日本人が敬遠しがちな現代アートだが、世界的にはホットな投資対象となっている(写真:cba/PIXTA)

ZOZOの前澤友作社長が123億円で落札したバスキア、築地のバンクシー作らしきネズミの絵。日本でも現代アートの存在に光が差してきた。鑑賞するだけという受け身から、買うという行動を通してアートをもっと身近に、と唱える。まずは10万円の作品から、が著者のオススメだ。『教養としてのアート 投資としてのアート』を書いた現代アートのオンライン販売「タグボート」の徳光健治社長に詳しく聞いた。

金融商品よりも平均してリターン率高い

──現代アートに関心はあるんですが、いかんせん意味が……

わからない、ですよね。僕も20年見てきてわからない。でもわからないからこそ、どんな秘密のカギがあるのか考える。未知を体験するのが現代アートの面白さです。わからないから面白い。私の周りでも、事業家や新しいことにチャレンジしている人に現代アート好きが多い。自分の経験や知識だけでは理解できないことをより知りたい、という探究心なのでしょう。

──この本では、現代アートを新たな投資先、と位置づけている?

それも1つということ。買う目的は何でもいいけど、どうせなら価値が上がったほうがいい。実際に10万円で買って30万、50万円と上がっていくことは珍しくありません。10年タームで見ると株のような金融商品よりも平均してリターン率が高いんです。変な作品さえ選ばなければ、15〜20%の売買手数料込みでもアートのほうが2〜3倍になる可能性は高い。

──ただし、直感や一目ぼれで買うと間違いなく失敗する、と。

評価の上がる作品の特徴はまず“発明品”であること。これまで存在しなかった技法やコンセプト、表現方法で、美術史のどの流派にも属さない。そしてインパクト。

現代アート生みの親といわれる、デュシャンの『泉』をご存じの方は多いと思います。男性用小便器にサインしただけの作品で、こんなのアートじゃないと展示を拒否された。でもデュシャンはそれをアートと言い切った。別に人間の手作りでなくてもいい、既成の工業製品に名前を入れてそれをアートと呼ぶならアートである、と。

それまでの美術史を覆すような発想に、いやこれもアートではないか、と誰かが共感したんでしょう。アートの持つ価値を、それまでの目で鑑賞する美しさから、何を表現するかという考え方、コンセプトの面白さに大転換してしまいました。アートはかくあるべしの概念を広げちゃったんです。

「共感力」に評価の軸が移りつつある

──でも現在進行形の無名の才能を素人が発見するのは超困難では。


徳光健治(とくみつ けんじ)/1965年生まれ。山口大学経済学部卒業後、双日、アーサー・アンダーセン、サイバードを経て、2008年当社設立。アジア最大級の現代アート販売サイト運営のほか、東京・銀座にギャラリースペースを構える。若手プロが活躍できる環境作りに注力中。(撮影:佐々木 仁)

少なくとも美術に関する基本的知識や情報、その作家についての下調べは必要ですね。その作品が美術史の文脈上新しいかどうかを見分けるギャラリーや美術館、キュレーターや有名コレクターなど、世間に提示する場に持っていける人がいなければ、その作品は埋没してしまうかもしれない。例えばある一般人が、キャンバスをサッと切り裂いただけの作品を「これはすごい!」と思ったとする。でも数を見てきて美術史を知っている人間からすれば、そんなの珍しくも何ともない。

いちばん大事なのは作品=作家という視点です。その作家がどんな人物か、過去の作品から進化しているか、新しくチャレンジしているか。何より、環境に合わせて自分を柔軟に変える才能があるか。時代を代弁していてこそ価値がある。例えばチームラボの作品は、リーダーの猪子寿之さんをリスペクトして彼の将来に賭けて買われている。だから世界4大ギャラリーの1つ、ニューヨークのペース・ギャラリーで初日完売なんです。

──難解・複雑なコンセプトを評価する時代はいずれ終わる、とも。

共感力のほうに評価の軸が移り始めています。コンセプトはより難解・複雑であったほうがいいと考える時代があった。けど徐々にアートを作る人が増えアートが民主化されていくと、よりわかりやすいものが理解されやすい。キュレーターやニューヨーク・タイムズの論評が評価を下すような “ミシュラン的”なものより、 アート好きが集まって加点する“食べログ的”な評価が尊重されるようになる。アートの民主化ですね。

売れないけどよい作品という考え方は、時代と資本主義の流れから崩れつつあって、売れない作品=将来的価値が認められない作品、売れる作品こそよい作品という理屈が当然になっていくでしょう。

──先ほど、アーティスト自身に柔軟に自分を変えていく才能が必要とおっしゃいましたが、つまりは市場価値を上げる努力を自分でせよ、ということですか? アーティストもビジネスマンたれと。

アーティストが起業家でコレクターが投資家、そう考えないとたぶんアーティストは食べていけなくなる。実際に起業家マインドを持っているアーティストはやっぱり伸びます。投資家は起業家がどれだけ強く事業を成功させたいかの意欲を見る。

アーティストも一緒で、自分が作りたいものと世間が望むものとを意識してやっていかないと、売れることはありません。それは村上隆も草間彌生も奈良美智も同じで、彼らは自分の好きに作って当たったのではなく、世の中が何を望んでいるかを察知して創作した部分が絶対あるはずです。ネットで情報が瞬時に拡散する社会で、いい作品には世界中がすぐ反応する。

日本はアジアの中でもアート後進国

──とにかく作品の数を見ようということで、近場の香港、上海、台北、シンガポールのアートフェアを挙げていますが、東京はなし?


「アートフェア東京」というのがありますが、現代アートに特化しておらず世界的トップギャラリーは出展していません。売れないというのもありますし。日本は富裕層が70歳以上に集中していて、どうしてもコンサバになる。それに対し、アメリカや中国ではお金を持っている層が30〜40代だったりするので、思考がすごく柔軟。自分が知らないもの、見たことないものに興味を持つ。逆に、見たことないから興味を持つ。そしてアートを立派な投資対象として見る。

マーケットが成長すると作家も潤い、それによって新しい文化が生まれる。日本はアジアの中でもアート後進国だし、このままではさらに衰退する可能性があります。アニメや漫画などサブカルが華々しい一方で、芸術としてのハイアート市場は成長していないのが現状。今やどん底状態だから、今のうちに日本の現代アートを買っておいたほうがいいよ、とあえて言います。われわれ業界の人間が、アートは資産になり、社会的貢献にもなりますよと訴えていかないといけない。