会社で働いている人は、安い給料でも働いてくれる外国人労働者が大量にやってくる前に、とっとと正当な給与の引き上げができる会社に移るべきです。

いずれにせよ、今後の日本では社会保障の負担が間違いなく増加します。増える負担を吸収するためには、給料の引き上げが絶対に必要です。

日本は世界第3の経済大国です。経済大国である理由として、日本人の勤勉性や優秀さ、または技術力を自慢げに語る人がいますが、3%、月間4500円弱の賃金引き上げが精一杯だというのは、完全に矛盾しています。

この20年間、先進国の企業は給料を約80%引き上げてきましたが、経済は非常に順調です。一方、日本は9%引き下げてきました。その日本がいまだにデフレからは抜け出せていないのは、ご存じのとおりです。

先ほども説明しましたが、日本の人材の質は世界第4位で、大手先進国ではトップです。その優秀な人材に対して時給874円(加重平均)、2000時間働いて年間175万円しか払えないというのであれば、そんな経営者はこの国の恥さらし以外の何物でもないのです。

結論として、私は消費税増税に賛成でも、反対でもありません。なぜならその問題の立て方自体がおかしいからです。私の立場を一言で言えば、「給料が増税分以上に上がるなら賛成、上がらないなら反対」です。