2009年6月に亡くなった世界的人気歌手のマイケル・ジャクソン。2人の男性がドキュメンタリー映画で彼から受けた被害を赤裸々に語った(写真:共同通信社)

ハリウッドの大物プロデューサー、ハーベイ・ワインスタインの長年にわたるセクハラが暴露されて、およそ1年半。「#MeToo」運動は、落ち着くどころか、さらに膨らんでいっている。これまでは主に女性の被害について語られてきたが、プレミアムケーブルチャンネルHBOがアメリカで3月3日から4日にわたって放映したドキュメンタリー映画「Leaving Neverland」では、子ども、それも男の子に対する性的虐待に焦点を当てた。

トータルで4時間に及ぶこのドキュメンタリーで、加害者とされるのは、2009年6月に亡くなった世界的人気歌手のマイケル・ジャクソンだ。映画は、子ども時代、数年にわたってマイケルから被害を受けたとする男性2人とその家族が、個々に自分の体験を告白する形で展開する。1人はオーストラリア出身のウェイド・ロブソン。もう1人は、ロサンゼルス郊外シミ・ヴァレー出身のジェームズ・セーフチャックだ。

ロブソンがマイケルに出会った経緯

ロブソンがマイケルに会ったのは、5歳の時。彼の大ファンで、テレビを見てはダンスをまねて踊っていたロブソンは、地元で開かれたコンテストに出場して大人たちを感心させ、マイケルがオーストラリアにツアーに来たとき、一緒にステージで踊らせてもらえることになる。それからしばらくして、ロブソン一家が旅行でロサンゼルスにやってくると、マイケルは彼らを大歓迎。そこから親密な関係が始まり、後に家族は彼を当てにしてロサンゼルスに引っ越しまでした。

一方で、子役として活躍していたセーフチャックは、コマーシャル共演でマイケルと知り合う。彼はとくにファンではなかったが、自分のことを特別だと言い、実際にそう扱ってくれるこのスーパースターに、すぐに心を開いた。ごく平凡なこの中流家庭を、マイケルは頻繁に訪れ、セーフチャックの母は彼をわが子のようにまで思っていたという。

やがてマイケルがサンタバーバラ郡に広大な土地を購入し、「ネバーランド」と呼ばれるおとぎの国のような場所を作り上げると、ロブソンとセーフチャックの家族は常連となった。遊園地にあるような乗り物や、猿や馬、トラなど動物園に行かないと見られないような動物、お金を払わなくていい売店が設置された映画館など、何でも備えた敷地内には、当然、お客様用の立派な家があったのだが、マイケルは、ロブソンとセーフチャックの家族にうまく話し、少年だけを自分の寝室に泊まらせるようにする。そこで起こったことを告白する2人の証言は非常に具体的で、衝撃的だ。

マイケルは、7歳の子どもに性交のシーンがしっかり映っているポルノ映画を見せたり、ベッドの上や、クローゼットの中で性的虐待を加えたり、一連の虐待を「愛の証」だと言って聞かせていたという。「君を愛している」「自分たちはずっと一緒にいるべく神に定められているのだ」と言い、セーフチャックには結婚指輪まで渡した。彼は2人に何度も「これは僕たちだけの秘密だから」「バレたら、僕たちはどちらも一生刑務所に行くことになる」と念を押すこともしている。それは子どもの心に強烈に刻まれた。

だが、秘密の情事は、ある時を境に減っていく。マイケルの興味の対象が、新たな男の子に移ったのだ(その1人は、今も彼による性的虐待を否定している俳優のマコーレー・カルキンだった)。自分に対してしてくれたことを、マイケルは今、別の男の子にしてあげている。その男の子が彼とどこかに消えるのを見て、その先で何が起こっているのか、経験者だけに、すぐに察しがついた。第1部は、そこで終了する。

激しい鬱に悩まされた2人

第1部だけを見ると、過激な内容の告白のせいでスキャンダラスな印象が残りがちだが、後半は、この問題の残酷さを複雑に深く切り込んでいく。第2部は、マイケルが13歳の少年に性的虐待を加えた疑いで民事訴訟された1993年からスタート。

この時、ロブソンとセーフチャックは、マイケルから久々に連絡を受け、自分を弁護する証言をしてほしいと頼まれる。言われたとおり、2人は、マイケルの寝室で何も起こらなかったと証言した。嘘をついた理由について、ロブソンは、「マイケルを助けたかった」と語っている。

だが、2003年、別の少年の件でマイケルが逮捕されたとき、20代になっていた2人は、彼の言うままにすることに疑問を感じ、証言を拒否した。その頃、ふたりは激しいうつに悩まされるようになっていたのである。それでも、原因を性的虐待に結び付けるには至っておらず、ロブソンは「あの秘密は墓まで持っていこう」とまで思っていた。

後に考えを変えたのは、ロブソンが親になったからだ。自分の息子が、自分がマイケルに出会った頃の年齢になるにつれ、あの年齢の子はこんなふうに考え、振る舞うのだとわかったことで、自分の体験を違う視点から見られたのである。

もし息子がマイケルにあんな目に遭わされたとしたらと思うと怒りが込み上げてきたと言うロブソンは、世間から非難されるのを覚悟のうえで、ジャクソンの死の4年後である2013年、マイケル・ジャクソン財団を訴訟した。そのときにテレビに出たロブソンを見て、セーフチャックも、妻をはじめとする家族に打ち明ける。

この時点で、ロブソンとセーフチャックは、子どもの頃にネバーランドでちらりと会ったことがある程度の関係。相手も、自分と同じ体験をしていたとは、知らなかった。その後もしばらく接触はできなかったのだが、ここからふたりは、それぞれに、しかし同じように、立ち上がるための道を同時に歩み始めたのだ(ロブソンの訴訟は、遅すぎたという理由で2017年に棄却されている)。

今作に対して、マイケルの遺族は、早くから抗議をし続けている。発表された声明の中で、彼らは、マイケル側のコメントがいっさいない今作は一方的な視点に基づくもので、金目当てだと非難。また、マイケルが裁判で無罪になっていることも強調している。マイケルの熱烈なファンも激怒した。一部のファンは、今作が上映された1月のサンダンス映画祭にも駆けつけ、抗議運動を展開している。ツイッターにも、ファンによる非難コメントが飛び交い続けている。

しかし、一方的と言うならば、映画を見てもいないのに反対することが、まさにそうだろう。非難する人の多くは、1993年の裁判でロブソンとセーフチャックがマイケルを弁護していることを挙げるが、映画の中ではそれに対する十分な説明がなされている。ついに事実を知った母に「どうして教えてくれなかったの」と言われたとき、ロブソンは、「それはすごく複雑な質問だと思った」とも語っている。どれほど複雑であるかは、この映画を見れば理解できるはずだ。

自分の性被害を「家族に明かす」恐怖

虐待という言葉はもちろん、性行為の観念すらなかった子ども時代の彼らは、会えばいつも優しく、会えないときは毎日のように熱烈なラブレターをファックスしてくれるこのヒーローを、決して疑わなかった。

大人になって疑問が湧くようになってからは、事実を認めれば、自分や家族のそこまでの人生を否定し、ぶち壊すことになると恐れた。セラピーに通うようになっても、ロブソンはその部分だけは言わなかったし、第2部の直後に放映された特別インタビュー番組でも、「自分に子どもが生まれていなかったら、今も黙っていたと思う」と語る。彼らが自分で事実を受け止めるには、それだけの時間が必要だったのだ。

人気司会者のオプラ・ウィンフリーがホストを務めたそのインタビューでは(彼女自身も、子どもの頃、親戚から性的虐待を受けている)、6人に1人の男性が性的虐待を経験していることにも触れられている。「#MeToo」の発端になったのは、権力を持つ男による、若い女性へのセクハラだったが、この問題にはまだまだいくつもの層があったのだ。

映画「Leaving Neverland」は、その一つか二つを掘り下げるもの。それに対してわれわれがすべきことは、聞くことだ。マイケルのファンか、そうでないかはさておいて、まずは、耳を傾けてみたい。