マイペースな「不思議くん」が婚約するまでの経緯とは……(イラスト:堀江篤史)

30代半ばを過ぎた頃から、良くも悪くも自分の生活スタイルが決まってくる。仕事はそこそこ楽しいし、趣味もある。気の合う友だちも少なくなく、「寂しい」と思ったことは一度もない。結婚はしたほうがいいとは思う。でも、好きでもない人と一緒にいることで自分の時間やお金がなくなってしまうことは避けたい――。


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本連載の取材対象である晩婚さん(35歳以上で結婚する男女)の「予備軍」にあたる独身者に会っていると、「好きな人とならば結婚する。一緒に幸せになる努力もしたい。でも、好きじゃなければ結婚しても不幸になる気がするので、独身のままで構わない」という本音が見えることが多い。

そうして、婚活の場から遠ざかったりする。この傾向は特に男性に多いように思う。結婚して家庭を築くことはもはや当たり前ではないのだ。

独身を楽しんできた修さんのまったり婚活

IT企業に正社員として勤務する中沢修さん(仮名、41歳)は「独身のままでも平気な人」の典型のような男性だ。取材場所に選んだ東京・西新宿の土佐料理店には三つぞろえのスーツで登場。短く刈り込んだあごひげと黒縁眼鏡。物腰が柔らかくて笑顔も多く、個性派俳優のような印象を受ける。自転車や筋トレで体を鍛える一方で、一人旅や一人飲み、読書も大好きらしい。

傍らに座っているのは、婚約者の絵理さん(仮名、32歳)。ショートカットがよく似合う小顔美人で、刺しゅう入りのスカートと青色の靴、ストールなどを組み合わせて着こなしているオシャレな人だ。長くアパレル企業に勤めていたが、現在は求職中だという。

修さんは昨年3月に公営のスポーツセンターで絵理さんと出会い、絵理さんのほうから告白されて付き合うようになった。冬からは同棲を始めて、結婚の約束をしている。2人の婚約ストーリーの前に、修さんのちょっとおかしな婚活について聞くことにしよう。

「結婚を考え始めたのは32歳ごろです。両親からは『早く結婚しろ』と言われていたので、そろそろかな〜と思っていました」

のんびりした口調で話す修さん。一人遊びと同じぐらい他人と一緒に過ごすことも好きなので、合コンに誘われることも多かった。そして、合コンで出会った8歳下の臨床検査技師の女性と交際した。

「優しくてすてきな女性でしたね。僕とは価値観が合っていたと思います。お互いに飲食が好きだったので天ぷらなどをよく食べに行っていましたし、横柄な人が嫌いだという点でも一致していました」

彼女とは2年間も付き合い、お互いをよく知ることができた。好きという感情もあった。だから修さんは結婚を考えていたが、彼女からは「もう少し1人でいたい。私も海外に1人で行ったりしてみたい」という返事。修さんは納得したうえで別れたと淡々と振り返る。

「僕もバックパッカーでよく海外に行っていました。それを彼女もやりたいというならば仕方ないでしょう。1人でしか経験できないこともありますからね。若いうちにどんどんやればいいと思います」

寛大で公平な態度ともいえるが、自らの恋愛に対して他人事すぎる気もする。修さん、ちょっと不思議な人だ。

その後、また合コンで9歳年下の看護師と出会い、付き合い始める。修さんが35歳のときだった。しかし、休みの日が合わずにすれ違う日が続き、自然消滅してしまった。このときも修さんは「去る者は追わず」という達観した姿勢だったのだろう。

そんな修さんが夢中で婚活を始めたのは37歳になってからのことだ。気さくで付き合いやすいキャラクターの修さんは、年下の友人からも合コンに誘われることが多い。しかし、20代前半の女性もいる合コンに参加して、「若すぎる。子どもに見えてしまう。こんなところにオッサンが行っても仕方ない」と急に感じてしまったという。

筆者も修さんと同世代なのでよくわかる。20代前半の女性は確かにかわいい。肌もツヤツヤだ。しかし、世代も社会人経験も違いすぎるため話が合わない。無理に話そうとすると、どうしても上から目線になってしまう。そんな相手と長期間にわたって支え合うのは難しいと感じる。恋愛はできるかもしれないが、結婚は無理かもしれない。

がむしゃらに婚活したものの…

合コンの場から離れた修さんの婚活はがむしゃらだった。婚活アプリは複数のサービスを並行し、婚活パーティーやシングルスバーにも通った。

「やるからにはとことんやってやろうと思いました。自分でも独身限定のパーティーを主催したことがあります。20人ぐらいは集まってくれました」

しかし、3年間で1人も交際することはなかったという。一緒に食事に行った女性はたくさんいて、好意を示してもらったこともあった。

「僕はピンと来なかったので『ちょっと考えさせてください』と言うことが多かったです。次に付き合う人とは結婚しようと思っていたので、安易なことはできません。手もつないだことがない人と3回目のデートで結婚前提の交際を始めるなんて、僕には無理です。結婚願望はありましたが、焦りはなかったんです」

勢いがあるのだか、ないのだかわからない発言である。修さんの隣で静かに3杯目のお酒を飲んでいた絵理さんがたまらずに口をはさんだ。

「願望はあるけれど焦りはない? 婚活中の女性が言うとひんしゅくを買ったりする言葉だよ。『もっとほかにいい人がいるかもしれない』という驕(おご)りベースの発言じゃないの?」

驕りベース。かなり鋭いツッコミだと思うが、修さんにはあまり響いていないようだ。

婚活をとことんやっても結婚できなかったら、1人のままでも全然かまわないと思っていたからね。僕は誰とでもいいから結婚したいというわけじゃない。好きだと思えないと一緒にいる意味がないでしょう」

出会いは公営のスポーツセンター

急速にのろけ話になりそうな展開だ。しかし、修さんも絵理さんもベタベタするような気配はない。「あ、そうなの。あなたはそういう考えなのね。私は違うけど」といった雰囲気を同時に醸し出している。この2人、似た者カップルなのかもしれない。

前述したように、修さんと絵理さんは公営のスポーツセンターで知り合った。同じダンスのレッスンを受講していたのだ。

「20代から80代まで、老若男女がつねに40人ぐらい参加するクラスです。僕はすぐに友だちを作れるほうなのですが、彼女のほうはいつまで経っても(ひとり)ぼっちでいたんです。可哀想なので帰りがけに『お疲れ様です』と声をかけました」

絵理さんはダンスの上級者だが、女性メンバー同士のいざこざに巻き込まれてやめていた時期がある。だから、スポーツセンターのレッスンであえて仲間を作ろうとは思わなかったと明かす。一方で、「みんなと楽しく踊れればいいな」という気持ちもあった。そんなときに修さんが気さくに話しかけてくれたのだ。

「修さんはどの人とも上手に話していて、肩の力を抜いた気遣いができる人なんです。みんなで飲みに行ったときも、元アパレルで接客経験もある私としては、全員のコートをかけなくちゃと頑張ってしまいました。でも、修さんから『そんなふうに気を遣わなくていいんだよ。仲間なんだから』と言ってもらえたんです。私にないものを持っている人だと感じました」

当時、絵理さんには「煮え切らない関係」の恋人がいた。3歳年上のバツイチ男性だ。しかし、半年間も付き合っているのに、彼にとって自分は彼女なのかどうかも確信が持てなかった。結婚を急ぎたいわけではないが、このままでは自分がみじめで情けなさすぎる。

「ダンスクラスのみんなで飲み会をして、修さんと2人だけで4次会に行ったんです。煮え切らない人との恋愛の相談をしていたのですが、途中からは『修さんのほうがいいな』と思っていました」

ありがちだけどいい話である。異性に恋愛相談をする場合、その人を信頼しているだけでなく、性的な魅力も感じていることが多いと思う。どうでもいい人からの個別アドバイスなんて聞く気になれないからだ。ちょっと好きな人に愚痴を聞いてもらっているうちに、甘え心が混じった恋愛感情が高まりやすかったりもする。

しかし、修さんは「気持ちが弱っている女性をここぞとばかりに口説く」ような男性ではなかった。ダンス仲間として絵理さんを心配し、親身になって話を聞き、気分転換に鎌倉に遊びに行こうと誘った。下心は一切なかったと語る。腹黒い筆者にはちょっと信じられないが、やや「不思議くん」なところがある修さんならばありうるだろう。

鎌倉で1日一緒に過ごし、絵理さんの気持ちは修さんに完全に移った。その夜、別れる前に絵理さんのほうから「好きです。付き合ってください」と告白をしたのだ。

「今から考えると、いいタイミングだったとは思えません。でも、この人だったら断られて恥をかいてもいい、気持ちを素直に伝えたい、と思ったんです。いろんなプライドでがんじがらめになっていた私としては珍しいことでした」

現代の独身男性は「草食化」しているとよく言われる。筆者の観察では、彼らは女性に関心がないわけではない。かつてよりも慎重になっているだけだ。不用意なことをして相手を傷つけたくないし自分も傷つきたくない。わざわざリスクを冒さなくても1人だって十分に楽しく生活をしていけるのだ。だからこそ、もし好きになったら、女性のほうからでも素直に気持ちを伝えるべきなのだと思う。

しかし、修さんは相変わらずのマイペースだった。

「しばらく考えさせてほしい。付き合うならば好きという気持ちがほしいから」

絵理さんはショックを受けたりはせず、修さんの答えを受け入れた。その後は2人で食事に行くようになり、2週間後には修さんのほうから「好きです」と告白。現在に至る。その2週間に修さんは自分の気持ちと向き合ったようだ。

自然体でいられて、ちょうどいい距離感

「彼女はかわいいですし、話も合います。僕はいろいろ趣味があって家庭的な男にはなれないでしょう。そんな自分を受け入れてくれる、とも感じました」

付き合ってみると、修さんと絵理さんは人間関係の距離感が似ていた。毎日のように連絡を取り合う必要もないし、かといってメールやLINEが来たら返信は怠らない。デートの日程調整などの事務連絡もするし、おいしい飲食店などの情報交換をすることもある。

「ちょうどいい関係だな、と思っています。一緒に暮らしていてもお互いに何かを強制することもなく、自然体のままでいられます。彼女が男友だちと飲みに行ったりするのも構いません。その人としか楽しめないことはありますからね」

あとはお互いの親に会えばいつでも結婚できる。ただし、現在求職中の絵理さんは「修さんの家族に会うのは次の仕事が決まった後にしたい。仕事もない人とは思われたくないから」という意見を譲らない。結婚後も外で働いていくつもりだ。生き方が真っすぐでやや不器用な絵理さんを、修さんは面白そうに見つめていた。