人気アニメ「ルパン三世」の原作者、モンキー・パンチさんが先週11日(2019年4月)、肺炎のため亡くなった。81歳だった。1937年に北海道厚岸郡浜中町で生まれ、本名は加藤一彦。高校卒業後に漫画家を目指して上京し、30歳の時に転機が訪れた。その時のことをこう語っていた。

「新しい雑誌の中にお前の作品を入れるから、何を描きたいんだということを(編集長に)言われたんです。即答しないと仕事がもらえないんじゃないかと、ぴんと浮かんだのがアルセーヌ・ルパンの話だったんですよね」

孫悟空好きからあのペンネーム

モンキー・パンチという独特のペンネームについては、「日本人なのか、外国人なのかわかんないようにしようと、編集部でつけてもらった」と明かした。西遊記の主人公の孫悟空が好きだったことから「モンキー」、それに風刺画を意味する「パンチ」をつけたのだという。

作者自身が一番お気に入りだったキャラクターは銭形警部だ。「頭の中にあったのはトムとジェリーの話。あのおっかけっこをやらしたらおもしろいなと、スタートさせた」と話していた。

1971年にアニメ版ルパン三世の放送が開始。1976年にはジブリ映画の巨匠、宮崎駿監督が制作した映画「カリオストロの城」が公開された。「あれを見た時に、ルパンの材料っていうのは作る人によっていろいろあるんだなと思いましたね。そのぐらいルパンというキャラクターは便利なキャラクターなのかなってね。宮崎さんの『カリオストロ』を見て、逆に僕の方が刺激された」と話していた。

20年以上担当編集者「誠実で温厚でかっこいい人でした」

20年以上も担当編集者を務めた双葉社の遠藤隆一さんは、こう振り返った。「非常に誠実で温厚な方でした。若い頃のモンキーさんの写真を拝見すると、ちょっとルパン三世に似ています。かっこいいんですよ。

ウィットが効いて、どんでん返しが多いショートストーリーが多かったですね。そういうアイデアを毎週出し続けたのは本当にすごいことだと思います」

司会の加藤浩次「時代とともにいろいろなルパンがいたんですね」

松田丈志(競泳元日本代表)「子どものころ、こういう、自分の仕事を一生懸命やる大人になりたいなと思いながら見ていたのを思い出しました」