報酬でやる気を釣る方法は、伸びしろを潰してしまいかねません(写真:lucky336/iStock)

報酬、高い目標設定、競争を通して部下を育てようと考えるマネジャーは少なくない。マーケティング戦略コンサルタントであり、『世界のエリートが学んでいるMBA必読書50冊を1冊にまとめてみた』の著者でもある永井孝尚氏によると、「これらはすべてNG。まずチームメンバーの内発的動機付けを引き出すことが大切だ」と言う。そこでなぜ報酬、高い目標設定、競争が部下を潰すのかを語ってもらった。(本記事は、同書の一部を再編集したものです)

知らないうちに、部下を潰してしまうマネジャー

「やはり成果主義が大切だ。成果を出せば報酬を上げると言えば、部下は頑張るよ」

「高い目標を与えることが大事だ。目標達成のために叱咤激励すれば、成果も上がる」

「仲間と競争させれば、目の色が変わってくる。オレも、部下同士の競争をあおっているよ」

多くの企業では、これがマネジャーの常識ではないだろうか。しかしこれらの常識を覆したのが、心理学者エドワード・デシが書いた『人を伸ばす力』だ。デシによると、報酬・高い目標設定・競争は、部下を潰すこともあるという。

オットセイの曲芸を見たことがある人は多いだろう。腹ペコのオットセイは飼育係が持つ魚を目当てに、前ビレで拍手したり観衆に手を振ったり、何でもやる。オットセイを見て、こう考える人もいるかもしれない。

「同じように魚を与えれば、部下や子どももいうことをきくんじゃないかな?」

しかしオットセイはご褒美の魚がもらえないと、何もしなくなる。動機付け理論ではこれを「外発的動機付け」と呼ぶ。魚がなくなると外発的動機付けは消える。あなたは部下や子どもに、魚が与えられなくても正しく行動してほしいはずだ。

心理学者ハリー・ハーロウは、サルの檻にパズルを入れてみた。すると何も報酬を与えないのに熱心に楽しそうにパズル解きに取り組んだという。ハーロウはこの現象に「内発的動機付け」と名付けた。要は「自ら学び、やる意欲」のことだ。

デシは報酬で内発的動機付けがどう変わるか実験した。誰もが夢中になるパズルゲーム「ソマ・パズル」を見つけ、使うことにした。

学生を2グループに分け、1つはパズルを解くと金銭報酬を与える条件、もう1つは報酬を与えない条件で、30分間パズル解きをさせた。両方とも熱心にパズルを解いたが、問題はその後の休憩時間の行動である。

無報酬チームは、「パズルは面白い」と思って休憩時間もパズル解きを続けた。報酬チームは、休憩中はお金がもらえないので、パズル解きをやめてしまった。報酬があることで、逆にパズル解きの面白さを感じなくなったのである。

デシは追加実験した。無給で熱心に大学新聞を手伝っていた学生に報酬を支払った。お金が尽きて報酬が払えなくなると、学生は仕事に興味を失ってしまった。

人は誰からも指図されず自分で行動を選べるとき、生き生きと行動する。人は「自律性を持ちたい」と思っているからだ。自律性とは、自分の行動を自分で決めることだ。

外発的動機付けでは自律性が弱まる。「誰かに統制されている」という感覚になり、「自分でこの行動を選んだ」という感覚が弱まる。だから内発的動機付けも弱まるのだ。

デシはさらに追加で、金銭報酬でなく「パズルが解けないと罰する」という脅し文句を使って実験をした。脅し文句は効果があり、パズル解きは順調に進んだ。しかしパズルを楽しむ感覚はすっかり消えてしまった。

人に圧力をかけるという点で仕事の目標押しつけ・締め切り設定・監視も「脅し」の一種だ。これらも内発的動機付けを低下させる。

デシはさらにパズルを2人1組で行い、タイムをより速くさせるグループと、相手と競争させるグループで比較してみた。タイムをより速くさせたグループの内発的動機付けは変わらなかったが、相手と競争させたグループは内発的動機付けが弱まってしまった。他人との競争も内発的動機付けを低下させてしまうのである。

つまり報酬・脅し・競争で、内発的動機付けは弱まったり、消滅してしまう。

人は自らが行動を選択することで、その行動に意味を感じて納得する。選択の機会が、内発的動機付けを高めるのだ。

内発的動機付けに欠かせない「有能感」

一方で報酬が役立つ場面もある。ルーティンワークは報酬で統制することで生産性が上がることがある。ただし「報酬があるときだけやる」という態度が定着しサボる人も出てくる。

報酬を使う場合、注意点が2つある。1つ目は、報酬を使い始めたら、後戻りはできないことだ。金銭的報酬を得るために行動するようになると、その行動は報酬が与えられる間しか続かない。子どもに「1時間勉強したらお小遣いをあげる」と約束すると、お小遣いがなくなると勉強しなくなる。

2つ目は、報酬に関心を持つと、人は報酬獲得のため最短で手っ取り早いやり方を選ぶようになることだ。1時間勉強したらお小遣いが貰える子どもは、簡単な問題だけを1時間やり、難しい問題には挑戦しなくなる。

成果に見合う報酬は、確かに人を動機付ける。しかし仕事そのものではなく報酬に関心が向くようになり、手っ取り早い方法を選ぶようになる、ということである。

実際には内発的動機付けにも、報酬はある。それは「楽しさと達成感」である。ここで欠かせないのが「自分はこの仕事をこなせる力がある」という「有能感」だ。この有能感は、誰でもできる仕事では得られない。自分の能力を最大限に発揮し、達成したとき、初めて得られる。

そしてこの有能感に、「この行動は自分が選んだ」という自律性が伴えば、大きな満足が得られ、仕事の成果もあがる。心理学者ミハイ・チクセントミハイが著書『フロー体験入門』で紹介したフロー体験は、これを高いレベルで実現した状態だ。

自律性と有能感のいずれか片方だけでは、内発的動機付けは高まらない。自律性と有能感が両方ともない場合は最悪だ。抑うつなどの状態に陥ることもある。

「もっと統制しなければ…」の悪循環

常に好奇心と興味を持ち有能感と自律性を発揮できれば、人は成長し学び続けられる。

逆に管理・統制されると、人は無気力になり、自ら学ぼうとしなくなる。そして統制されないと何もできなくなってしまう。それを見て「もっと統制しなければ」と考えるマネジャーもいる。これは悪循環だ。

本当に必要なのは逆だ。統制はやめ、人の自律性を支援することが必要なのだ。

その人を「1人の人間」として認めれば、人は「自分が有能で自律的だ」と考えるようになり、内発的動機を維持できるようになる。一人ひとりが「これは自分自身で選択して行動している」と心底感じられることが必要なのだ。心理学者シーナ・アイエンガーが著書『選択の科学』で「自己決定感」が大切と述べている点と共通している。

報酬を提供する場合も、その人の有能さを認め、自律性を損なわないように配慮することで、むしろ内発的動機付けが高まっていく。

「エクセレント・カンパニー」や「ビジョナリー・カンパニー」で紹介されている超優良企業は、組織として社員の内発的動機をうまく引き出している。


さらに新世代の組織のあり方を提案するフレデリック・ラルーの著書『ティール組織』では、社員が自分で仕事の意思決定をすることで自律性を持たせて、社員の内発的動機を引き出すことにより、社員が幸せに働き、大きな成果を上げられる仕組みを紹介している。一人ひとりから内発的動機を引き出すことこそ、組織が大きな成果を上げるカギなのだ。

もともと日本企業は、社員の内発的動機付けを重視していた。しかしバブル崩壊後、日本企業は成果主義を導入し、こと細かに社員を統制するようになり、社員の自律性と有能感を損なっている面が目立つようになった。改めて本書を読み、かつての日本企業のよさを見直してほしい。