独立リーグで指揮を執る二岡智宏。「悔いなくやれよ」と言わない理由
坂本勇人が出現するまで、巨人のショートストップには二岡智宏が座っていた。ルーキーイヤーの1999年に川相昌弘からポジションを奪取すると、強肩と芸術的な右打ちで3度のリーグ優勝に貢献。
その後、2008年オフにトレードで日本ハムに移籍。2013年まで現役を続けたあと、古巣・巨人で国際部のスカウトを経験し、コーチ業を3シーズン務めたが、昨年限りで退団。球界のエリート街道を歩んできた男が、今シーズンから独立リーグの舞台に立っている。
巨人を退団し、今季から富山GNRサンダーバーズで指揮を執る二岡智宏
NPB球団に籍を残しながら、独立リーグに”往復切符”を手にしてやってくる指導者も多いなか、二岡は”片道切符”でルートインBCリーグ・富山GNRサンダーバーズで自身初の監督生活を送っている。
ここ3年間は巨人のコーチを務めていたために独立リーグを見る機会がなかったが、スカウトをしていた時期に数試合、足を運んだことがあると言う。その時の印象について、二岡はこう語る。
「なかなかいい選手がいるな、という印象でしたね。僕が最初に想像していたよりもいい選手が多かったです」
巨人退団後、そのことが頭のなかにあったのか、二岡は独立リーグという世界で指導者の道を自ら選んだ。そうして踏み込んだ独立リーグだったが、そこに集う若い選手たちの姿にもどかしさを感じたと言う。
「なにもジャイアンツの選手や、僕らの時代と比べているわけではないんです。僕自身が持っている野球観とのギャップですかね。もし僕が上(NPB)を目指してここでやっているのなら、もっと練習するな……っていうことですかね」
NPBを目指すと言いながら、練習量や取り組み方の部分でまだまだ物足りないと二岡は言うが、ある意味それも仕方のないことかもしれない。彼らは実際、そういう舞台でプレーしたことがなく、施設も充実しているとは言い難い。日々の練習でもグラウンドが使える時間は限られており、キャンプ中もすべての雑用は自分たちでしなければならず、”練習漬け”というわけにはいかない。
自分たちでは必死に取り組んでいるつもりでも、二岡の目には質・量ともに不足と感じてしまうのだろう。
「先程言ったように、そこそこの選手はいるんです。でもそれは、捕る、投げる、打つ、走るという個々のプレーの話だけのことです。野球というゲームをしていく上での意識はまだまだ低いですし、結局、そういうことを今までやってこなかったんでしょうね」
実際、観戦した試合でも、一死から二塁ランナーが真正面のショートゴロで三塁を狙い憤死したり、先頭打者が出塁しながら次打者のバントが併殺打になったり、明らかなボール球に手を出して三振したり、ミスは多い。
「バントの失敗については、誰でも失敗はするので、ミーティングとかでも施術についてとやかくは言いません。もちろん、どうして失敗するのかということはちゃんとわかってほしいとは思いますけど。でも、走塁ミスやボール球に手を出すということについては、意識の問題ですから。
今日の敗因はあの走塁(三塁憤死)ですね。あれはダメです。その部分に関しては、練習の段階から意識が低いと、ミーティングでも指摘しました。結局、そういうプレーができていないから、ここにいるということです。さっきも話しましたが、ただ単に打つ、捕るということだけしかやってこなかったんです」
そういう選手たちを前にして、キャンプインしてからゲームのなかで細かなプレーがなぜ必要なのかというところから話を始めた。そして今、二岡の声は次第に選手たちに浸透してきている。
独立リーグは言うまでもなく、NPBへの登竜門である。しかし、現実にはここからドラフトで指名されるのはごくわずかな選手だけ。ほとんどの選手にとっては、キャリアに見切りをつける場である。ただ、二岡は独立リーグを「夢をあきらめる場」とは考えていない。
「ここにいる全員の選手に、ドラフトで指名される可能性があると考えています。だから上に行った時に『なにができる』『なにができない』ってことはとても大事だと思うので、NPBに進んだ時に苦労することがないように指導しています。バント、走塁面がしっかりできないと、困るのはその選手だと思うんです。それでもやらないのなら、それまでの選手だと思っています。
だから『とにかく悔いなくやれよ』とは考えていません。そう思ってしまうと指導できないですから。それこそ今日の走塁にしても、そんな考えがあると『ああ、あいつなら仕方ないか』ってなってしまいますから……。そうなったら選手はもちろんですが、チームもダメになってしまう」
あくまで目標は、ドラフトで選手が指名されることだ。その時に最高の状態に持っていくのが、自分の仕事だと二岡は考えている。
それにしても独立リーグの監督業は忙しい。NPBのように試合に勝つことだけを考えればいいというわけではない。グラウンドを離れれば営業活動をする監督もいるくらいだ。試合中も、コーチングスタッフが少ない分、やるべきことは多い。二岡もNPBとはまったく違う環境に戸惑いながらも、試合中は動き回っている。
「大変ですね(笑)。いまピッチングコーチは選手が兼任してくれていますけど、彼がブルペンで肩をつくっている時には、僕は投手のやりくりも全部やらなきゃいけないんです」
そう語る二岡だが、攻撃中は一塁のベースコーチを務めている。
「これについては、キャプテンに助けてもらっていますね。選手交代の際、一塁側ベンチの時は声を出せば聞こえるのでいいですけど、三塁側の時は指で背番号を示したり、あらかじめ準備させておいたりして、なんとかしのいでいます。そういう部分の難しさはありますね」
それにしても、どうして一塁コーチなのだろう。通常、ベースコーチと言えば三塁コーチが重要とされる。マイナーリーグやアマチュア野球でコーチが足りない時は、選手がコーチャーボックスに立つが、一塁コーチには経験の浅い者が立つのが常だ。
実際、独立リーグでも一塁コーチャーズボックスには若い選手や投手が立つことがほとんどだ。しかし、二岡は独立リーグという場では、一塁コーチこそ重要だと考える。
「フィールドに立とうと思ったのは、もちろんグラウンドレベルで選手を見たいというのがあります。それに一塁ランナーというのは、いろいろあると思うので。指示をちゃんとしてあげたいな、ということです。三塁コーチャーというのは、極端な話、打球の判断だけなんです。コーチャーの判断がすべてで、選手はその指示に対して動くだけでいいんです。
でも一塁ランナーには、もちろん盗塁もありますし、次の球がボールになったら変化球カウントになるかもしれないから行ってもいいよとか、そういうアドバイスがいろいろできるので。一塁ランナーの方が教えることが多いというのが、僕のなかでの印象です。
一塁コーチは『ここでゲッツーになったらダメ』『ライナーバックは絶対だよ』とか、満塁の場面では『セカンドゴロでタッチされてのゲッツーはダメ。挟まれて1点取れるようにするんだ』とか。いろんなことをアドバイスする場面が多いんじゃないかと思うんです」
ひとりでも多くの選手をNPBへ──二岡智宏の挑戦は始まったばかりだ。