昨年末に開催された「Shadowverse World Grand Prix 2018」で優勝し、賞金100万ドルを手にした、ふぇぐ選手。日本では最高額の賞金額だが、これだけの賞金額を出す大会は少なく、多くの選手はほとんど賞金を手にできない(筆者撮影)

企業スポーツの参入が選手の収入と安定のカギ?

2018年の飛躍的な市場拡大により、eスポーツは多くのプロ選手を輩出しました。大会も増え、賞金額も上がり、露出も増えたことで、プロ選手を目指すアマチュア選手も格段に増えています。

ただ、そんな状況にあっても、まだプロ選手が生活していくだけの収入と安定性は確保されていません。賞金額が上がっても、上位成績者のみ多少潤ってきただけで、プロ選手全般ではほぼ稼げていない状況です。eスポーツチームに入団し、そこから支援を得るにしろ、個人的にスポンサーの支援を受けるにしろ、これも一部の選手しか得られていません。


今年から体制が変わった『リーグ・オブ・レジェンド』の日本プロリーグの「LJL」。リーグ参加への公募資格は資本金が1000万円以上で年間売り上げ5000万円以上を見込まれるチームであることと、前年より厳しくなっている(筆者撮影)

さらにeスポーツチームも、eスポーツのリーグ戦への参加条件として、一定数の売上額の提示が必要な場合も出てきており、運営を諦めるチームも出てきています。プロ選手、プロチームといえど、安定して稼ぐのはまだまだ難しい状況です。

多くのプロ選手は兼業でeスポーツプレーヤーとして活動しています。ただ、どうしても練習時間や練習相手などの環境が専業プレーヤーに比べ劣ってしまい、eスポーツ選手としての結果が出せなくなることもあります。

特に海外の大会では、専業の海外プレーヤーとの実力の差は顕著に表れます。結果が伴わないとスポンサーもつきにくくなり、大会参加の遠征費用などを自費で賄わなくてはならなくなります。とはいえ、現状でも急速に拡大しているeスポーツ業界をさらに促進させ、多くのプレーヤーを満足させるだけの大会運営を行うのも現実的ではありません。

そこで今後eスポーツの選手として活動する手段として注目されるのは、実業団や社会人と呼ばれる企業スポーツの参入ではないでしょうか。

実業団スポーツの選手は、企業の社員でありながら、スポーツ選手でもあります。あくまでも副業であったり、業務外活動となる兼業と違い、そのスポーツの大会への参加や日々の練習が「業務」として扱われることです。

実際にリアルスポーツの企業スポーツを運営しているパナソニック企業スポーツセンター主務の松岡透氏に、企業スポーツとプロスポーツへの協賛、プロチームの運営の違いなどを聞きました。現状ではパナソニックが企業スポーツにeスポーツを入れるという話は聞こえてきませんが、格闘ゲームの祭典「EVO Japan 2019」にスポンサーとして参加していることを考えるとeスポーツに十分興味があると判断でき、ありえない話ではないでしょう。

「企業スポーツの選手である社員は、基本的に一般社員と立場は同じで、練習も仕事としての業務とし、通常業務と両立して行うことが前提にされています。練習場などの設備に関してもほかの部署の設備と同様に扱われ、必要に応じて環境の改善が行われます」(松岡氏)

試合や大会などの遠征があった場合は、基本的に出張扱いとなるとのこと。つまり、兼業の場合は有給を使って自費で遠征に行くところを、会社から渡航費滞在費が出て、試合は仕事として扱われるわけです。

プロ選手を引退した場合や、入社に関することも聞いてきました。

「企業スポーツの選手を採用する選手枠は一定数設けております。選手を引退したあとは、社業に専念していただきます」(松岡氏)

企業スポーツでの活躍が見込める人材であれば、それだけで入社の基準をクリアしていることになり、また、どの形で入社してもそのまま会社に残れるというわけです。

スポンサー契約とチーム運営の違い

パナソニックはガンバ大阪などプロチームへのスポンサーもしており、企業スポーツとの違いも語っていただきました。

「プロチームへのスポンサーと企業スポーツのチーム運営は目的や意義が異なります。企業スポーツチーム運営は、ブランドの向上、社内一体感の醸成、事業貢献、社会貢献などになります。かたやプロチームへのスポンサーは、ブランドの向上が主要となります」(松岡氏)

これらの話を踏まえて考えると、eスポーツが企業スポーツとして成立すれば、安定した収入を得て、大会遠征の渡航費滞在費が出て、出張扱いとなる。企業としては、その見返りとして選手が活躍することでブランドイメージが上がればよいということになるわけです。そう考えるとeスポーツの実業団化は十分に可能なのではないでしょうか。

実際、eスポーツを企業スポーツとして始めている企業もあります。その1つがデジタルハーツです。

デジタルハーツは、ゲームのデバッグ(ゲームの進行に不具合が出るプログラムのバグを探す仕事)を行っている会社です。その事業内容から、会社内にはゲームを四六時中動かしているデバッガーが登録されており、その数は8000人を超えるといいます。当然、ゲームのプレーに長けている人たちで、その中からeスポーツの選手として活動する人が出てきたわけです。

「私どもの会社はゲーム市場に生かされている企業です。どんな形であれゲームに恩返しや何かしらの貢献をしたいと考えていました。そこでeスポーツに参加することが、メーカーやユーザーに貢献できるひとつの手段ではないかと。


デジタルハーツで席を置きながらeスポーツ大会に参加する小川選手(写真:デジタルハーツ)

幸い弊社に籍を置いている社員の中にはゲームの腕前に自信がある者が多く、当社の社会人ゲームチームを組織する以前からeスポーツ大会に出場し、好成績を残している者がおりましたので願ったりかなったりでした」(デジタルハーツエンターテイメント事業本部メディア事業部の山科真二氏)

デジタルハーツの社会人ゲームチームであるデジタルハーツゲーミングでは、対戦格闘ゲーム『ギルティギア』シリーズで活躍する小川選手と『鉄拳』シリーズのみぃみ選手、『ドラゴンボールファイターズ』のソウジ選手、『鉄拳7』でJeSUのプロライセンスを所持しているペコス選手の4選手が在籍しています。いずれも過去に大会で好成績を残している猛者ぞろいです。

社業としては、デバッグに加え、事務、ローカライズ用のライティング、カスタマーサポートなど多岐にわたっており、業務時間の約半分を充てられる。業務内容によって、日を時間で割ることもあれば、曜日によって振り分けられることもあるといいます。

選手にとって専業や兼業にはない利点とは?

選手としての活動は、普段は練習以外に動画の配信も行っており、ゆくゆくはボランティア活動などの社会貢献活動もやっていく予定。

山科氏は社会人としてeスポーツ選手をやることに、専業や兼業にはない利点があると言います。


eスポーツ選手やストリーマーが活動する部屋。デバッグなどの作業もここで行う(写真:デジタルハーツ)

eスポーツ選手がいつまで活躍できるかは、まだわかっていませんが、多くの人がセカンドキャリアとして社会人にならなくてはいけないと思います。そのとき、初めて社会人になるのでは、ほかの社員と比べてかなり遅れた状態になってしまいます。社会人選手であれば、選手をしながら仕事も並行して行うので、選手時代から社会人としてのスキルが磨かれます。引退し、社業に専念するときにすでにそちらでもベテランとしての活躍が見込めるようになるわけです」(山科氏)

パナソニックの企業スポーツと同様に、eスポーツ大会へ参加する場合は、出張扱いとなり、渡航費や滞在費は会社が負担し、大会の期間中は業務扱いになるといいます。土日に試合がある場合は代休として平日に休みが割り当てられることもあるわけです。

「ただ、すべての大会に出られるかというと、そうでもないんです。そこは、ほかの業務の出張と同じく、出張申請の稟議書を出してもらい、そこで出張の許可が下りてようやく参加できるようになります。

また、大会は業務であるので、賞金やイベントのギャラは会社の収入として扱われます。その後、このような大会での活躍も含めた会社への貢献度合いに応じて、個別に選手へのインセンティブが支払われます。営業担当が業務で大口契約を取るなど、会社に大きな貢献をしたときに特別ボーナスが支払われるのと同じ扱いですね」(山科氏)

賞金に関しては、全額が獲得できるプロ選手のほうが利点があるが、現時点での賞金総額や賞金が発生する大会数、スポンサーからの支援などを考えると、高額賞金を獲得できる確率は低い。先述したとおり、賞金額だけで生活の目星がつけられるのは一部の選手だけになるというわけです。多くの選手は、練習時間でも給料が発生する社会人のほうが利点は多いといえるでしょう。

会社側や選手を目指す子どもの親にとっての利点は?

会社側としてはブランドのイメージアップや知名度の向上の効果だけを考えると、どれだけ多くの人にリーチできるかを測るので、注目度の高いタイトルのもっとも大きな大会の協賛をするか、その大会で上位入賞を狙える選手への支援をすることになるのですが、そうなるとスポンサー料金も高くなってしまいます。

企業スポーツとして扱うのであれば、投資額も少なく済み、会社員としての業務をこなす社会人選手は企業にとっても利点が大きいといえるのではないでしょうか。また、リアルスポーツの企業スポーツの場合、練習場や練習器具などのランニングコストもそれなりにかかってきます。eスポーツは会議室の一室を練習部屋とし、ゲーミングPCと通信環境のインフラを整えるだけで済むので、はるかに投資額は少なく済むという利点もあるわけです。

eスポーツ選手を目指す子どもを持つ親としても、ゲームの腕前により一流企業への就職がかない、引退後もそこで働けるというのは、とてつもない安心感が得られるのは言うまでもありません。

現状では、eスポーツのメジャーな大会において、専業プロであるか、兼業プロであるか、アマチュアであるか、社会人選手であるかの区別は、基本的にはありません。今後、リアルスポーツのようにプロと社会人の差異が生じたときは、社会人からプロへの転向することもできるので、もはや不利益になることはないといえるでしょう。

今後eスポーツへの投資を本格的に考えている企業は、スポンサー、チーム運営以外に、eスポーツへの関わりとして企業スポーツを採用するという選択肢があることを考慮に入れてほしいところです。