自閉症スペクトラムのコウタさんは、人間関係に悩みながらも仕事を続けてきた(筆者撮影)

現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。

今回紹介するのは「僕は高い能力がないので低収入です。大学の初任給が20万円を超えてましたが、年齢の割には一般よりずっと低いです」と編集部にメールをくれた、36歳の独身男性だ。

「どうして彼は生活保護と障害年金(の両方)をもらえるのか?」「(一般枠で採用された会社で働けないなら)障害者雇用枠のところで働け、と言いたいです」――。

コウタさん(36歳、仮名)は、以前、本連載に登場した、ある男性を批判するメールを編集部に送ってきた。この男性はアスペルガー症候群。子ども時代からいじめに遭い、働き始めてからも人間関係がうまくいかず、当時は生活保護と障害年金で生計を立てていた。

一方のコウタさんは20歳代のころに自閉症スペクトラムと診断。同じくいじめられた経験がある。正規雇用の仕事に就くことができず、現在は月収約19万円のアルバイトをしており、このままでは十分な貯金も、1人暮らしも無理だという。

理不尽な生きづらさを抱えている人が、なぜ、同じような生きづらさを抱えていている人をバッシングするのか――。本人に聞きたいと思い、取材を申し込んだ。

「暗黙のルール」がわからない

取材相手とは普通、数回メールをやり取りして日時と場所を決める。ところが、コウタさんからは取材前、10本近いメールが送られてきた。ほとんどが長文だが、論理的。中には、自らの生い立ちや仕事への不満だけでなく、好きなタレントの話や、待ち合わせのときの目印になるようにと、鞄に着けているマスコットの特徴などが書きつづられていた。


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初対面の相手に対する独特の距離感の近さは、発達障害の特徴の1つである。私は面食らいながらも、懸念していたような攻撃的な人ではなさそうだと思い、ホッとした。

実際に会ったコウタさんも人懐っこく、話好きな印象。「大人の発達障害」と言われる人たちの多くが言うように、コウタさんも「(周囲の人間の)本音と建前がわからない」「『空気が読めない』と言われる」「暗黙のルールを察することができない」と言う。

小さいころから、私物を隠されたり、無視されたりするなどの陰湿ないじめを受け続けた。中学では、仲のよい者同士で集まって弁当を食べる習慣があったが、コウタさんはどのグループにも入れてもらえなかったという。「子ども時代にいい思い出はないです」。

専門学校を卒業しても、正社員になることはかなわなかった。やむを得ず、いくつかの会社でアルバイトをしたが、いずれも時給は最低賃金水準。雇い止めに遭ったこともある。

社会人になってからも、人間関係ではつまずいてばかりだという。

友人の長話に付き合ったことについて、SNSに「本当は早く家に帰りたかった」と書いたところ、後日、その友人から「直接言えばいいだろ」となじられた。友人らと食事をした帰り際に「また会おうね」と言われたので、具体的な日時を決めようとしたら、引かれた。女友達にLINEで「貧乳だね」と言ったら、ブロックされた――など。


穏やかな様子で取材に応じてくれたコウタさん(筆者撮影)

自分がされたら嫌なことをしなければいいのでは――。私がそう言うと、コウタさんは同じことをされても、自分は必ずしも不快ではない、という。確かに、コウタさんはいじめや雇い止めの経験を話すときも、どこか穏やかで、時に笑みさえ浮かべていた。よくも悪くも根に持つことがないのか。ただ「ほかの人にとって何が嫌なのか、ピンとこない」。

コウタさんは自らに言い聞かせるように「『またね』は『バイバイ』と同じ、ただのあいさつ。女性に外見のことを言ってはダメ」と話す。失敗のたび、学ぼうとしているのだ。

仕事でも発達障害が妨げに

現在は、大型スーパーの物流倉庫内の作業を請け負う会社で働いている。細かいミスを繰り返し、上司からはたびたび「発達障害を言い訳にするな」「できないなら努力しろ」と叱責される。

例えば、荷物を搬送するベルトコンベヤーが停止してしまったときの対応が、コウタさんは苦手だという。コウタさんによると「(停止の原因になっている)荷物を取り除くとき、中でもある程度の重さのある荷物を選んで動かさなくてはならないのですが、その重さの目安がわからない」。軽すぎると、ベルトコンベヤーが正常に動かなかったり、最悪、荷物がつぶれるなどのトラブルにつながってしまう。

「何キロ以上という具体的な決まりがあれば、ちゃんとできると思うんです。でも、上司は『長年やっているんだから、わかるだろう』と。臨機応変な判断が苦手という発達障害の特徴を伝えているのに、配慮をしてくれません」

結局、ベルトコンベヤーの担当を外され、ピッキング作業に回された。
コウタさんはすでに勤続12年だが、この間、時給は下がったことはあっても、上がったことはない。

当初、時給は1000円だったが、大型スーパーが委託先を別の会社に切り替えたとき、コウタさんら従業員もその別会社に移籍、同時に時給が900円台に下げられた。下請け会社がより安い委託料で業務を受注し、労働者の雇用ごと居ぬきで引き継ぐ代わりに賃金をカットするのは、下請け現場の悪しき構図の1つでもある。

その後、しばらくして時給は1000円に戻ったが、再び900円台に。ミスが原因だと思う、という。いずれも事実上の「一方的な労働条件の切り下げ」である。労働契約法で規制された行為だが、いつ雇い止めされるかわからないコウタさんにしてみると、従うしかない。

糖尿病が仕事の効率を悪化させる

また、コウタさんは1型糖尿病患者でもある。生活習慣と関連がある2型と異なり、自らの免疫が誤って膵臓を攻撃することで、インスリンが正常に作られない。1日4、5回、インスリン注射の必要があり、医師からは食間を4時間空けるよう言われているが、職場では、荷物の到着時刻に合わせて食事を早めにとるよう指示されることがたびたびある。さらに「怖がる人がいる」との理由で注射はトイレで打つよう命じられているという。

「(食間が短いと)高血糖状態が続くので、ボーッとします。注射のたびにトイレに行くのでその分、休憩時間も短くなります」

ミスが多いことはコウタさんも認めている。一方で、判断に迷ったときは、同僚や上司に確認するなど、彼なりに努力もしている。コウタさんは「優秀な人材」ではないかもしれないが、10年以上勤めても、貯金も、1人暮らしもできない賃金水準に据え置くのは、「障害者は生かさず殺さずでいい」と言わんばかりの処遇なのではないか。

ただ、コウタさんの主張で、1つだけ共感できなかったことがある。

ピッキング作業では、毎日荷物の取り扱い個数が違う。多い日はスピードを上げなければならないが、コウタさんはそのペース配分がわからないという。作業は数人1組で行い、コウタさんは最初にベルトコンベヤーに荷物を投入する係。荷物が多い日も、いつものペースで仕事をしていると、その先で待ち受ける同僚らからもっと急げと、文句を言われる。

私が、持ち場を交代すればいいのではと言うと、「荷物の投入作業は運動代わりにもなり、血糖値が下がるので、交代はしたくない」と訴える。さらに「同僚は、僕が糖尿病だって知ってます。なのに、『仕事は、あなたの血糖値を下げるためにあるわけじゃない』と言うんです」と続ける。私が、さすがにそれは同僚が正しいと思うと言うと、「うーん、そうでしょうか」と黙ってしまった。表情から納得してないのがわかる。

子ども時代に発達障害の専門支援を受ける機会を逸したコウタさんが、周囲の人たちの心情を忖度することは容易ではないのかもしれない。悪気があるわけでも、身勝手なわけでもないが、一緒に働く人もまたストレスを感じているだろう。

途中、気になっていたことを聞いてみた。なぜ、同じ発達障害の人を批判するのか――。

すると、コウタさんは、かつて本連載に登場した男性が生活保護を利用したうえで、さらに障害年金も受給している、つまり二重取りをしていると思い込んでいたことがわかった。また、生活保護は住む場所がない人が利用する制度だという誤解もしていた。

私が、生活保護は地域などによって金額の上限は決まっており、その男性は障害年金を受給し、足りない分を生活保護で補っていたことや、生活保護後は原則定住者しか利用できないことを説明すると、あっさりと納得した。コウタさんは2年前に障害年金の支給を打ち切られた。理由はわからない。そのことも「不公平感」に拍車をかけていたという。

結局、批判は「無知」や「誤解」によるものだった。ただ、「知らないこと」はすべての局面で、免罪符たりえるのか。コウタさんは、勤務先についてこんな話もしていた。

「あるとき、親に『有給休暇はないのか』と聞かれ、初めて有休というものを知りました。今の会社はブラックなので、そんなこと、一度も説明してくれたことがありません」

自分のためにも知っておくべきこと

コウタさんは、有期雇用で5年を超えて働いた労働者は無期転換できる制度についても知らないという。コウタさんの不満の1つは、時給が上がらないことだ。簡単にはクビにならない無期雇用になれば、賃金や待遇についても要求しやすくなるはずなのに、どうしてそのための手立てを知ろうとしないのか。

貧困状態にある非正規労働者は、労働関連法について学んだり、声を上げたりする余裕がないのだ、という人もいる。しかし、現状に不満があるなら、必要最低限、知っておくべき権利はあるだろうと、最近、私は思ってしまう。

取材を終え、最後に写真の撮影をお願いすると、コウタさんは「顔が写るように撮ってほしい」という。理由は「最近、SNSでブロックされたり、オフ会に参加してもうまくいかなかったり……。友達が減ってしまったんです。記事に顔が載れば、だれか連絡をくれるかなと思って」。友達が欲しいと、コウタさんは言う。

私は、ネット媒体には思わぬバッシングも寄せられるから、顔出しは勧めないと答えた。「そうですか、わかりました」。彼はそう言うと、やはり屈託のない笑顔を見せるのだった。

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