母性愛にあふれ子どもがかわいくてしょうがないという人が多くいる一方で、自分の子どもがどうしても(想像していたほどには)かわいくない、自分はもしかして愛情不足なのではないかと思ってしまうお母さんが一定数います。実は私もそうでした。当時の私と同じように「自分は愛情不足では」と考えてしまうお母さんに伝えたいことがあります。

「愛情不足」を疑っていた自分


多くの人々が無条件に「子どもはかわいいもの」「母親ならいつでも子どもをかわいがるもの」と思い込んでいます。私もそうだと思っていました。もともと子どもは嫌いではありませんでしたし。
でも、それは間違いでした。
長女を出産してすぐ、想像していたような、胸の奥からふつふつと泉のように湧き出る母性愛……というものは、自分の心の中のどこを探してもありませんでした。

正直、思ったよりもかわいくない……憎らしいとまではいかなくても、生まれた子どもを見ながらしみじみ感じたのは「こんなに小さくても生きているんだ、不思議だなあ」という気持ちだけでした。

育てているうちにだんだん親らしくなるわよ、と自分の母親にいわれ、そういうものかなと思っていたのですが、いっこうに母性愛が目覚める兆しはありませんでした。

おっぱいを飲んでくれればほっとしたし、ゲップをちゃんと出せたら安心する、笑ってくれれば嬉しい……子どもの成長のひとつひとつは確かに覚えています。でも子どもが1歳くらいになるまで「かわいい」よりも、死なせないようにしなくちゃとか、なんとか育てていかなきゃ、という責任感でバリバリに緊張していた記憶しかありません。

「かわいい」と手放しで感じるのではなく「かわいいんだろうな、うん、かわいいっていっていいんだよな」と自分で自分に確認して言い聞かせるような感じ。さらに、夜泣きが続いて寝不足だったり、苦労して着替えさせた直後にブリッと盛大に漏らされたり、目を離した隙に変なものを口に突っ込んでいたり……、そういう大変さから「かわいくない」「憎たらしい」と思うこともありました。

かわいくないわけはない、でも手放しでかわいいと思えない自分……それでも、周りはいうんですよね。「かわいい赤ちゃんねえ」って。
「かわいい」といわれるたびに、作り笑顔で返しながら、「かわいいはずの我が子を、あまりかわいく思えない自分」に後ろめたさを感じていました。

私はもしかしたら情の薄い人間なのかも知れない、母親としての本当の幸せを味わうことなんてないのかも知れない、となんだか悲しい気持ちになることもありました。

落語「里帰り」で人間関係を考えた


話は飛びますが、私は子どもの頃から落語がわりと好きでした。

その頃ふとしたキッカケで、ラジオでいつか聞いた落語に5代目春風亭柳昇という人が作った『里帰り』という噺(はなし)を思い出しました。

あらすじはこんな感じです。


嫁に出た娘が「もうあの姑は嫌いだ」と実家に戻ってきました。実のお父さんが「それならこれを飲ませると証拠もなく殺せる」と毒を渡します。「でも今のように嫁姑の仲が悪いと『あの嫁があやしい』と疑われるから、1年間だけ姑に気に入られるよう尽くしなさい。表面上だけで良いから」と。1年後、再び実家に戻った娘にお父さんが「そろそろ毒殺するか?」と聞くと、「とんでもない、姑に尽くして世話をするうちに情が湧いてきて、いつの間にか仲良くなっていました」「そうか、実は渡したのは、ただの小麦粉だったのだ」。めでたしめでたし。


落語は嫁姑の関係ですが、あの人は嫌い・苦手だと思っていても、こちらが折れているうちに、相手の良いところが見えてくる……人間関係って確かにそういうところがありますよね。

当時の私はそんな落語を思い出して、子どもに対しても、尽くして世話をしているうちに「情」が湧いてくることもあるのだろうと考えたのです。

母性愛とは何なのか、結局分からなかった



最初の1〜2年はそんな風に耐えるように尽くしてきた子育てでした。

胸の奥からふつふつと泉のように湧き出る母性愛というものも、今はあまりなくても、いつか感じるんだろうか……と思っていましたが、ありませんでした。その代わりというか何というか、娘が2歳くらいから「面白い」と思うことが増えてきました。

娘の言葉が増えて会話が出来るようになったからか、一番手のかかる赤ちゃん時代を脱したからなのか、私自身が「母親」という役割に慣れたからか、理由は分かりません。

娘のいうことも、考えることも、センスも面白い。子どもって面白いものだなあと気付くと、子育てが少しラクになりました。

笑ったり怒ったりしているうちに、保育園、小学校、中学校、高校と無事に育ち、なんとか昨年、成人式を迎えました。長女は就職活動を気にしながらも、楽しそうに大学に通っています。

長い子育て期間を思い返してみて、結局「胸の奥からふつふつと湧き出る無限の母性愛」なんてものを、私は自分の中にしっかりと確認することは出来ませんでした。もちろん子どもに対しての愛情はあるんですが、いまだに母性愛ってどういうものか、よく分かりません。
母性愛がたっぷりという方は、それでいいのだと思いますが……もしかしたら母性愛の深さは、子ども自身の人生の幸せには、あまり大きな影響がないんじゃないかな、とも思う今日この頃です。

(文・曽田 照子)