無茶な仕事を振ってくる、叱り方が理不尽――腹が立つ上司と働かなければいけないとき、どうすればいいだろうか。我慢するだけでは改善されない。人材育成コンサルタントの三坂健氏は「ときには直接本人に感情を伝えることも重要だ」という。その伝え方のコツとは――。

※本稿は、HRインスティテュート『全員転職時代のポータブルスキル大全』(KADOKAWA)を再編集したものです。

■仕事の無茶ぶりに「困ります」と言う方法

仕事でもプライベートでも、人間関係にはストレスが付きまとう。時には、「なぜ自分がこんなふうに扱われないといけないのか」と感じるような出来事も起こる。

※写真はイメージです。(写真=iStock.com/PeopleImages)

そんなとき、あなたはどのような反応をしているだろうか。相手にその感情をぶつける? じっと我慢する? それとも、その場は引き下がるが、影で悪口を言ってストレス発散する? ――これらの対応では、その場を乗りきることはできても、解決にはならず、後日また同じような出来事が起きるだろう。

そこで役に立つのが、アサーティブネスだ。

アサーティブネスとは、直訳すると「自己主張すること」。自分の要求や意見を、相手の権利を侵害することなく、率直に表現することをいう。

つまり、自分の考えを、相手が協力しやすいように伝える方法である。自分が我慢するのでもなく、相手をやり込めるのでもなく、自分の気持ちを正直に伝えて互いに歩み寄ることを目指す。

具体的には、以下のステップで、アサーティブなメッセージをつくり、伝えることができる。

(1) 相手の行動を客観的に説明する。推測表現、断定表現は一切入れない
(2) 自分にどういう影響があるのかを具体的に言う
(3) 自分の気持ちをはっきり表現する。真っ先にどう思ったか、を伝える

■責め立てるような表現は避ける

(1)〜(3)を使って、例を考えてみよう。たとえばあなたがとても忙しい日に、上司や先輩が突然、「これ、今日の17時までにやって」と仕事を振ってきたとする。アサーティブネスを用いると、どんな対応ができるだろうか。

《アサーティブネスを使った伝え方の例》

(1)「今日17時までに完了してほしい」というご依頼をいただきました。

(2) こうしたご依頼は私にとっては唐突なものであり、あまりに急なので、仕事を前向きに捉えるのが難しく感じてしまいます。

(3) なので、もっと早めに状況をお伝えいただくか、またはゆとりをもった仕事のご依頼をお願いしたいです。

これを見て気後れする人もいるかもしれない。とくにビジネスの場において、自分の負の感情を取り繕うことなく主張するのは、勇気がいる。時に痛みを伴うこともあるだろう。

しかし、自分だけでなく相手のことも考えたうえでの正直なメッセージだからこそ、相手に響くことも多い。相手のほうも「自分のことを大切に扱ってもらいたい」と考えているので、意図が伝われば問題にはならない。

■感情を伝えて人間関係を強固にする

伝え方には訓練が必要だ。感情に流されて伝えるのはご法度。(1)〜(3)のとおり、事実を率直に伝えるに留め、相手を非難しないようにする。「あなたの仕事のしかたはおかしいと思います」とか、「それ、あなたが忘れていたから今日急に依頼をしてきたのですよね?」といった表現はしない。これは相手が目下であっても同じだ。

まずは社内の気心の知れた先輩で練習してみよう。きっと受け止めてくれるはずだ。

どこでも誰とでも働ける人、働く環境や仕事の内容が変わっても成果を出せる人というのは、アサーティブネスに長じた人が多い。「それは困ります」「とても残念です」「こうなるとは思いませんでした」としっかり自分の感情を隠さず伝えることで、むしろ人間関係を強固にしていくスキルを身につけよう。

■アンガーマネジメントは「我慢」ではない

では、もっと強い怒りが湧いたらどうすべきだろうか。近年、職場では多様な価値観を受け入れることが求められるようになった。価値観が多様化すれば、認め合う面が増える一方で、見えない衝突も増える。衝突が増えればストレスや怒りの感情が増大する。

誤解が多いようなので最初に伝えておくが、アンガーマネジメントとは「怒りを抑え込む」手法ではない。怒りをコントロールし、上手に付き合うための方法だ。

怒り自体は時に強いモチベーションを生み出す原動力にもなるため、無闇に抑え込むことはかえってもったいない。

ただ、絶対にやめたほうがいい怒り方がある。イライラしたときや怒りを感じたとき、一番やってはいけないことは「反射」だ。感情に任せて物にあたったり、売り言葉に買い言葉を返したところで、うまくいくことはまずない。「反射」をやめるのは実は簡単だ。今すぐ実践できる対処法を2つ紹介しよう。

(1) 6秒待つ

怒っているとき、脳の大脳辺縁系と呼ばれる部分が活発に働き、感情が支配している状態だ。一方で、脳は前頭葉と呼ばれる部分を使って理性的に対処しようとする。ただ前頭葉が働き始めるにはタイムラグがあるため、脳を感情から理性に切り替えさせるために、6秒程度の時間が必要とされる。

(2)深呼吸する

「6秒待つ」間に深呼吸をしよう。ちょうど1回できるはずだ。昨今注目を浴びている瞑想やマインドフルネスにも用いられている禅の「三調」という教えがある。「調身・調息・調心」、つまり心を整えるためにはまず姿勢を調え、次に呼吸を調える。

怒りに支配されているときは緊張感が強まり、呼吸が浅くなっていることが多い。逆を言えば、深く呼吸をすれば感情をコントロールしやすくなるのだ。

繰り返しになるが、あくまで怒りの感情をコントロールすることが大切で、抑え込むのではない。したがって、冷静になったうえで、伝えるべき怒りは適切に表現しよう。

たとえば「1つ、お伝えしていいですか」と断りを入れたうえで、口頭ならば低い声で、メールならば、あまり長くない文章で、ポイントを絞って相手に感情を届けよう。先ほどの「唐突に急な仕事を振られたこと」についてだとすれば、下記のような言い方がある。

「今回はなんとか周りの人にも無理をお願いして今日中に対応しますが、次からは進捗を前もって共有していただけたらと思います」

■ストレスは悪いことばかりではない

HRインスティテュート『全員転職時代のポータブルスキル大全』(KADOKAWA)

最後に、ストレスとの適切な付き合い方を紹介する。コンスタントに活躍できる人は間違いなくストレスマネジメントがうまい。

前提として、ストレスは、悪いことばかりではない。短期的にはコルチゾール(ストレスホルモン)のレベルを引き上げ、アドレナリンを増加させることで、意識を高めてくれる。これにより、差し迫る納期に間に合うよう仕事効率を上げる、といった馬力が発揮できるのだ。

問題になるのは、ストレスが長期にわたる場合だ。コルチゾールを持続的に増加させると、脳に有害な影響が及び、記憶力や集中力等を低下させる。

ただ、多くの人は、完全に押し潰されるまで、自分の集中力が弱まっていることに気がつかない。だからこそ、今のストレスのレベルを自覚することが必要になる。

ストレスのレベルを自覚するには、その日の心身の状態を10点満点で手帳に記入してみることだ。なぜその点数をつけたのか、理由も書く。加えて、「ストレスに感じていること、不安なこと」を書き出してみて、それらを「自分で変えられるもの/変えられないもの」に整理してみる。

■チームのストレスを見える化する効果

変えられないものは大きなストレスになるが、本当に変えられないのか、別の見方ができないかを考えられれば、ストレスレベルを下げる糸口も見つかり得る。

これを発展させて、図表1のようにチームでその日の心身の状態をボードにプロットし、共有する方法もある。毎朝、メンバーは自分の名前や似顔絵が書かれたマグネットを、その日の状態に合わせて貼り付ける。

『全員転職時代のポータブルスキル大全』より

ある会社のクレーム処理部門では、このボードでその日のストレスを見える化したところ、お互いの状態を気遣って助け合いが生まれ、チーム活性化に繋がったという。

まず「自覚する」ことがストレスコントロールの第一歩となる。上手にコントロールしてストレスを力に変えよう。とくに部下を持つ人には身につけてほしいスキルである。

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三坂健(みさか・けん)
HRインスティテュート シニアコンサルタント
慶應義塾大学経済学部卒業。安田火災海上保険株式会社(現・損害保険ジャパン日本興亜株式会社)にて法人営業等に携わる。退社後、HRインスティテュートに参画。現在は常務取締役兼シニアコンサルタント。経営コンサルティングを中心に、教育コンテンツの開発、人事制度設計、新規事業開発、人材育成トレーニングなどを手掛ける。

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(HRインスティテュート シニアコンサルタント 三坂 健 写真=iStock.com)