何のために子どもに英語を習わせたいのか、考えたことはありますか?(写真:pearlinheart/PIXTA)

新学期が始まろうとしているこの時期。中にはこの春から初めて英語に出会うお子さんも多くいるのではないでしょうか。3月26日には、来年から小学校で使われる検定教科書が決まったとの報道がありました。小学校では3、4年生で外国語活動が、5、6年生では英語が教科として始まります(今年度は移行期間です)が、その授業で使用することになる教科書が完成したのです。

テレビでは、「(小学校からの英語導入は)いいことだと思います」「学校の先生方は大変よね」といった大人の声や、「オリンピックのときに外国の人と話がしたい」という小学生の声が報道されていました。一方、専門家には「英語嫌いが増えないか心配」という意見も。正式なスタートまでの1年間。まだ学校の教育現場には課題が山積みのようです。

「自分が苦労したから」早くから習わせたい?

そこで今回は、新学期を迎える今、幼い子どもを持つ親が子どもに英語を習わせる際にどのようなことを考えておくべきなのか、考えていきたいと思います。

先日、小学校入学を控えた娘を持つ母親からこんな相談を受けました。「英語の塾って行かせたほうがいいでしょうか? 両親とも英語ができないので、家で宿題を手伝ってもやれないし、質問されても答えられないと思うのです」。

「自分が苦労したから、子どもは困らないように早くから学ばせたい」「将来いい職業に就くためには英語は必要」――。こうした理由から英語教室を探す親にこれまで多く会ってきました。一方、漠然と「子どもには英語を習わせたい」と考える方も人も少なくありません。

「学校の成績を上げるため」「受験に生かすため」といったことを目的に英語を学ぶということも、ある時期には必要でしょう。けれどもそのように勉強の対象として英語を学ぶだけでは、本当の意味で英語を身に付けることはできません。単語や決まり文句、文法も必要ですが、それだけでは実際に英語でコミュニケーションはできないのです。このことは大人がしっかり理解しておいたほうがいいでしょう。

多くの大人が、実際に英語を「使えない」「話せない」という背景には、「実際に英語を使いたい」という気持ちが強くあるといえます。日本人の私たちは、なぜ英語を使いたいのか。そして、なぜ子どもに英語を学ばせようとするのか。この点を親はきちんと捉えておく必要があります。それがわかると、将来社会を担う子どもにはどのような英語が必要で、どのように身に付けていくのがいいのか見えてくると思います。

一方、英語を習っている小学生に「なぜ英語を学んでいるのか」と質問してみると、「英語の歌やゲームが面白いから」「友だちと一緒で楽しいから」「外国に行ったときに話したいから」といった答えが返ってきます。先日のテレビのように「オリンピックのときに外国の人と話したいから」という理由は、子どもが考える動機として非常に現実味があります。

子どもの学びには自身のモチベーション(動機)が必要です。「面白いから」「楽しいから」といったモチベーションでもいいですし、「外国の人と話したいから」「英検に受かりたいから」といった具体的な目標でもいいでしょう。目標を達成した後に、次の目標やモチベーションを持つことができればいいのです。

英語だけでなく外国語は短期間で身に付くことはありません。表面的に決まり文句を身に付けることは短期間でもできるでしょうが、それでは「英語が話せる」ようにはなりません。長く学んでいくうちに挫折しそうになっても、子ども自身がモチベーションをキープすることが必要です。

そのためにも自らが学ぼうとするプログラムを選ぶといいでしょう。時には親が寄り添って、モチベーションを維持することが必要なこともあります。その際は、親はアドバイスする程度にすべきで、上から教え込んだり、押し付けたりすると逆効果になります。

「英語は英語で学ぶ」のはアリなのか

あるとき小学校4年生のRちゃんが次のような発見をしました。「日本語では『赤』っていうけれど、英語にはいくつかあるよね。Red、Scarlet、Rosyはどれも赤だよね」。もちろん日本語にも深紅、バラ色などといった表現がありますが、Rちゃんは3種類の英語の赤を知ってから、それら日本語の表現を調べてみたそうです。

少し前にピコ太郎の「apple pen」という歌がはやりました。これを聞いた小学校3年生のKくんは「apple penはリンゴの形をしたペンで、pen pineappleはペンの形をしたパイナップルだよね。そんなのないよね〜、ヘンだよね〜(笑)」と発言していました。これはとても大切な気づきです。Kくんは日本語でも英語でも同じ構造があることに気づいているのです。

このような気づきは初歩的なものですが、子どもは単語レベルだけでなく、文の語順や構造などに日本語と英語の違いを気づくことがあります。自分が普段使っている日本語との違いに気づいたり、どうしてそのように使うのだろうと考えてみたりするのです。「なぜ」「どうして」と自ら思考することは学びの基本です。

外国語を学ぶ場合、子どもは母語(日本語)をベースにして外国語(英語)について考えます。2つの言語の違いに気づき、「なぜ」「どうして」と思考し、創造的に自分の表現を生み出していく過程が実はとても重要なのです。

例えば「英語は英語で」などと英語オンリーで学ぶと、ある一定の単語や決まり文句は覚えますが、それ以上に創造的に言葉を操っていくことはできません。なぜならそれらは教えられた、与えられた英語表現であって、自分で思考して創造的に言語を使用するのではないからです。学校で英単語をたくさん習って知っていても、英語を話せない大人が多いのはその証拠でしょう。

英語を学ぶ目的は、何も「話せるようになる」ことだけではありません。異文化や自分と違う考えを持った人が世界にいることを知るキッカケにもなります。

日本でも近頃は多くの外国人の方々を見かけますが、日本人はとくに言葉を交わさなくても「相手は同じ考えをもっているはずだ」と信じてしまいがちです。「あいまいさ」「以心伝心」が文化の中に多くあり、自身の態度を明確に表現しないといったことも美徳の1つと考えられています。こうした文化圏で育つ日本の子どもに、異なるものへの柔軟な態度を育てるといった視点は大切です。

英語を学ぶということは「異質なもの」と出会うことです。異質なものと出会って自分のことを知る。日本語をベースに英語を学ぶ際に子どもの気づきが生まれる例からもわかるように、英語を学ぶことによって自分のことを相対化して考えることが可能になります。

英語圏だけの文化に目を向けないように

さらには自分とは異なる文化を排除するのではなく、興味を持って知ろうとする態度を身に付けたいものです。自分とは意見の異なるものでもその存在を認め、どのように付き合っていくのかを考える。そのような異文化理解の姿勢、多様性への柔軟な態度を子どもが身に付けるのはこれからの社会ではますます重要です。

ただしここで気をつけたいのは、英語を学ぶからといって、英語圏の文化だけに目を向けるのではないということです。確かに英語といった共通言語を介して、多くのさまざまな文化を知ることができますが、子どもたちの視野の先が、英語圏一辺倒にならないように、大人は注意を払いたいものです。

また、国内においてもさまざまな違いは存在します。日本にもある異文化、多様性を認め、柔軟に対応できる態度を身に付けることは、将来を生きる子どもにとって重要です。

「これからのグローバル社会では英語は話せて当たり前」「これからの英語は4技能が必要」「効率的に英語を学ぶには」などといった文言がネットや雑誌に飛び交っています。これらに対し私は「いったい誰のための英語教育なのか」と首をかしげざるをえません。個々の子どものための英語教育が、あたかも社会や企業に貢献するためのもののように感じることがあるのです。

言葉は人間に重要な意味を持ちます。それは単に使うというだけでなく、言葉には思考するという重要な役割があるからです。言葉と思考はつながっています。だから豊かに言葉を育てることは、豊かな思考のために必要で、ひいては豊かな人間性を育てることになります。言葉を育てるのはまさに人間性を涵養するためだといえるでしょう。

SNSが発達し、情報やコミュニケーションがネット上で行きかう現代社会だからこそ、言葉の持つ力に注目し、子どもの言葉を丁寧に育てていきたいものです。