アマゾンゴーは「無人コンビニ」と紹介されることがある。しかし、それは大きな間違いだ。レジに人はいないが、店内にはキッチンがあり、サンドイッチを手作りしている様子が確認できる。立教大学ビジネススクールの田中道昭教授は「省人化で顧客の利便性を高めている一方で、人の仕事として残すべきものを考え抜いている」と解説する――。
※写真はイメージです(写真=iStock.com/400tmax)

■シアトル午前11時「アマゾンゴー」に入る人たち

2019年1月4日金曜日、お昼にはまだ少し早い午前11時の米国シアトル。「アマゾンゴー(Amazon Go)」の1号店には、近隣の会社員風の人たちが慣れた様子で吸い込まれていく。観光客とおぼしき人は少ない。

入り口の右側には「Just Walk Out」(「ただ立ち去るだけ」)という看板が見える。アマゾンゴーにはレジはない。スマホに表示させたQRコードで入店し、あとは陳列棚から商品をピックアップするだけ。店を出る時、自動的にアマゾンIDで決済され、スマホに電子レシートが送られてくる。アマゾンはこの一連の決済について「ただ立ち去るだけ」と表現しているのだ。

私もスマホにインストールしたアマゾンゴーのアプリをタッチし、即座に現れたQRコードをゲートにかざして入店してみる。

入り口正面には、サンドイッチやサラダコーナーがあり、そのすぐ近くには、ドリンクコーナーもある。棚にあるサンドイッチはおいしそうで、サラダもとても新鮮に見える。これらは店舗横のオープンキッチンで作られているものだ。

■ビジネスパーソンが「30秒」でランチを買う

私たちが視察しているあいだにもビジネスマン風の人が手慣れた手つきで、サンドイッチとコーラを手にとって店を出て行った。その間わずか30秒。日本のコンビニでもこの速さはまず無理だろう。

あとでチェックしてみると、そのサンドイッチは6.49ドル、コーラは地元ブランドのオリジナルで1.99ドルと合計8.48ドル。1ドル=110円換算で933円。金額は決して安くはない。それでもスピーディさを求める感度の高いシアトルのビジネスパーソンは合理的な価格と判断しているのだろう。

忙しいけれどランチを適当なものでは済ませたくない。スピーディさと手作りのおいしさという点を考えれば確かに価値がある。アマゾンはそんな風に考えるビジネスパーソンに向けた店作りをしているようだ。

店内で作られているサンドイッチが気になり、いったん店舗の外に出てみる。

店舗外の通り沿いから中をのぞくと、店舗の右側にはガラス張りのオープンキッチンで3人のスタッフがサンドイッチを作っているのが見える。白いユニフォームの上からアマゾンゴーのマークが入った緑色のエプロンを身に着けたスタッフが手際よく作業を進めていく。

■「何を人の仕事として残すべきか」を示している

「無人レジコンビニ」を表象する店舗入り口にある自動ゲートに対して、店舗右側のオープンキッチンでは、「ここで売っているサンドイッチはわれわれ人間が作っている」とスタッフが有人店舗であることを誇示しているかのようだ。

明るく透明なガラス張りのオープンキッチンでの調理は、フレッシュであること、手間をかけていることを顧客に訴求する効果が確実にある。

さらには、レジは無人化させ顧客の利便性を高めている一方で、今後、さまざまな分野でロボット化やAI化が進んだとしても、「何を人の仕事として残すべきなのか」を無人化の急先鋒であるアマゾン自身が指し示しているようにも感じられるのだ。

そして、顧客は、「人に最後までやってほしいことをやってくれている」アマゾンゴーでの、「人がその場で手間をかけて作った」サンドイッチに引き寄せられていく。

顧客が潜在的にもつ欲望や、人が本能的に欲していたものを見抜いているかのようだ。

・レジなしコンビニ
・「ただ立ち去るだけ」の優れた利便性
・カメラ、センサー、AIなどを駆使した小売リテクノロジー

■アマゾンゴーは「超有人店舗コンビニ」

「コンピュータビジョン」が店内カメラを通じて顧客の顔などを認識し、どこで何をしているかを観察。「センサーフュージョン」は、顧客がどこでどのような商品を手に取ったかを認識。そして「ディープラーニング」によってAIが顧客の行動を学習し、超高速でPDCAを回し、ユーザーエクスペリエンスをさらに高めていく。

日本ではキャッシュレスやテクノロジーの側面で語られることの多いアマゾンゴー。

もっとも、実際に米国で体験し、詳しく分析してみると、アマゾンはやはり小売りECを出自とする会社であることを思い知らされた。それと同時に、アマゾンゴーが小売店舗としても優れ、しかも日本のコンビニを駆逐する水準ではないかという脅威を禁じ得なかった。

小売りで最も重要な「売り上げ方程式」である「客数×客単価」の極大化にチャレンジ、それを支える施策には「便利×おいしい」という点で最高最強となる仕組みを構築。

そのために、アマゾンゴーは、「無人コンビニ」どころか、「超有人店舗コンビニ」とも言える水準にまで、アマゾン自身が最も無人化すべきでないと考えるところに多くのスタッフを配置。有人であること、スタッフを顧客にあえて「見せる」ことにこだわっているのだ。

■日本のコンビニには提供困難「フレッシュなおいしさ」

私は、アマゾンゴーにコンビニの「温故知新」というものを感じ取った。

コンビニが本来担うべきものは何であったのか、テクノロジーが進化し人々の価値観も変化していく中で、コンビニが提供すべき新たな価値とは何か、コンビニの再定義とも言えるようなものをそこで感じ取ったのだ。

アマゾンゴーのマーケティング戦略そのものとも言えるポジショニングの二軸は、「便利×おいしい」。「便利においしいものを手軽に食べたい」という顧客のニーズに応えるのがアマゾンゴーの明快なポジショニング。

「便利」とは、コンビニエンスストアのコンビニエンスという部分そのものであり、テクノロジーが進化し人々の価値観も変化していく中で、それはカスタマーエクスペリエンス、顧客の経験価値という概念にまで高められている。アマゾンゴーでは、それが、「ただ立ち去るだけ」で買い物や支払いが終わるというスピーディさや、優れたカスタマーエクスペリエンスにまで高められているのだ。

「おいしい」ということについては、「自動の機械が作る」のではなく、「誰かが知らない場所で作る」のでもなく、「自分が目に見える場所で人が手間をかけて作る」ことでカスタマーエクスペリエンスとしての新たなおいしさを再定義している。近隣のレストランやサンドイッチ屋並みのおいしさが、そこで目に見える形で提供されているのだ。スペース等の制約から、その場で作るものは「揚げ物」等に限定されている日本のコンビニには提供困難な、フレッシュなおいしさがそこにはある。

■「アマゾンゴー」が大きな脅威といえる理由

アマゾンゴーを実際に米国で体験し、詳しく分析してみると、アマゾンではアマゾンゴーによって、新たに定義された「新型コンビニ」での店舗フォーマットの確立、同新型コンビニでの新たなMD(商材)の確立、そしてレジレス×キャッシュレスとしての決済手段の確立などを実現しようとたくらみ、多店舗展開に向けて高速度でPDCAを回しているように感じられた。

その一方で、アマゾンが終始一貫してこだわってきた、「地球上で最も顧客第一主義の会社」というミッションやビジョン、「低価格×豊富な品ぞろえ×迅速さ」という3つのポイントも新型コンビニの中に忠実に練り込んでいこうとしていることを感じた。

日本企業においては、アマゾンがアマゾンゴーを単に新たなリアル店舗として試験的に運用しているわけではなく、企業の存在意義であるミッションやビジョンというレベルから事業化しようとしているということに目を向けることが最も重要なポイントなのである。だからこそアマゾンゴーは大きな脅威なのだ。

■最注力商材「ミールキット」を発売した

なお、アマゾンでは、本年2月より、アマゾンゴーでの最注力商材であるミールキットを2017年に買収した高級スーパーであるホールフーズの一部店舗で、まさに満を持して販売をスタートさせている。アマゾンがグループを挙げて展開しようとしている米国での成長商品でもあるミールキットについても、今後詳細にわたって分析していきたい。それは、日本のコンビニが提供してきた「中食」を完全に駆逐する水準のものでもあるからだ。

コンビニやリアル店舗、さらには小売産業の「温故知新」はすでに始まっているのだ。

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田中 道昭(たなか・みちあき)
立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授
シカゴ大学経営大学院MBA。専門は企業戦略&マーケティング戦略、及びミッション・マネジメント&リーダーシップ。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)、バンクオブアメリカ証券会社ストラクチャードファイナンス部長(プリンシパル)、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長(マネージングディレクター)などを歴任し、現職。主な著書に『アマゾンが描く2022年の世界』『2022年の次世代自動車産業』(以上、PHPビジネス新書)、『GAFA×BATH 米中メガテック企業の競争戦略』(日本経済新聞出版社)、『アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融シナリオ』(日経BP社)『「ミッション」は武器になる』(NHK出版新書)などがある。

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(立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授 田中 道昭 写真=iStock.com)