王者TBSラジオが社内改革を止めないワケ
■どうしても企画が「既存リスナー向け」に偏ってしまう
――昨年11月の「スペシャルウィーク廃止」には驚きました。なぜこのタイミングだったのでしょうか?
【三村】私が昨年の6月に社長になったから、というだけなんですけどね。われわれは聴取率を追い求めることがどういう結果につながったかを、もっと冷静に判断するべきだと思うんです。各局間で聴取率競争をしても、市場が広がったとは言えません。
――新しいリスナーの獲得に至っていない、ということですか。
【三村】そうです。セット・イン・ユース(スイッチの入っている受信機台数の割合)も徐々に下がってきているんだから。でも、それって当たり前なんです。聴取率というのは、「聴取人数×聴取分数」なんですよ。聴取人数はリスナーの高齢化も受けて徐々に減っている。そうなると聴取率を取るためには、聴取分数を伸ばす必要があるわけです。リスナーは60代が一番多くて、そこからずっと下がっていって10代が一番少ない。そうすると、企画も無意識に高齢の既存リスナーに向けたものに偏ってしまうところがあります。
――既存のユーザーにどんどん当て込んでいくようになってしまうと。
【三村】もちろん既存のリスナーはすごく大切な存在です。ですが既存リスナーのニーズだけに応えているのでは、大福の好きな人に大福ばかり出しているようなもんですよね。そうやって365日のうち6週間、既存のリスナーの好きなものを出し続けるのがスペシャルウィークなんです。それよりも、好きか嫌いかは分からないけれど、新しい企画を提案をしていきたい。それが新規リスナーの獲得にもつながると考えています。
■スペシャルウィークの廃止はむしろ遅いくらい
もうひとつ重要な要素として、ここ10年の広告主の変化があります。広告主が求めるものは2カ月に1回の数字ではありません。「『たまむすび』という番組にはリスナーが100万人います、半分が男で半分が女です、年齢はこういう分布です」というだけでは、媒体として評価してもらえません。「じゃあ車が好きな人、月に1〜2回ドライブする人は何人ぐらいいるんですか?」と訊かれるわけです。
そういったリスナー属性をリアルタイムで分析するには、ラジコを使うしかない。ラジコはインターネットですから、そういう分析はどんどん進化するはずです。それならスペシャルウィークの聴取率を金科玉条のように目標にする必要はありません。
――では、昨年のスペシャルウィークの廃止は遅いぐらいだと。
【三村】はい。もうここ数年は2カ月に1回出てくるビデオリサーチの数字とラジコの動きは、少なくともデイタイム(日中)に関してはほぼ同じなんですよ。うちの制作現場だって、それは皮膚感覚として分かっていたので。もう機は熟していたんだと思います。
■「高齢者を切り捨てるつもりはまったくない」
――ラジコに注力することは、ネットを使わない高齢者を切り捨てることじゃないか、という指摘もあります。三村社長はどう答えているのですか。
【三村】高齢者を切り捨てるつもりはまったくありません。ただし、いま10代や20代のラジオリスナーって、高齢のリスナーの10分の1くらいしかいないんですよ。
ラジコはラジオメディアを将来につなげてくれる存在だと思っています。数少ない若いリスナーの多くはラジコを使っているんです。もしラジコがなかったらと思うとゾッとします。ラジオが、10代や20代にはまったく接触できないメディアになっていたかもしれないわけですから……。だからラジコによって若いリスナー層が増加してきたということが、今度の戦略を立てる大きなポイントになっています。
――そういう流れと関係あるのでしょうか。ここ数年、長寿番組が相次いで終了したので、とても驚きました。
【三村】番組の改編は今回の流れとはあまり関係ないと思います。編成には編成の考えがあるので、ラジコの時代になってきたという話とはちょっと別です。
■土曜日の夜にあえて「中高生向け番組」を立ち上げた
――ラジコのマーケティングデータを指標にすればPDCAサイクルが速まりますから、新しい番組を試しやすくなったのだと思っていました。
【三村】編成は常にチャレンジなんですよ。去年4月にもナイターをやめて「アフター6ジャンクション」を立ち上げました。また土曜日の夜には中高生向けに「TALK ABOUT(トークアバウト)」という番組を立ち上げています。これなんかはすぐに結果は出ませんよね。だって、中高生はラジオをほとんど聴いていなかったわけですから。でも頑張って続けているうちに、手応えも出てきています。
――つまり編成的なチャレンジは昔からあった、と。ですが、この数年はナイターの廃止など立て続いている気がします。
【三村】そうでもないです。どの局でも同じようなものだと思いますけど、2〜3年に1回はこういう大きな改編はあると思います。編成については大げさに言えば、続けるのか、改修するのか、常に検証しているわけですから。30年やってる番組だってそうです。
■視覚と聴覚は「対立」ではなく「役割」が違う
――今年の4月には、「Screenless Media Lab.」という研究所を設立されました。目的は「音声メディアの可能性の研究」ということで、AIスピーカーを取り上げるなど非常にユニークな動きだと思いました。具体的にはどういった狙いがあるのでしょうか。
【三村】もともと音声のコミュニケーションには、視覚のコミュニケーョンとはちょっと違う、音声ならではの効果や効能があると思っていたんですね。「ラジオショッピングで購入された商品は返品が少ない」といった話が具体例です。それらに科学的エビデンスを付けて整理しようというのがこのラボなんです。
広告における最初のアプローチにおいて、すでに購買意欲がある人には視覚表現が一番効果的なんです。一方で、購買意欲そのものを掻き立てるには聴覚表現が良い。これはいろんなところで、すでに実証されている事実なんです。
――音声メディアの強みをしっかり定義するということですね。
【三村】そうです。視覚と聴覚は対立しているわけではなく、役割が違うと思うんですよね。とくに日本人は視覚偏重で、音声コンテンツに接触する率が少ない。人間はもっと音声コンテンツを楽しんだほうが豊かになれるんじゃないかと思います。
■「Spotify」と一緒に音声メディアを研究できたらいい
――このラボで音声メディアの価値を可視化して、媒体の広告力を上げようという目的もありますか。
【三村】もちろんあります。ただ、所長をお願いしている政治社会学者の堀内進之介さんにも「研究目的は広告利用に限らないでください」と言っています。ラボではあくまでも公平、科学的に研究を進めてもらうことで、エビデンスを積み上げてほしいんです。
――ラボに「TBS」を冠していないのも、公平性を期すためにということなんですね。
【三村】そうなんです。ほかの局の社長にも会うたびに「そのうち一緒にやりましょう」と言ってます。僕は「Spotify」が入ってきたっていいし、レコード会社が入ってきたっていいと思っています。将来的には社外の財団にできるといいですよね。
――ラジオ業界はこの30年ほど右肩下がりが続いていますが、少なくとも将来のビジョンについては見えてきたということでしょうか。
【三村】そうです。広告メディアとしてのラジオの本当の評価がこれから始まるんじゃないかと思っています。そうすればラジオ広告市場のパイは30年ぶりに本当の意味で広がっていくわけですよね。それが僕の目標です。
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TBSラジオ 社長
1961年生まれ。83年慶大卒、読売広告社入社。93年J-WAVE入社、編成局長など歴任。2005年TBSラジオ&コミュニケーションズ(現TBSラジオ)入社。2007年に開局したクラシック専門局「OTTAVA」のクリエイティブディレクターなどを手がける。2016年メディア推進局長兼インターネット事業推進部長。2018年6月より社長。
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(TBSラジオ 社長 三村 孝成 構成=いつか床子 撮影=プレジデントオンライン編集部)