17日放送、BS朝日「スポーツクロス」に、サッカー元日本代表の楢崎正剛が出演。2002年のワールドカップ(W杯)で指揮を執ったフィリップ・トルシエ元監督を語った。

1998年に日本代表監督に就任し、母国開催の2002年大会では、初勝利や決勝トーナメント進出に日本を導いたトルシエ監督。楢崎は「感情をどんどん出す。だから大変」と笑う。

楢崎は「GKに対してはすごくアグレッシブさを要求された」とコメント。ゴールマウスの前でただ守るのではなく、前に出てボールに「アタック」することを求められたと振り返る。何度も「男だろ!」という檄を飛ばすなど、トルシエ元監督は勝利への執念が強かったそうだ。

だからこそ、日韓W杯でベルギーとの初戦を引き分けた際も、楢崎は怒られたという。相手を止めても、守備に対する指示などを指摘され、「なんだその顔は!」と、表情にまで注文をつけられたそうだ。楢崎は「『なんやねん』と思った」と笑う。

続くロシア戦で、日本は1-0とW杯初勝利を挙げた。楢崎は「大きな目標というか、自国開催のW杯なので、なんとしても勝ちたかった」「みんな歴史に名を刻もうと思ってやっていた」と振り返る。

歴史的勝利の後には、当時の小泉純一郎総理がロッカールームを訪れるサプライズもあった。勝利に加え、喜ぶ首相の“乱入”に、選手たちも大騒ぎ。「コ・イ・ズ・ミ」とチャントし、中山雅史が「首相、感動しましたか?」と尋ね、小泉元総理が「感動した」と名言を繰り返す場面もあったという。

W杯4大会でメンバー入りした楢崎だが、2006年のドイツ大会では出場機会なし。2010年南アフリカ大会も、直前まで正守護神だったにもかかわらず、大会で7歳年下の川島永嗣にポジションを奪われた。

4大会で最も良い状態だったという楢崎は、「自分が活躍するという意気込みだったので、本当に悔しいし、試合に出られないのが歯がゆかった」とコメント。だが、「W杯なので、どんな立場でも、日本が勝つことが大事と思っていた」と、チーム優先の姿勢だったと明かす。MCの古田敦也氏は「周りは意外とそういうところを見ている。そこで嫌なところを見せたら、人望はなくなる」とコメント。「その先のサッカー人生にも、いろいろな意味で良い影響を与える。グッと堪えて(悔しさを)表に見せないようにしていたと思う」と、楢崎の姿勢をたたえた。