幼児・小学生が対象のサッカーを通して英語を楽しく学ぶ英語サッカースクールである「グローバルアスリート英語サッカースクール」(筆者撮影)

2010年南アフリカ、2014年ブラジル、2018年ロシアと3度のサッカーワールドカップに参戦するなど、サッカー日本代表として88試合に出場しているGK川島永嗣(ストラスブール・フランス)。2010年夏にヨーロッパに渡って以来、ベルギー、スコットランド、フランスでプレーする彼は「母国語の日本語を含めて6カ国語を操る守護神」として知られている。

「高校を出たプロ1年目の2001年から語学テキストを買って単語を覚え、文法を勉強し始めました。学校でやった内容はあまり覚えていなかったので、すべて初めからやり直しました。取り組んだのは、英語、イタリア語、フランス語、ポルトガル語、スペイン語の5つ。月〜金曜日の朝食前の30分間に勉強することを習慣づけました」

語学が身に付いた実感はすぐには得られなかったが、2001〜2003年に所属した大宮アルディージャでブラジル人選手とポルトガル語で話したり、2004年に移籍した名古屋グランパスでオランダ人監督やノルウェー人選手と英語で会話するなど、学んだ言葉を意図的に口に出すように心がけた。

名古屋時代は英語とイタリア語の学校にも定期的に通った結果、2010年に初めて海外移籍した時点では、すでに英語とイタリア語はある程度話せるようになっていたという。

語学力が川島のキャリアを助けた

最初の海外クラブ・リールセは多国籍軍だった。15カ国ほどから選手が来ていたため、英語を中心に学んだ複数言語でコミュニケーションを取った。2年後の2012年にはスタンダール・リエージュへ移籍。

この地域がワロン語圏内で、フランス語習得が必須となった。川島は毎日練習場に通う車中でラジオを流し続け、2年後には聞き取れるようになり、会話もイタリア語と同じくらいのレベルまで上達した。

そんな語学力も武器にして、2016年1月に加入したスコットランドのダンディー・ユナイテッド、2016年7月に赴いたフランスのメスでは最終的にGKのレギュラーを奪取。今季プレーするストラスブールでは出番を得られず苦労しているが、語学力が彼自身のキャリアの助けになったのは紛れもない事実だ。

「GKは細かいディテールを周りに伝えないといけない。それを英語でやるのも最初はハードルが高かったですけど、フランス語はより難易度が上がる。今年からフランスに来た源(昌子=トゥールーズ)なんかは大変だと思います」としみじみ語る川島は、自身の経験も踏まえてアスリートの国際化にも力を入れている。

一般社団法人「グローバルアスリートプロジェクト」の発起人兼アンバサダーとして、活動に携わっているのだ。

同法人は、川島のマネジメントに携わる田中隆祐氏が代表理事を務める形で2011年6月に発足。アンバサダーは彼のほか、フットサル元日本代表の木暮賢一郎氏、自転車ロードレースの別府史之選手、卓球元日本代表の小西杏さんらが務め、スタッフは常勤日本人スタッフと非常勤の外国人英語サッカーコーチを含めて約20人が活動している。


発起人の川島永嗣にかわり彼のマネジメントをする田中輶祐氏が代表理事を務め運営している(筆者撮影)

プロジェクトの事業は、‘本人アスリートの語学習得サポート、英語サッカースクール、1儻譽ッズチアスクール、っ羚餮譴魍悗戮訛邉絅好ール、ゾ学生向けサッカー英語ドリルの販売などが柱。

アスリートの語学教育では、「3D ACADEMY」によるフィリピン英語留学、「DMM英会話」のオンライン英会話、オンライン学習アプリの「iKnow!」といったサービスを提供。現在の参加者は46競技・244人にのぼっている。

開校したスクールは急拡大している

英語サッカースクールは東京都内の広尾、白金高輪、月島、東陽町などを中心に関東一円に18校を運営。3年前の2016年春の段階では8校だったことを考えると、急拡大を見せている。川島も「スクール開校2年目で8校、4年目で18校というのは展開スピードがかなり速い」と手応えを口にしていたが、勢いはとどまるところを知らない。

また、2018年6月に誕生した英語キッズチアスクールも、わずか10カ月で吉祥寺や勝どきなど7校に広がっている。サッカーとチアの両方で現在、500人以上の子どもたちがスクールを受講。スポーツを通して外国語を学ぶ絶好のチャンスに恵まれている。

「子どもに英語を学ばせたい」と考える親を中心に反響が大きく、競技ジャンルを拡大する計画もあるという。今後はより多彩な角度から外国語習得ができる工夫がなされる見通しだ。

受講生の少年が自身の進むべき道を見いだしたという理想的な事例も生まれている。英語サッカースクールに4年通い、今年中学1年生になった卒業生が今年から同スクールのアシスタントコーチのインターンとなり、週2〜3回、活動を手伝っているのだ。

「大人になったら英語を使う仕事をしたい」と言う彼は、英語を通して活躍する場を見つけたことでイキイキとしているようだ。今後、どのような道に進むのかはまだわからないが、人生の選択肢が増えたのは事実だろう。

そんなグローバル人材をこれからも多く輩出したいというのが、同プロジェクトのアンバサダーである川島の切なる願いである。発起人の彼自身は今のところ年に1度、英語サッカースクールのイベントに参加するにとどまるが、日本人のグローバル化に貢献したいという思いは誰よりも強い。


川島にはグローバル人材を育成したいという強い意志がある(筆者撮影)

「僕は今、現役のプロサッカー選手なんで、ピッチ上でのパフォーマンスを最優先に考えていて、プロジェクトの経営・運営面にはほぼタッチしていません。ですが、いずれはアスリート全体、あるいはビジネスマン向けの語学サポートなどの運営を手がけてみたいという思いはあります。

田中さんというベストパートナーとともに二人三脚で事業を軌道に乗せ、可能な限り拡大し、いちばんいい組織・体制を作れるように今後も努力したいと思います」と川島は意欲を示している。

2020年には東京オリンピック・パラリンピックも開催されるなど、外国人との関わりは増える一方だ。ボーダーレス化がより一層加速する中、これからの日本人はグローバルな人材にならなければ、厳しい時代を生き抜いていけない。そんな近い将来を視野に入れても、川島が関わるこのプロジェクトは子どもたちにとって有効だ。

外国語を話せて損したことは一度もない

「僕にとっての語学力は『世界を渡っていくために不可欠なツール』です。初めて欧州の扉をたたいたベルギーで、片言のスペイン語やフランス語を駆使してチームメートと会話したときに『18歳から興味を持って勉強したことがこんなにも役立つんだ』と驚きました。これまで外国語を話せて損したことは一度もない。サポーターからの文句の内容がわかるくらいですかね(苦笑)。

でもネガティブな意見や批判を理解できなかったら、人間としていいことじゃないと僕は思う。『言葉がわからない』という理由で見たくないものに背を向けるような生き方はしたくない。いいことも悪いことも、しっかりコミュニケーションを取れるようになること。それがこの先の日本人には必要だと感じます」

実際に海外でたくましく戦ってきた川島の言葉は重い。彼の思いが投影されたプロジェクトの今後の発展、そして川島自身の生きざまが興味深いところだ。

(文中一部敬称略)