洗顔からスキンケア、化粧下地までを1枚で済ませられるシートマスクが売れている。2019年2月末には累計販売枚数が3.5億枚を突破。現在は世界20の国と地域で展開している。なぜヒットしたのか。その理由は「女性の『面倒くさい』に応えたこと」だった――。

■発売後1カ月で感じた「ヒットの予兆」

「1分でも長く寝ていたい」「キレイになりたいけど面倒くさいことはしたくない」――。そんな女性の本音に耳を傾け、願望を形にした商品がある。雑貨販売のPLAZA(プラザスタイルカンパニー)を関連会社に持つ、BCLカンパニーの「サボリーノ 目ざまシート」だ。

黄色いパッケージが目を引く「サボリーノ 目ざまシート」(画像提供=BCLカンパニー)

起き抜けの顔にシートマスクを貼るだけで、洗顔・スキンケア・保湿下地が完了する。従来のシートマスクには洗顔の代替要素がなく、マスクを貼る前に顔を洗わなければならなかった。しかし、「目ざまシート」はマスクを剝がす際に余分な角質と汚れを除去できるため洗顔は不要。清涼感のあるマスクを貼って目を覚まし、1分待てばすぐにファンデーションを塗れる。

過去に例のない手軽さで人気に火が付き、「目ざまシート」は2015年4月の発売開始から1カ月を待たずに、メーカー完売した。再始動は2016年。利用者から再販依頼が次々に届き、大規模展開に向けた在庫確保のため約1年の準備期間を設けた。2015年の発売時にはバラエティストアのみでの販売だったが、再始動後にはドラッグストアでも展開している。その戦略が功を奏し、2019年2月末には累計販売枚数3.5億枚を突破。その後も着々と売り上げを伸ばし、現在は世界20の国と地域で販売されている。サボリーノの売り上げのうち、3割以上は海外だ。

同社始まって以来の大ヒット商品を生み出したのは、BCLカンパニーの女子開発ラボだった。初期メンバーである宣伝本部の御殿谷りえ氏は、「再販依頼が来たときの喜びと安堵の思いは今でもよく覚えている。チャレンジングな企画だったため、これほどヒットするとは夢にも思っていなかった」と過去を振り返る。

■「洗顔もスキンケアも面倒くさい」

BCLカンパニー宣伝本部の御殿谷りえ氏(撮影=プレジデントオンライン編集部)

女子開発ラボが始動したのは2013年。社内の課題解決のため、社長直下で始まった部門横断型プロジェクトチームの一つだった。メンバーは20代後半〜30代前半の女性5名。宣伝部・企画部・販売促進部・東西の営業部から集められ、「自分たちが欲しいと思うものを形にする」という命を受けた。

LINEグループを使ったスピーディーな情報共有や、月に一度の会議を重ねて企画を練ること、約半年。「洗顔もスキンケアも面倒くさい」という本音をさらけ出してたどり着いた商品が、ベッドで寝たまま洗顔から保湿までできるシートマスクだった。

しかし、スキンケアの基礎である水洗顔が不要のシートマスクは過去に例がない。化粧品は洗顔料、化粧水、乳液といった「ライン販売」が基本。このアイデアを実現すると、他の商品の売り上げが落ちる可能性もある。ご法度とも言える企画を進めるなか、風当たりが強くなることもあった。

「社長にプレゼンを行い、周囲を説得して開発に至った。『絶対に洗顔不要で使えるマスクにする』という強い思いを共有していたからこそ、5人で団結して進められたのだと思う」(御殿谷さん)

■朝の「10分」を「1分」に変える

そもそも洗顔は、汚れを落とし、不要な角質を除去するために行うものだ。一般的な洗顔剤は泡によって古い角質を巻き込み、水の力で洗い流して落とす。洗顔には、髪の毛をまとめる、水または湯を出す、洗顔剤を泡立てる、泡で角質を浮かせる、洗い流す、タオルで拭く、という工程が必要だ。その後で化粧水、乳液、化粧下地などを塗るのが、スキンケアの一連の流れである。

女子開発ラボが洗顔とスキンケアにかかる時間を計測したところ、平均値は10分〜15分だった。「目ざまシート」を使用した場合は1分で済む。朝の忙しい時間帯に余裕が生まれるのは大きい。

女性の「サボりたい」という潜在的な欲求に目を向け、女子開発ラボはサボリーノというシリーズ名でシートマスクの後継品を次々に生み出した。例えば、夜用のシートマスク「お疲れさマスク」や、全身の汚れを拭き取れる「さっぱり落とシート」などだ。

夜用のシートマスク「サボリーノ お疲れさマスク」(画像提供=BCLカンパニー)

「目ざまシート」も、季節に合わせてさまざまなフレーバーを開発した。冬には、保湿力が高いミックスベリーの香り、夏には、メントール効果を高めたレモンピールの香りなどがある。それぞれ顧客からの声が反映されており、選ぶ楽しみができたと好評だ。

さらに販路の拡大にも取り組んでいる。当初はロフトや東急ハンズなどのバラエティショップが中心だったが、2016年以降はドラッグストアでも販売。空港や飛行機内でも取り扱いがあるそうだ。値崩れしてブランド価値が落ちないよう、価格設定には細心の注意を払っている。

また現在、女子開発ラボを改称した「サボラボ」には、サボリーノに魅力を感じて入社した若手社員や男性社員も所属している。一部メンバーが入れ替わり、海外事業部や営業部の部長、ウェブチームや新規開拓のエキスパートなどが加わって8名に増員された。最前線で活躍する社員を集結させることで、海外向けの展開を加速させている。

■中国市場のインフルエンサー「KOL」

「目ざまシート」が堅調に売り上げを伸ばしている理由の一つに、中国でのヒットがある。同社が中国向けの越境ECを本格的に開始した時期と、サボリーノの発売時期が重なっていた。訴求をしやすい商品としてサボリーノの中国展開が始まったのだ。ヒットの起爆剤となったのが「KOL」だった。「KOL」とはKey Opinion Leaderの略称で、SNS上で強い影響力を持つインフルエンサーを指す。

海外事業部の担当者はフォロワー数の多い「KOL」とタッグを組み、「目ざまシート」を徹底的に売り込んだ。日本に招き、販売中の店舗で実際に商品を手に取ってもらったこともある。その様子を撮影し、広告用動画として配信したところ、数日後には中国人観光客が殺到したという。「朝用マスク」という分かりやすさが、KOLにとって紹介しやすかったこと、黄色のパッケージがSNSで目に止まりやすかったことがヒットの背景と見ている。

一方で、インバウンド需要にも企画開発の担当者が目を光らせている。2019年1月施行の中国電子商取引法(新EC法)の改正で、転売目的の商品購入にはブレーキがかかっているが、個人利用を目的とした商品の購入には規制がかからない。

「観光客の多い店舗では、『目ざまシート ピーチ&レモネードの香り』の販売に力を入れている。アジアで人気の高いピンクカラーに、中国で縁起物と言われている桃のイラスト。小さな仕掛けを入れることで購買意欲を刺激している」と、御殿谷氏は売れ行きが好調な理由を明かした。

このような施策が結果に結びつき、「目ざまシート」は中国からアジア諸国へ広がっている。中国で人気に火がつくと、「KOL」を通して情報が拡散され、シンガポールやマレーシア、台湾でも愛用者が増えるからだ。

さらに、マスク大国と言われる韓国でもベストコスメに選ばれた。競合商品がひしめくなか、洗顔不要という今までにない切り口が大きなフックになったそうだ。2018年にはカリフォルニアでもイベントを開催し、欧米でのヒットもすでに射程距離にある。

■細かな「数字取り」で売れている証拠を残す

一方、バラエティショップやドラッグストアでは、「目ざまシート」の隣に後発品や類似品が並んでいる。サボラボでは、ブランド価値をキープするため複数の施策を打ち出しているそうだ。

そのうちの一つが「数字取り」。企画部はデータ分析、マーケティング部員は累計枚数、宣伝部員はベストコスメ賞というように、各部署が得意分野で数値をカウントし、売れている証拠を残していく。サボラボという名称とは裏腹に、面倒な数値の計測をサボらない真面目な姿勢が、右肩上がりの売り上げにつながっている。

それに加えて、テレビや雑誌、ウェブ媒体などを使った「空中戦」と、リアル店舗やイベントで行う「地上戦」に力を入れ、双方で攻めの姿勢を崩さない。御殿谷氏は「片方のみではブランドを守りきれない。メンバーが5人から8人に増えても情報共有を欠かさずに行っている」と語った。

2019年3月に発売予定の「サボリーノおはようサンカット UVスプレー〈日やけ止めスプレー〉」では、中国で活躍する一流モデルをキービジュアルに起用する。桁違いの拡散力を持つ中国人モデルによって、シリーズの売り上げはさらに伸びそうだ。堅調に地盤を固め、国内外で着実に実績を積むことで、さらなる市場拡大を狙う。

----------

華井由利奈(はない・ゆりな)
ライター
愛知県出身。椙山女学園大学卒業後、印刷会社に就職。デザイン業務を1年間担当した後、コピーライターとしてトヨタ系企業など100社以上の取材を行う。2016年に独立し、2018年に初の自著『一生困らない 女子のための「手に職」図鑑』を光文社より出版。4刷21,000部を達成した。現在は2作目を執筆しながら、日経ウーマンオンラインなどで女性活躍、働き方、教育、生活情報を中心に執筆。全国各地の大学や教育講座で講演も行っている。

----------

(ライター 華井 由利奈 撮影=プレジデントオンライン編集部)