今週はアンブレラハルキである。もう、それに尽きる。熊本、鹿児島と続いた「雨の地方球場」シリーズ、首位ソフトバンクに迫るつもりがあっさり連敗してしまった。まぁ、5月の時点で首位攻防戦でもないが、何とか一つくらいは勝っておきたかったのだ。それでも不思議と精神的なダメージがない。むしろほっこりする、好ましい思い出になっている。それは何でかというとアンブレラハルキだ。試合には連敗したが、ファイターズはほっこり度合いで勝っている(?)。

この記事の写真を見る

 それは列島各地に被害をもたらした季節外れの大雨のはしりだった。屋久島では「50年に一度の大雨」で260人以上の人が下山できず孤立するという事態に見舞われた。折しも福岡ソフトバンクホークスは福岡移転30周年を記念し、福岡を皮切りに長崎、北九州、熊本、鹿児島で「WE=KYUSYU」デーを開催しているところだった。開催日程を組む時点で誰も大雨など想像しない。5月といえば時候のあいさつだって「新緑の候」「薫風の候」だ。

 まさかそこにアンブレラハルキが出現するとはねぇ。


「アンブレラハルキ」こと西川遥輝 ©文藝春秋

傘を差してファンと談笑する西川遥輝

 18日の熊本はアクシデントの連続だった。雨天のため、試合前の練習が行えず、付近の施設を借りたのだが、リブワーク藤崎台球場へ向かう道が大渋滞、到着がぎりぎりになり、試合開始が13分遅れている。先発投手は千賀滉大、上沢直之の両エースだ。千賀は素晴らしい出来だった。上沢も立ち上がりこそ不安定だったが、しっかりまとめた。さすがリーグを代表する右腕の対決だ。1点を争う好ゲームの様相だった。雨だけに「バットも湿りがち」ってやつだ。

 先手を取ったのはファイターズのほうだった。4回表、王柏融が勝負強さを見せ、しぶとくタイムリーを放つ。雨天試合はいつコールドになるかわからない。とにかく先手必勝がセオリーだ。その裏、ソフトバンクも得点圏に走者を進める。2死ながらランナー1、2塁。バッターは牧原大成だった。プロフィールを見ると福岡県久留米市出身だ。田主丸中学から熊本の城北高へ進学している。僕は久留米の櫛原中学だったから田主丸中学は部活でよく知っている。へぇ、懐かしいなぁと思った瞬間、その牧原が自打球を膝に当てたのだった。

 自打球は怖い。下手すれば骨折の可能性がある。牧原は治療のため、ベンチに下がる。雨の降りしきるなか、ファイターズナインはポジションについたまま、牧原が戻ってくるのを待っていた。

 時間にすると約3分間だそうだ。藤崎台球場のファンがそこここで傘を差した。ちゃんとマナーをわきまえていて、試合中は(後ろの人の視界を遮らないように)傘を閉じ、雨ガッパで観戦していたのだ。このときは牧原の治療で試合が止まり、その間、傘を広げた。と、TVカメラがセンターの西川遥輝を捉えた。何と西川は傘を差して、外野の観客と談笑している。傘を貸してくれたのはホークスファンの中年女性のようだ。透明の雨ガッパの下に「WE=KYUSYU」ユニが見える。一体、何を話し込んでいるんだろう。付近のホークスファンがみんな笑っている。拍手まで起きている。

 これがアンブレラハルキだ。試合中、敵地のファンに傘を借りてすっかり打ち解けていた。ファイターズはSHINJOの頃から、試合が中断したら「外野会議」と相場が決まっている。3人集まって片膝立てるポーズを読者もご覧になったことがあるだろう。それがこの日は会議も何も、(傘を差した)西川は完全にセンターのフェンス際を向いている。何をやってるのか。

「ホークス応援してもええからオレの打席だけ応援よろしく」

 実況アナは「プレー中に傘を差す選手は初めて見ました。嬉しいひとときでしたね、ファンにとってはね」と言ってくれたが、厳密に言ってこれは「ファンサ」「神対応」の類いなのか。フツーの考え方で「ファンサ」といったら、キャンプ地やなんかで自チームのファンにサインをするようなことだ。敵チームのファンに傘を借りることではない(んじゃないかと思う)。観客が「ぜひ西川さんに傘を差してほしい」と望んでいて、それを叶えたなら「神対応」だろうけれど、そんなこと想像すらしてなかったに違いない。「願う→叶える」の構造じゃないのだ。

 ひょいっと借りて、えええ〜の構造。

 もちろん実際には最高のファンサービスになった。「WE=KYUSYU」デーの地方開催は代えがきかないと思う。熊本で、鹿児島でやるから意味がある。雨天中止にしてヤフオクドームの予備日に入れればいいってもんじゃない。その証拠に雨にもかかわらず満杯のファンがプロ野球を待ってくれていた。それは翌日、更に本降りになった鹿児島でも同じだ。ホークスが九州に来て30周年嬉しいなと思ってもらいたい。プロ野球ってやっぱり最高だなと思ってもらいたい。

 これは地方球場だから可能だったことだ。例えば札幌ドームの屋根がなかったとして(?)、雨降りの日に傘を借りようとしても、外野フェンスが高くて、ひょいっという感じにも、談笑する感じにもならない。

 アンブレラハルキを外野フェンスの向こう側から撮った動画が存在する。これが事情をすべて物語っている。「財部建佑」さんという、大学生らしき男性のツイッターに上がっていた動画だ。もう何万回と再生されている。それを見ると西川はかなり積極的に歩み寄って、差し出されるままに傘を借りている。で、「ホークス応援してもええからオレの打席だけ応援よろしく」「みんな熊本出身? 僕ね、和歌山なんですよ」などと気さくに話している。普段、ヒーローインタビュー等で口ぶりの重い西川からは想像できない気さくさだ。で、最後は「じゃ、行ってくるわー」と傘を返し、ポジションへ駆けてゆく。この「じゃ、行ってくるわー」が何度見ても最高。

「財部建佑」さんは「5月18日の出来事。野球全然興味ない中見に行ったけど、これを機に西川遥輝選手のファンになったわ。おもろいしイケメン」とツイートしてくれている。この日は4回終了後、ザーザー降りになって1時間中断、再開後の5回裏に2失点して負けている。1時間の中断は投手にとって難しい条件だったと思う。千賀は見事切り抜け、上沢は足をすくわれた。だから1対2の負けだ。負けたけれど、むしろいいもの見た感が強い。僕らの心にはピンクの傘を差してフェンス際に立つ西川遥輝しかない。

 あの傘を差すシルエットは即刻、Tシャツにしてほしい。またピンクのアンブレラ自体も商品化してほしい。あぁ、これが今後拡大していって「外野会議」で3人の外野手が傘を差してる絵もいいなぁ。あるいは札幌ドームで西川応援のとき、傘を振るファンが爆発的に増えるかもしれない。レアードのホームランは「スシ1貫握った」などと表現されたが、今後、西川はヒットの度に「今日は傘2本差した」と言われるのかもしれない。

公式記録に記されない思い出こそがプロ野球

 翌19日も上原健太で負けた(5回降雨コールド)が、この日は中断中に、近藤健介が外野スタンドの子らと即席のキャッチボールを始めた。鹿児島の野球少年がグローブを持って来ていたのだ。あれもよかった。

 雨の日のサービスというと、僕は関東住みのパ・リーグ党だから、千葉マリンのロッテ・諸積兼司や、ハムならウインタース、森本稀哲らの防水シートへのヘッドスライディングがパッと浮かぶ。こういうのはファンの記憶にだけ残って、野球の公式記録には一切記されない(防水シートのヘッドスライディング生涯記録とかが残ったらそれはそれですごいけれど)。

 じゃ、これは「野球」じゃないんだろうかというのが今日の論点だ。僕は「野球」の大事な要素だと思う。ドーム球場が全盛になってしまって、プロ野球から雨や風を読む緻密さや、中断時ののどかな楽しさが失われつつある。だけど、それも込みで「野球」じゃないだろうか。サムタイムウイン、サムタイムレイン。

 雨の熊本&鹿児島シリーズ、両軍にケガ人が出なくて本当によかった。そして、ずぶ濡れで観戦してくれたファンにアンブレラハルキ(とキャッチボールコンスケ?)をお届けできてよかった。たぶん外野のファンにとっては勝ち負けではなく、点差でもなく、この思い出がプロ野球だろう。

 今後、アンブレラハルキが拡大していくかどうかは現時点では不明だ。ただ一つ言えること。梅雨が来月やってくるのだ。北海道に梅雨はないかもしれないが、交流戦のビジター球場は傘の出番だ。準備にかかるなら今じゃないだろうか。西川遥輝、(傘を)差して差して差しまくれ!

追記 5月22日、札幌ドームで行われた楽天戦11回戦のGAORA中継を見ていたら、ピンクのアンブレラ型ボードを振るファイターズ女子が既に出現していた。チームは4連敗だが、止まない雨はない。

◆ ◆ ◆

※「文春野球コラム ペナントレース2019」実施中。コラムがおもしろいと思ったらオリジナルサイト https://bunshun.jp/articles/11691 でHITボタンを押してください。

(えのきど いちろう)