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作家・食ジャーナリスト 山根泰典が綴る、食にまつわるよもやま話を集めた連載コラム。




広島カープの三連覇に沸く広島の町。観戦は今年も入手困難となり、MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島での試合観戦は早々に諦めた。

数年前の夏だった。カープファンでもないのに一度は天然芝のボールパークで野球を観てみたくなり、一人で広島を訪れたことがある。確か、当日の対戦相手はヤクルトでナイターだったと思う。薄暮の中、アメリカナイズされた球場の空気と匂いを目一杯感じることが出来たので、十分満足して八回裏だったか、スタジアムを早々に後にしてしまった。タクシーに乗って向かった先は、広島の繁華街・流川。八時半過ぎに、その日都合よく予約が取れた老舗のお寿司屋さんのガラス格子を、ガラガラと開けて中に入った。入口のテレビ画面には件のナイター中継が映っていた。愛想よく予約した旨を告げると、(まさかさっきまで球場にいたなどとは口に出せるはずもなく)招じ入れられるまま、カウンターに腰を下ろした。

旅が決まってすぐに、広島で初めての夜、初めての食事にはお寿司屋さんに行くと決めていた。お寿司を選んだのは、地元で獲れた魚介を生のまま何種類も、お好みで食べられることが何よりの愉しみだからだ。お店に伺うのは初めてなので、つけ場に立つ職人さんが薦めるもの、それとタネの並んだガラスケースと活け物の水槽をキョロキョロ見回しながら、好みを伝えて刺身にするか握ってもらうかをその都度決めていった。

店にお邪魔したのは小一時間程。職人さんは小気味よくテキパキとタネに包丁を入れていった。捌きたてのカワハギ(肝和え)に始まり、カタクチイワシ、捌きたての生シャコ、ミズイカ(あおり烏賊の別名)、アジに茹でたてのタコ、ヨナキガイ(珍しい巻き貝)にアナゴなど。次から次へと口にしていった。魚を食すとき、熟成させる方が美味いとか、いや捌きたての活魚が一番だとか、それはそれで食味の善し悪しはその土地々々で意見の分かれるところ。この晩に限っては、プリプリとした嫌味のない新鮮な旨味に出逢えて大満足だった。一夜にして瀬戸内海・広島の魚介の魅力に圧倒された。

それから数年経った。気温が暖々として重い外着を肘にかけ、薄衣で過ごす季節の到来とともに、今年もプロ野球が開幕する。いつの間にかカープファンになっていた私は、巨人から移籍した長野選手の背番号5のユニフォームを買い求めようと、銀座にある「ひろしまブランドショップ TAU」に出掛けてみた。だが、二階にあるカープブースでお目当てのレプリカユニフォームは売り切れ。とぼとぼと一階に下りて晩のおかずに何かないだろうかと、県直送の食材売り場を見て回った。

買い物客が混み合う一階のフロアは、瀬戸内の柑橘類、むきガキ、お好み焼きにもみじ饅頭など産直物品が並んでいる。奥にある鮮魚とちりめんじゃこの売り場が気になって覗いてみると、氷塊の上にクロダイ、メバル、オニオコゼが売られていた。毎日直送されるためか、多少小ぶりながら魚の目は潤々としている。晩のおかずを物色しながら、お腹が空いてきた。だがこの日、昼に食べるのは広島の初めての夜と同じくお寿司と決めてきた。タネを明かすと、ちょうどその日1階の「ひろしまCAFE」で、この時期に獲れる瀬戸内の鮮魚を握った寿司5貫が特別価格で食べられる催しがあると、知って来たからだ。買い物が決まらず売り場を一回りしてみると、入口付近に「瀬戸内ひろしまおまかせ握り」の立て看板が目に入った。これだ。「五貫で1000円」とある。

マダイ、タコ、オニオコゼ、アナゴ、広島サーモン(広島生まれ広島育ちのサーモンのこと)とタネが表記してある。席に着くと、早速お茶が出されひと口、ふた口すすって待っていると、平皿に右からマダイ、タコ、オニオコゼ、広島サーモン、アナゴの握り寿司五貫がやってきた。アナゴにはつめだれが薄っすら塗られ、他の四種は塩が振ってある。ポン、ポンと、教わった食べ順の通りを、一口でマダイから順に頬張った。タイからは薄っすら乗ったしっとりとした脂が、タコは噛みしめるとさらりとした汐の香りが、オニオコゼからは弾みのある隠れた旨味が、広島サーモンからはすっきりとしていてとろっとした甘みが、そしてアナゴからはホワリとした身の柔さとつめの濃密さが、それぞれ赤酢の飯と相まって口中に広がった。

ユニフォームは買えなかったけれど、五貫のお寿司に満足、満足。

文/山根泰典

※本文中に記述のある「瀬戸内ひろしま おまかせ握り」は催事時に限定提供された特別メニューのため、「ひろしまCAFE」の通常提供はない。

ひろしまブランドショップ TAU

広島の様々な魅力を、飲食・物販・情報発信機能を通じて展開する自治体アンテナショップ。「たう」とは広島の方言で「届く」を意味する。地下1階から3階までの4フロアには、広島の様々な名産品・逸品を集めた売場から地元食材使用の料理を提供する飲食店、そして工芸品やプロスポーツのグッズコーナー、広島の魅力を発信するイベントスペースなどがある。

(写真右)上:瀬戸内海のとれたて鮮魚が毎日直送で届く瀬戸内 ひろしま「海の幸」試食販売のほか、その場で鮮魚をさばいてもらった刺身などを購入することも可能。下左:ひろしまの旬のグルメが味わえる「ひろしまCAFE」。下右:建物外観。

所在地:東京都中央区銀座1-6-10 銀座上一ビルディング
Tel:03-5579-9952(代表)FAX:03-5579-9953
http://www.tau-hiroshima.jp/


山根泰典(やまねたいすけ)/ 作家・食ジャーナリスト
1964年、東京生まれ。慶應義塾大学卒業後、放送局に勤務。退職後、実家が営む老舗料亭に戻り、日本料理業界においては東京日本料理組合理事、日本料理文化振興協会理事、東京ふぐ連盟理事を歴任。その後、自身の体験に基づく老舗料亭における人間模様を描いた小説の執筆を機に、作家に転向し創作活動をスタート。日本の地方食文化や食材食味、流通、料理にまつわる取材・執筆を行う。また、昭和の時代の社会現象や戦争と平和をテーマにした創作活動をライフワークとしている。著書に、広島の原爆を題材にした『広島のみじかい夏やすみ』がある。

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