すべてクリーンルームになっている加賀東芝エレクトロニクスの製造ライン(写真:東芝デバイス&ストレージ)

同じ東芝の半導体事業で、業績の明暗が大きく分かれている。

東芝は2018年6月に、虎の子だった半導体メモリ事業「東芝メモリ」を売却した。当時は東芝の営業利益の大半を占めており、反対の声も少なくなかったが、データセンターやスマホ向けなどでメモリの需要が落ち込み、東芝メモリホールディングスは2019年1〜3月期に連結営業損益が284億円の赤字に転落した。その一方、東芝に残った半導体事業の一部は底堅く推移している。

東京・羽田空港から約1時間。小松空港から車で約30分走ると、最先端工場が集まる約23万平方メートルの広大な敷地が見えてくる。東芝のディスクリート(単機能)半導体製造拠点の総本山、加賀東芝エレクトロニクス(石川県能美市)だ。ここ数年、この旗艦工場では24時間のフル稼働状態が続いている。

自動車向けパワー半導体が牽引

特に好調なのがパワー半導体と呼ばれる製品群だ。交流と直流など、電力を制御・変換するスイッチのような役割をする半導体で、LSI(大規模集積回路)のようにさまざまな半導体を組み合わせた複雑な機能や大きな容量を記憶する機能はない。人体にたとえると、LSIの一種であるメモリやCPUが頭脳であるのに対して、パワー半導体は実際に手足を動かす筋肉や心臓に近い。

パワー半導体の中でも牽引役は自動車向けだ。環境規制対応等で増えているハイブリッド車(HV)や電気自動車(EV)向けなどに搭載されているインバータ機器への採用が拡大している。これら電動化された自動車はエンジンではなくモーターを使って走行するため、電気の使用量も多い。パワー半導体が搭載されたインバータは状況に応じてモーター回転数を最適化でき、省電力化できるのが特徴だ。

世界的な調査会社ガートナーによると、世界の半導体市場は2017年から2022年までの5年間の年平均成長率が5.1%と予測されている。メモリは浮き沈みが激しい一方、パワー半導体を含むメモリ以外の半導体市場は右肩上がりで安定している。

加賀東芝エレクトロニクスの徳永英生社長は「車載向けは、品質が絶対的に重要視されているほか、安定的な長期供給が求められる。当社はそうしたニーズに対応していけることが強み」とした上で、「メモリは足元で価格が下がっているが、パワー半導体は逆に値上げを提案してのんでもらっている」と自信を深める。

5月末に加賀東芝を訪れると、旗艦工場である第2製造棟で、車載向けを主力にしている直径200ミリ(8インチ)ウエハの半導体製造装置がフル稼働中だった。シリコンウエハー表面に酸化膜を作り、フォトマスク上のパターンを露光によって焼き付けていく前工程で、微細な埃やゴミ混入が一切許されないため、すべてクリーンルーム内で行われている。


パワー半導体は車載向け中心に活況(写真:東芝デバイス&ストレージ)

このクリーンルームは奥行き126メートル、幅72メートルほどのサッカー場並みの広さがあり、その中を全身白衣をまとった作業員が忙しく動き回っている。その種類は5000品種以上にも及ぶが、現在は最新のRFID(無線自動識別)タグなどで自動的に製品情報を読み込んでおり、ベテランでなくても人為的ミスが起こりにくい仕組みが構築できているという。

設備は今後拡大する予定で、2020年度には2017年度比でパワー半導体の生産能力を5割増やす。さらに将来に向けても「新工場は建てるか決まっていないが、余地はある」(徳永社長)と話すなど、今後の工場新設も視野に入れている。

中国、韓国勢の参入限られるパワー半導体

メモリが大量生産するのに対し、パワー半導体は多品種少量生産。それゆえに中国や韓国メーカーのパワー半導体事業への参入も限られている。同じパワー半導体を手がける富士電機や三菱電機の業績も好調に推移しており、ドイツのインフィ二オンなどの競合はあるが、日本企業が強い「最後の半導体分野」とされている。東芝もこの分野に活路を見いだそうとしている。

4月には東芝の会長兼CEO(最高経営責任者)に転じた車谷暢昭氏が増設中のクリーンルーム内を直接訪問、「がんばってください」と社員を激励する姿もあった。車谷会長は週刊東洋経済の今年1月のインタビューで、「半導体は間違いなく伸びていく。ここは技術優位が保てる分野で伸ばしていきたい」と語るなど、東芝の新しい中期経営計画「東芝Nextプラン」で成長の柱のひとつに据えている。

ただ、課題は多い。東芝に残った半導体で厳しいのがシステムLSIだ。2017年度は赤字だったが、2018年度も注力し始めていたデータセンター向けなどの新規開拓が進まなかったうえ、中国市場の減速を受けて赤字が続いた。2019年度には約350人の人員削減を決め、関連費用64億円を計上する。黒字化を目指す方針だが、先行きは不透明だ。


石川県能美市にある加賀東芝エレクトロニクス本社(写真:東芝デバイス&ストレージ)

加賀東芝の徳永社長は「われわれが作っているディスクリートと同じ半導体でも、システムLSIは顧客ごとの開発に時間とお金がかかり、成果に結びつけるのが大変だ」と解説する。

かつてはソニーのゲーム機「プレイステーション」に採用されていた時期もあったが、今はそうした大型商品が見当たらない。今後はデーターセンター向けなどを中心に縮小して、採算改善を目指す方針だ。

トヨタ向け自動運転システムにも採用

もっとも、システムLSIの中でも画像認識プロセッサー「ビスコンティ」は強化していく。高精度な画像認識技術により、自動運転が本格化すればキーデバイスとなる可能性を秘めているからだ。特にデンソーからの評価が高く、トヨタ自動車に納入している自動運転関連システムに採用されている。

最新の「ビスコンティ4」はカメラからの入力映像を画像処理し、自車が走行している車線や車両、歩行者、標識、自転車、対向車のヘッドライトなどを認識。ブレーキや車速の調整につなげる仕組みだ。2019年9月には、AI(人工知能)技術を初めて搭載した「ビスコンティ5」のサンプル出荷も始める予定だ。

東芝の半導体事業は2019年度、売上高3430億円(前期比3%減)、営業利益300億円(前期2億円)を見込む。連結業績に対する割合はそれぞれ1割、2割を占める重要な事業になっている。東芝メモリなき今、残った半導体製品群を新たな稼ぎ頭に育成できるか。模索が続きそうだ。