メキシコ版『ドキュメンタル』で浮かび上がった松本人志の功罪

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 松本人志は、お笑い番組のフォーマットで国境を越える笑いの勝負に出ているのかもしれない。『HITOSHI MATSUMOTO presents ドキュメンタル』(Amazonプライム・ビデオ)のメキシコ版『LOL:Last One Laughing』が日本向けにも公開された。昨年、メキシコを含む200カ国で公開された同番組について、イラストレーターでコラムニストのヨシムラヒロム氏が、日本の笑いは国境を越えられるのかについて考えた。

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 日夜、多くの番組が配信されるAmazonプライム・ビデオ。そのなかで最も多くの人に観られているのが『HITOSHI MATSUMOTO presents ドキュメンタル』シリーズだ。

 参加費の自腹100万を握りしめ、参戦するのは松本人志が選出した10人の芸人。彼らは1つの部屋に集められ、6時間の笑わせ合いを課せられる。3回笑えば脱落、最後まで残った芸人が優勝賞金1100万円を獲得する。

 そんな『ドキュメンタル』が新たな展開を迎えた。『LOL:Last One Laughing』と名義を変えて、メキシコに進出。基本設定はそのまま、メキシコの芸人がお笑いバトルに挑む。

 冒頭、参加費10万ペソ(日本円で約60万円)を持った10人の芸人が部屋に集まる。メキシコ版の松本役を務めるデルベスが「お金を集めるのは大変だったかい?」と聞きつつ、参加費を回収。メキシコ芸人それぞれが10万ペソを集める苦労を語る。

「パトロンがくれたんだ、初めてのことをした。何か言えないが金はそろった。3日間、動けなかったが……」と話すのはコメディアンのマヌ・ナ。メキシコといえば現在も麻薬戦争が続く国。いくつもの組織が激しい縄張り争いを繰り返し、取り締まりにも暴力で抵抗する。現在はピークを超えたと本で読んだが、メキシコ人の口から“何か言えない”と聞けば、闇社会とのつながりを推察したくもなる。

「恋人と共同で貯めた車購入費」を持ってきたアレックス、しんみりと「親に借りた」と話すカルロス。日本と比べ、メキシコの芸人がリッチではないことが分かる。

 こんな懐事情の違いが『ドキュメンタル』のゲーム性を変化させる。言ってしまえば、日本版は“笑いの会員制クラブ”。売れっ子芸人だけが会員権を持つ。よって、勝つことよりも「場を楽しみたい」「伝説的な笑いを作りたい」といったプライドが表出される。打って変わり、メキシコ版は「勝つこと」こそが全て。日本版と比べて競技性が高い番組に仕上がっていた。

 そして、肝心の笑いである。日本版と比べ、見劣りは否めない。兎に角、連呼される「カカ!」。番組中50回以上は出てくる言葉だ。日本語に直訳すれば「うんこ!」である。確かに日本版でも下ネタは多い。人を笑わせることを追求すると、下ネタに行き着くのは世界共通らしい。ただ、日本の芸人は「うんこ!うんこ!」と連呼しない。下ネタにしてもどこか工夫がある。 お国柄といったこととは関係なくメキシコは日本よりも笑いというジャンルが未成熟に映る。ツッコミとボケという志向がないため会話は基本ボケ倒しだ。誰しもが共有する「笑いの概念」もないのだろう。参加者のエルも「笑いは人それぞれだろ」と語っていた。世界的に見ればエルの意見が真っ当だと思う。しかし、日本版だけはその理屈が許されない。なんたって『ドキュメンタル』のゲームマスターは松本人志である。

 30代中盤から40代のお笑い好きで『遺書』(1994年、松本によって上梓された現代笑いの聖典ともいえる本)を読んでいない人はいない。それこそ、『遺書』に書かれた「笑いと悲しみは表裏一体」「未分化な感情にこそ笑いは潜む」といったテーゼに心酔したのが『ドキュメンタル』に参加している芸人。彼らは松本を心から尊敬している。笑ったペナルティとして松本からカードが渡される際も「すいません」もしくは「ありがとうございます」と頭を下げる。メキシコ版の松本役デルベスは、松本のように崇められるようなリスペクトの対象ではない。

 シーズン1〜7までに出演した芸人は総勢47人。そのうち、よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属は37人である。吉本の芸能人育成機関「NSC」出身も多い。それぞれ違ったスタイルを持つが、共通している部分は当然ある。元来『ドキュメンタル』といった番組自体、吉本が所有する劇場の楽屋遊びの延長上にあるものだ。

 こういった笑いの共鳴がないないため、メキシコ版は日本版のように一同が笑うといった展開がない。ふとしたことが自身のツボに入り、笑ってしまう自爆が多い。ただ、笑うといっても微笑レベルで。自身が笑っていることにも気づかない。メキシコ版の松本役デルベスに指摘されて、それを知る。口元が緩む程度、他の参加者も誰が笑ったのかを感知できていない。よって、毎度「今回、笑ったのは……お前だ!」といったやりとりが繰り返される。日本版よりもガチ感が強いので笑う回数も少ない。エピソード3(34分)に至っては誰も笑わない膠着状態で終了した。

「たぶん」で申し訳ないが、メキシコは日本と比較して芸人の社会的地位がそれほど高くない(年間で約500人がNSCに入学する日本が異常なんだけど……)。芸人の人数、生存サバイバルの激しさ、年収も違う。そういったことを加味すれば、日本版の方が面白くなって当たり前なんだ。

 しかし、『LOL:Last One Laughing』を観ているうちにメキシコの良さに気づく。理屈を考える前の、素朴な笑い。子供のような笑いとでもいえるだろうか。当初、うるさかった「カカ!」のマネもしたくなる。禁じられているから誰も笑わないが、日常では「ウンコ!」と叫べば微笑んでくれる国。だから、メキシコ芸人はあれほど「カカ!」と連呼する。

 世界的に見て、「たぶん」日本は笑いに厳しすぎる。松本は自らの“笑える/笑えない”の指標を日本人に浸透させた。松本の笑いが解せないという人もいる。しかし、彼の存在によって日本人の“お笑いI.Q”(松本の造語)がちょっと向上したことは間違いない。この功績は偉大だ。

 光あれば影もあり、強すぎる影響力ゆえに一般人レベルにまで「スベる」といった概念が浸透。これはカリスマゆえの罪、そもそも一般人が面白くある必要はない。

 メキシコ版『ドキュメンタル』を観て、想ったことは松本の功罪。「カカ!」

●ヨシムラヒロム/1986年生まれ、東京出身。武蔵野美術大学基礎デザイン学科卒業。イラストレーター、コラムニスト、中野区観光大使。五反田のコワーキングスペースpaoで週一回開かれるイベント「微学校」の校長としても活動中。テレビっ子として育ち、ネットテレビっ子に成長した。著書に『美大生図鑑』(飛鳥新社)