韓国のヒップホップアイドルグループBTSこと、防弾少年団のドキュメンタリー『Burn the Stage』が人気だ(YouTubeより)

K-POPドキュメンタリーから一般投稿まで今、アジアが熱い」。これは3月19日にアジア最大規模の映画・テレビの見本市「香港フィルマート」で企画されたセッションに登壇したYouTubeのマーケティング・ディレクター、ショーン・パーク氏が語った言葉でした。アジアからYouTubeコンテンツのヒット例が多く生まれているというのです。今、なぜアジアに目が向けられているのでしょうか。

月間ユニークユーザー数は5年間で右肩上がり

そもそもの理由に、ヒットを生み出す土壌が醸成されていることがまずは挙げられます。YouTubeによると、この過去5年間でYouTubeの視聴回数は増え続け、月間ユニークユーザー数は全世界で20億人に上るそうです。そのうち70%はモバイルデバイスで視聴。スマホの普及とともにその率は上がり、1日の視聴時間も増加しています。


この連載の一覧はこちら

最近はスマートTVの登場によって、TVスクリーンでの視聴も増加中です。グーグルが2006年にYouTubeを約16億ドルで買収した当初は収益化が図れなかったものの、2010年には黒字化を達成。その後はYouTubeの公式チャンネルを使った大手企業の広告キャンペーンが収益を上げ、好循環を生んでいる様子です。

そんななか、YouTubeアカウント数の世界トップ10にアジア5カ国がランクインしました。ランキングの詳細は明かされていませんが、その5カ国にインド、インドネシア、タイ、ベトナム、そして日本も入っています。

背景を知るうえで、どのようなコンテンツがアジアをはじめ、世界的に支持されているのかというと、「ライフスタイル」「ゲーム」「エンターテインメント」が3大人気ジャンルだそうです。YouTubeのパーク氏はこのジャンルが「チャンネルの開設増加を牽引し、視聴者層を広げている」と分析していました。


YouTubeインターナショナルマーケット部門マーケティングディレクター、ショーン・パーク氏。香港で開催された映画・テレビの見本市「香港フィルマート」3月19日のキーノートに登壇した(筆者撮影)

YouTubeから新しいレシピを学ぶことが習慣化されています。人気の料理に限らず、科学の分野などでもYouTubeから新しい知識を学ぶことができるのです。ゲームコンテンツは毎日2000億を超える視聴ビューがあります。

また、YouTubeは音楽最大のプラットフォームでもあり、新人歌手の発掘の場としても成長し続けています。最も有名な例としてはジャスティン・ビーバーのように、YouTubeをきっかけにメジャーデビューし、世界で人気を集めているアーティストを輩出し続けています。20億人の新人アーティストがYouTubeで新たな楽曲を発表しています」(パーク氏)。

今や子どもの将来なりたい人気の職業の1つが「ユーチューバー」という時代です。サクセスストーリーが伝説に終わらずに、かついろいろなジャンルから売れるきっかけを作り出していることが支持される理由の1つでしょう。


映像で紹介された79歳のゲームユーチューバーの女性(筆者撮影)

さらに、年齢層も広がっているそうです。YouTubeユーザーの大半を占めるのが1980年代から2000年代初頭に生まれたミレニアル世代ですが、1940年代、1950年代生まれにまでユーザー層が広がっています。そんな事例としてパーク氏は「ゲームを楽しむ79歳の女性」が開設しているチャンネルを紹介していました。

YouTube制作のオリジナル番組を打ち出していることもアジアをはじめ、世界でユーザーを獲得していることにつながっている」ともパーク氏は話していました。YouTubeは2015年に有料サービスとして「YouTube Red」を本国のアメリカから始めています。その後、サービス名を「YouTubeプレミアム」に変えていますが、すべての動画で広告が出なくなる月額課金制のサービス内容には変わりはありません。

音楽サブスクリプションサービスも追加料金なしに利用できます。現在、サービスが展開されている国・地域は日本を含め、29カ国に拡大し、これまで50本以上のオリジナル番組を制作しています。

「リバイバル」と「K-POP」が人気を牽引

オリジナルコンテンツの例には1984年の名作『ベスト・キッド』公認の続編として制作された『コブラ会』があります。『ベスト・キッド』の主人公ダニエル・ラルーソーと、彼と戦ったジョニー・ロレンスの34年後を描くストーリーです。ダニエル役のラルフ・マッチオと、ジョニー役のウィリアム・ザブカが1984年と同じ役で再登板し、過去の映像も使われています。


再生回数1億ビューを超すYouTubeオリジナルドラマ『コブラ会』(筆者撮影)

これまでエミー賞のノミネーションを受け、2018年5月に配信公開されて6カ月間で5500万ビューを記録。タイトルの『コブラ会』は2018年にグーグルで最も多く検索されたワードにもなったそうです。3月に開催された世界最大級の音楽、映画、テクノロジーのイベント「SXSW(サウス・バイ・サウス・ウェスト)」では、6月公開予定の『コブラ会』シーズン2のワールドプレミア上映も行われました。

そもそも、名作のリバイバルは固定ファンを獲得しやすい利点があります。懐かしさだけで十分に楽しめますが、NetflixやAmazonプライム・ビデオのオリジナル番組と比べると、『コブラ会』に今どき感はなく、昔ながらのテレビドラマの演出スタイルです。

パーク氏いわく、「YouTubeプレミアムのオリジナルは他社のSVODサービスで言われているような莫大な制作費をかけてはいませんが、幅広い層に楽しんでもらえるような作品をそろえています」とのこと。ネットオリジナルの裾野を広げるための戦略とも言えます。

そして、冒頭のK-POPドキュメンタリーもスマッシュヒットを飛ばしています。

今、最も注目を集めている韓国のヒップホップアイドルグループBTSこと、防弾少年団がアメリカを含む2017年に行ったワールドツアーまでの準備を追ったドキュメンタリー『Burn the Stage(バーン・ザ・ステージ)』が1月18日に公開され、視聴回数を伸ばしています。BTSはこれまでもYouTube上で記録を作り、2017年12月にリリースされた楽曲『DNA』のミュージックビデオはYouTube上で6億視聴ビューにも上りました。

YouTubeプレミアムのオリジナルにあるK-POPアーティスト番組は現在、BTSのみですが、韓国の音楽業界ではプロモーション利用にYouTubeを使うのは当たり前。

東方神起、TWICE(トゥワイス)、IZ*ONE(アイズワン)、SHINee(シャイニー)、EXO(エックソ)といったトップアイドルグループも公式ミュージックビデオのファースト視聴はYouTubeを使った戦略が取られているそうです。「韓国で次から次へと売れるアイドルはYouTubeから生まれています。韓国の音楽業界にとってYouTubeは欠かせないものになっています」(パーク氏)。

YouTubeプレミアム無料化の狙いとは?

こうしたK-POP人気がYouTubeにおけるアジアコンテンツのヒットの要因を作り出しているとも言えますが、K-POPだけに限らないようです。なぜ、今アジアが熱いのか? この理由の答えには、YouTubeが展開されているそれぞれの国でローカルのユーチューバーを抱えていることが大きいようです。

パーク氏は「広い層のオーディエンスを獲得していくために必要なことは、ユーチューバーを支える熱いファンコミュニティーを作り出すことです」と話していました。つまり、アジアで今、常連のファンを持ったユーチューバーの数が増えていることが、「アジアが熱い」につながっているというわけです。

とくに、この3年でインドやタイ、インドネシアからトップユーチューバーが大きく育っていると言います。日本の事例も挙げ、250万クラスのチャンネル登録を持つVチューバーが人気を集めていることを紹介していました。

「アジア各地でチャンネル登録者数がミリオンクラスのユーチューバーがいます。今朝、チェックしたら、1000万を超えているインドのユーチューバーがいました。インド音楽などが人気を集めています。インドでは英語で展開されているものも多く、グローバルにも広がりやすい。

日本や韓国はローカル言語で展開されているものが大半を占めます。もちろん字幕対応も可能ですが、タイトルなどに英語を加えることで、もっと広がっていくと思います」(パーク氏)。

このアジアで育っているトップユーチューバーがYouTube全体の視聴者層の底上げに寄与していることから、実はYouTubeはサービス戦略の方向転換も進めています。すでに一部報じられているように、YouTubeプレミアムを2020年に無料化していく計画があるのです。

パーク氏はこれについて明確には言及しませんでしたが、「ユーチューバーの強化戦略の基本的な部分は完了したところです。プラットフォームとしての魅力をさらに高めていくために、最新テクノロジーを駆使し、ネット配信サービス競争の中で選ばれるために、われわれは次のステージに向かう必要があります」と話していました。

これはディズニー、アップル、NBCユニバーサル、アメリカの通信大手 AT&Tが動画配信サービスに参入することでますます競争が激化していくことを予想し、それに対抗する施策でしょう。各動画配信サービスがコンテンツの数やクオリティー、ネームバリュー、制作費といった差別化を図るなかで、ユーチューバーというコンテンツを作り出す「人」を世界規模で大量生産することに舵を切るということになります。

有料化から無料化によって大きな収益減が見込まれますが、その先にはV字回復を描く計画があるのかもしれません。そのカギはアジアで育つユーチューバーが握っているはずです。