『ケトル VOL.48』(渋谷系特集号 太田出版)

写真拡大


1990年代を席巻した「渋谷系」において大きな意味を持つのが、名作へのオマージュ。フリッパーズ・ギターの『恋とマシンガン』がイタリア映画『黄金の七人』(1965年)のテーマ曲のサンプリングであるように、既存の楽曲を用いつつ新たな楽曲を作ることは、渋谷系音楽によくある手法でした。

しかも元ネタが明らかに分かる形でリリースするのが渋谷系的オマージュの流儀。例えば、ピチカート・ファイヴのミュージックビデオの冒頭には、元ネタに関連するであろう人物の名が明記されます。「スイート・ソウル・レビュー」では作曲家ヘンリー・マンシーニと、フランス女優、ミレーユ・ダルクの名が。ボーカル・野宮真貴さんのファッションは、ミレーユに通じるものがあります。

またヒッチハイクをモチーフにしたMV「メッセージ・ソング」では映画『ファイブ・イージー・ピーセス』の監督&俳優コンビ「ボブ・ラフェルソンとジャック・ニコルソンに捧ぐ」。このようなヒントをもとに、元ネタと楽曲の関係を暴いていく面白さは、渋谷系音楽の魅力の一つです。

この元ネタを分かりやすくサンプリングする手法は、1990年代に音楽以外の分野でも登場します。ラッパーや小説家として活躍するいとうせいこうさんは、1991年の小説『ワールズ・エンド・ガーデン』でオイディプス、カスパール・ハウザー、マクベスなどを構成に用いたことを公表。一方、岩井俊二さんは映画『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』(1995年)で、相米慎二さん監督作『台風クラブ』(1985年)への明確なオマージュ表現を用います。

「盗作の果てのオリジナリティー」とは、フリッパーズ・ギターの3rdアルバム『DOCTOR HEAD’S WORLDTOWER ─ヘッド博士の世界塔─』プレスリリースに掲載されたセルフ・ライナーノーツに出てくる言葉。過去の名作の魅力を取り入れ、新たな名作を生み出すというスタイルが、当時のカルチャー全体を大きく動かしていました。

ただ、明確なヒントを与えつつも、元ネタを暴くのをアーティストが嫌がったのは確か。「元ネタ」っぽい曲を探り当てる過程で、新しい音楽との出会いを楽しむことも面白いですが、元ネタ研究だけに執着せず、あくまで「楽しみの一つ」に留めておくのがファンとしての流儀なのです。

◆ケトルVOL.48(2019年4月16日発売)