「外ヅラがいい女性ほど危険…」20代同棲カップルの僅かな綻びを見抜いた、ベテラン女子社員の本音
東京で1人暮らしを始める際、家賃の高さに目を疑う人も多いのではないだろうか？
特に23区の人気エリアでは、狭い1Kでも10万円を超えることはザラ。まだ収入の低い20代の若者たちの中には、“実家暮らし”を選択する者も少なくない。
家賃がかからない分可処分所得が多くなり、その分自分の好きなことにお金を使えることは、大きなメリットだ。
大手総合商社で働く一ノ瀬遥（28）もそのうちの一人。
お互いが実家暮らしであることにショックを受けた遥と圭介。圭介が彼女との時間を作ろうと前向きに考えているのも知らず、遥は「一緒に住みたい」と泣きだしてしまう。遂に同棲に踏み切った遥と圭介の今後はどうなる？？
何もかもが新鮮で楽しい、同棲生活がスタート
日曜の朝、新しいカーテンを掛けたばかりの窓から日が差し込んでいる。
恵比寿駅から徒歩約10分の1LDK。
お互いの両親から同棲の承諾を得た2人は、昨日引っ越しを終えたばかり。付き合ってから半年ちょっと。他のカップルなら「マンネリ」な時期なのかもしれないが、遥にとっては全てが新鮮だった。
隣で寝息をたてている圭介の逞しい胸板が上下するのをしばしうっとりと眺め、ダブルベッドからそっと体を起こした。
―昨夜ピーコックで買った卵とマッシュルームをたっぷり使って、オムレツを作ろう。サラダも添えて、買ったばかりのコーヒーメーカーでおいしいコーヒーも淹れて…
遥は髪を束ね、新品のエプロンを身に着ける。実家にいたときはほとんど料理をしなかったため、数年前、料理教室に通っていた頃の記憶を呼び起こす。
遥のたてる物音で、圭介が起きてくる。
「おはよう、圭介♡今、朝ごはん作るね！」
「…ありがとう、遥。でも、毎日そんなに張り切らないで大丈夫だよ」
「今日は日曜日だし！それに、せっかく一緒に暮らせたんだもん、これくらいは頑張らせてよ」
「ありがとう。じゃあ食器の後片付けは俺に任せて！」
遥も圭介も、同棲の準備段階から楽しくて仕方がなく、ウキウキしていた。
―夢に見ていたこの暮らしが、遂に始まったんだわ！
コーヒーの香り漂う室内。目の前で美味しそうに半熟のオムレツを頬張り、寛いだ様子の圭介を見ると、遥はにやけが止まらないのだった。
楽しい同棲生活がスタート！しかし早速「仕事と家庭のバランス」問題にぶち当たる・・・！
同棲によって変わった、遥の仕事への姿勢
遥と圭介が同棲を始めてから、数週間が経っていた。
遥は一般職という立場ではあったが、これまでは定時なんてあまり関係なく、出来るだけの仕事を片付けるのがモットーだった。「仕事ができる」という評判は、仕事をこなす量で賄われていたところもあったのだ。
―…これとこれは、明日でもいいかな。
もう少しで終業時刻だ。机の上のリストに記入した、やるべきことを精査する。
―実家のときは、家に帰ればお母さんの料理があったし、なんでも準備を整えてくれていたけど、今はそうはいかないものね…。
―恵比寿の家に帰り、家事も片付けたい。仕事も頑張りたいけれど、今日はここで区切りを付けよう。
遥にとって、最近の暮らしは職場が2つに増えたような感覚だった。結局終業時刻から15分もしないうちに、遥は荷物を纏め始めた。
「あら？早いのね」
遥に声をかけてきたのは、勤続30年のお局・柴田さんだ。遥は荷物を纏める手を止め、柴田さんに小さな声でこう返事をした。
「最近実家を出て…その…今日は家事が溜まっているので、すみませんがお先に失礼いたします。」
柴田さんの心の内を知らぬまま、遥はいそいそとフロアを出てエレベーターに乗り、すぐにLINEを開く。
―遥：今日は早めに会社出たから、何か作るね！
この時間だとまだまだ既読にならなそうだが、圭介に一応LINEを送っておく。総合職の圭介は多忙なことが多く、顔を合わせるのは朝だけという日も、既に何日もあった。
―温め直せるように軽い煮込み料理でも作ろうかな。材料は…
同棲初日のようなウキウキ感はないけれど、遥はこの暮らしをなんとか乗りこなそうと必死になっているのだった。
ベテラン女子社員・柴田さんの本音
颯爽とフロアを出て行く遥のことを、柴田さんは軽く目で追ったあと、手元のパソコンの画面に目線を落とした。
―あの子、完璧主義で、思い込みが激しいところもあるから、潰れないといいけど。
柴田さんが密かに遥をそんな風に評価していることを、遥は当然知らない。
柴田紀子。勤続32年になる。短大を卒業した後からずっとこの商社に勤務している。独身、子供なし。
柴田さんは、遥が新入社員の時から、彼女の頑張り屋なところには非常に感心していた。
しかし、どうしても気にかかることがあった。
それは、働き方が舌を巻くほど「全力」なところだった。
「何かお手伝いしましょうか」と声を掛けてくれることもあるが、実際任せてしまうと、彼女は自分の仕事と同じくらいの気合で完成度高くやってくれる。元々持っている仕事にも手を抜くということを知らず、上司からの信頼にももっと応えようとして、きっと家ではくたくただろうな、と思っていた。
遥が実家暮らしだと聞いて、柴田さんは合点がいくと同時に、密かに過去の自分に姿を重ねていた。
両親と同居していた頃、彼女の母は毎日遅くなる柴田さんのために食事を作って待っていてくれた。仕事を上手に断る術を知らなかった彼女は、その好意に甘え、毎晩深夜まで仕事に励み、会社から更なる期待をかけられるようになった。
しかしある日、柴田さんの母は突然急病で倒れ、それから家事の一切は必然的に自分の仕事になり、世間にそんな言葉が流布される前から「仕事と家庭の両立」のしんどさを知った。
―母はなんて有難い存在だったのだろう…。
感情表現が苦手で、結婚の縁にも恵まれなかった柴田さんは「ひとりでバランスよく生きる」ことを、一生かけてコツコツと取り組むことに決めたのだった。
誰も知らない、柴田さんの過去。そして同棲後の圭介はというと…？
だから柴田さんは遥のように外ヅラがやけにいい若い女性を見ると、外で疲弊してしまう分、心を許せる人間に異常に甘えているのではないかと勘繰ってしまう。
―余りに甘えてしまうと、お礼を言う前に別れが来ることもあるから…。
―結婚した訳ではないだろうけど、彼女の実家からの卒業がうまくいきますように。
柴田さんはそう、純粋な気持ちで祈った。時計を見ると、19時近かった。家に帰ってラジオでも聴きながら家事をしよう、とそっとパソコンを閉じた。
同棲後の圭介は…
圭介が恵比寿の家に帰宅したのは22時頃だった。新規顧客獲得のため日帰り出張が続き、このところその報告や対応に追われ疲れが溜まっている。
これまでの実家暮らしなら、残業となると、残業中か会社帰りに適当に夕食を摂るのが習慣だった。圭介の両親も共働きでそれぞれ自由にやっているから、平日の夕食は基本的に用意されていなかったのだ。
だからこんな日は適当に食べて帰ってもよいのだが、「何か作るね！」と張り切る遥のLINEを見ると、断りの返信はできなかった。彼女の手料理は確かにおいしく、それを食べるのが夢でもあったからだ。
重たく凝り固まった首を回し、空腹のまま玄関のドアを開ける。
「ただいまー」
おかえり、と駆け寄ってきた遥のエプロンはびしょびしょに濡れている。思わず「どうしたの？」と聞くと、キッチンの水回りを掃除していた、と遥は答えた。
「…掃除までやってくれたの？遥も疲れているのに…」
ー水回りの掃除は俺の役目だって分担したはずなのに…。
圭介は疲れているからか、遥に素直にお礼を言うことができなかった。
「最近圭介疲れてそうだから、やっておいたよ。あと、今夜は自信作だから食べてみて！ 『ici』でおいしい魚介食べてから、どうしても作りたくなっちゃって」
微笑む彼女がキッチンから運んで来たのはブイヤベースのようだった。エビや白身の魚に、ムール貝まで入った本格的な一皿。一口食べると、レストランに負けない本格的なその味わいに、圭介はほっと安心していた。
「遥、これ凄くおいしい！俺、遥の料理食べられて嬉しいよ」
横でアイスハーブティーを飲んでいた彼女が、心底嬉しそうに微笑む。
―毎晩、こんなに頑張らなくてもいいけど…
彼女の笑顔に、圭介はその一言が言えなかった。
食事を終えた圭介は風呂に入り、脱衣所で寝支度を整えていた。
―すごい旨かったけど、あのムール貝や魚介類、いくらしたんだろう…外で頼むと、店によってはそれなりの値がするよな…
そんなことを考えていると、足の裏に不快な感触が走る。
そっと見ると、それは遥のものと思われる長い髪の毛だった。
圭介はなるべく無になり、しゃがんでみる。洗面台の下には何本も何本も髪の毛が落ちていて、いくら愛する彼女のものといえど、不快感を覚えざるを得なかった。
―遥と暮らすのは楽しいけど、やっぱり実家のように掃除を行き届かせるのは無理だよな…。でも、俺も忙しいし…。
リビングへ戻ると、遥がハーブティーを飲んでいたグラスがテーブルに置いたままになっている。圭介はそれを洗って拭き、洗いかごに残っていた食器と共に食器棚へ戻した。
気付くと0時を回っている。いそいそとベッドにいくと、遥が疲れ切った様子ですやすやと静かな寝息を立てていた。
圭介が大きなあくびをしながら遥の隣に潜り込んだとき、ベッドサイドに置いていた圭介のスマホが光った。
遥の方に画面の光が向かないよう注意しながらそっと見ると、後輩の恵美理からだった。
恵美理：こんな遅くにごめんなさい。頼まれていた明日までの資料、気になるところができちゃって…。明日部長に提出される前に一緒に見ていただいてもいいですか？
圭介：お疲れ様。大丈夫だよー。明日は午前中会社にいるので声かけてね。
恵美理：ありがとうございます！圭介さん、同棲順調ですか？また近いうち飲みに連れて行っていただけるの、楽しみにしています♡おやすみなさい。
圭介はふと思う。
恵美理ちゃんは、誰かと分担もせずひとりで全部家事もこなして、仕事のことも気にかけてくれて…偉いよな。
おやすみ、と返信をし、恵美理の既読を見届ける前に、圭介は深い眠りに落ちていった。
▶NEXT：3月24日 日曜更新予定
甘い気持ちだけではやっていけない同棲生活。遥と圭介は、少しずつすれ違いはじめる…！？
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