三浦知良

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10日放送、フジテレビ「S-PARK」では、横浜FCの三浦知良にインタビュー。「ドーハの悲劇」で知られる1993年のワールドカップ(W杯)予選を振り返った。

若かりし頃にブラジルへ渡ってプロとなった“キング・カズ”は、現役のうちにW杯に出場したいと公言していた。だが、1994年アメリカW杯アジア予選最終戦、日本は終了間際にイラクの同点弾を許して勝利を逸し、初のW杯へのチケットを逃した。「ドーハの悲劇」だ。

しかし、平成という時代を振り返って一番心が震えた試合を問われたカズが、「すごく心に残っている」と挙げたのは、同じアメリカW杯アジア最終予選の韓国戦だった。「ドーハの悲劇」の3日前の試合である。

最終予選の3試合を終えて4位と出遅れた日本は、宿敵・韓国を相手に勝利が必須となった。カズは「プレッシャーもあった」と明かす。「引き分けでもダメだったし、五輪予選でもW杯予選でも、1回も韓国に勝ったことがなかった」からだ。

当時の通算成績は、6勝26敗13分け。カズが「いつも日本の前に立ちはだかっていた」と話したように、1993年にJリーグが開幕したばかりの日本にとって、韓国は大きな壁だった。

だが、日本はその大一番を1-0と制した。決勝点を挙げたのは、カズだ。「決してきれいなゴールではなかった」としつつ、「あの時の喜び方は映像で何度か見たけど、今までとはちょっと違ったものがあった」と振り返る。

このリードを逃げ切って大きな1勝を手にし、カズは試合後のインタビューで感情をあらわにし、目を光らせた。カズは「今までの日本の歴史を自分自身が背負っていると思っていたから、そういう意味で勝てたことがうれしかった」と述べた。

だが、大一番を制したとはいえ、日本はW杯出場を決めたわけではなかった。そして待っていたのが、「ドーハの悲劇」だ。

最後のクロスボールを防ごうと必死に足を伸ばしたカズは、「最後のシーンがよく言われるけど、そうじゃなくて、あそこ(韓国戦)でインタビューの時にちょっと感極まって涙を流してしまったことが、後悔しているといえばしている」と思い返す。

「韓国に勝つことが目標じゃなかった。W杯に行くのが目標のなかで、涙って流していいのは最後」というカズは、「あそこで泣いてしまったことが、W杯を遠ざけたと思っている」と明かした。

4年後、日本はフランスW杯で初出場を果たしたが、メンバーから落選したカズはW杯に出る夢をかなえられていない。

だが、カズはかつてを振り返り、「あそこでああいう経験をしたことが、そのあとの日本のサッカーに大きくつながっていると思う」「日本のサッカーの歴史の中でとても大切な出来事だったと思う」と述べた。