■ラグジュアリーブランドを日本で育てるには

日本の製造業は、コストの高さに苦しんでいます。工場の海外移転などでコストダウンに取り組む企業も多いですが、いずれ現地の人件費が上がれば、また別の移転先を探さなくてはならず、対症療法にすぎません。高品質なものづくりができる日本企業は、コストダウンの追求ではなく、高くても売れるものづくりを追求すべきです。もちろん、簡単ではありませんが、学ぶべき手本はあります。それは、ヨーロッパのラグジュアリーブランドです。

ラグジュアリーブランドとは、高くても売れる製品をつくり、熱烈なファンのいるブランドのことです。なお、ラグジュアリーブランドとプレミアムブランドは混同されがちですが、プレミアムブランドが比較的高品質であるのに対して、ラグジュアリーブランドは他に比較できるもののない、最上級、絶対無比のものを表します。例えば、ルイ・ヴィトン、エルメス、グッチ、カルティエなどのラグジュアリーブランドは、ファミリービジネスや地場産業からスタートし、この40年で世界的なブランドに成長しました。

グッチは、1921年創業のファッションブランドですが、まだ創業から100年たっていませんから、日本風に言えば老舗でもありません。しかも、本社はフィレンツェ郊外の人口5万人ほどの小さな村(コムーネ)にあります。まさに地場産業ですが、100年に満たない間に世界的なラグジュアリーブランドになっています。また、スイスの高級時計メーカーの多くも、スイスの山奥に本社があります。

■わが社「らしさ」を、徹底的に追求しているか

日本にも、独自の技術を持ち、高品質の製品をつくっている地場産業や伝統産業が各地にあります。しかし、売り上げが減り、後継者不足などで苦労している企業が少なくありません。こうした企業にも、ラグジュアリーブランドになれる可能性は十分あるのです。

日立のように訴求点がわかりづらいCMが多い。(AFLO=写真)

しかしながら、日本企業はブランド戦略があまり上手とは言えません。例えば、日立製作所はグループのビジョンとして「インスパイア・ザ・ネクスト(Inspire the Next)」を掲げています。この言葉からは、未来を切り開く製品を次々と生み出すようなイメージを想起させます。しかし、あるとき社員の方に、「あなたの考える日立らしさとは何ですか」と尋ねてみると、「丈夫で長持ち、技術の日立」という答えが返ってきました。コーポレートビジョンとはだいぶ異なります。

そもそも、日立の創業者である小平浪平は、鉱山機械の修理工場に勤めており、当時は外国製の機械を使っていましたが、欧米と日本の地質は違うため、よく故障をしました。そこで、丈夫で長持ち、壊れない国産の機械をつくろうと、1910年に同社を創業しました。創業者の熱い想いが100年以上たっても社員に脈々と受け継がれているうえ、日立は今、社会インフラ事業にシフトしているので「丈夫で長持ち」というメッセージのほうがぴったりではないでしょうか。

このように、他社にはないわが社「らしさ」がブランドアイデンティティであり、ブランド戦略の中核に据えるべきです。

例えば、エルメスの「らしさ」は馬です。エルメスは1837年の創業以来、鞍を中心とした馬具をつくってきましたが、19世紀末に自動車が登場したことにより、「馬車は自動車に取って代わられるから、自動車旅行に使える鞄をつくろう」と、鞍づくりの技術を生かした丈夫な鞄をつくるようになり、評判を得ました。今でも、スカーフの図柄の半分は馬、馬車、馬具など馬由来のものにこだわっています。

■逆転の発想で、ブランド価値は高まる

ラグジュアリーブランドを育てるには、従来型のマスマーケティングとは全く異なるアプローチを取る必要があります。それが、「ラグジュアリー戦略」です。ヨーロッパのラグジュアリーブランドが、この40年でファミリービジネスや地場産業から成長する過程で実際に取った戦略を体系化したものです。マーケティングの4Pに沿って説明しましょう。

PRODUCT(製品)は、常識では十分な品質がよいとされています。過剰な品質はコストアップにつながるため、よいとはみなされません。それに対してラグジュアリー戦略では、十分を上回る卓越した品質、言わば過剰品質が求められます。こだわりの品質、物語のある製品とも言えます。

PRICE(価格)は、一般には低価格のほうがよいとされます。しかし、ラグジュアリー戦略では高価格です。手間暇をかけている分、それに相応しい価格(=適正価格)を設定します。

PLACE(流通チャネル)は、スーパーマーケットやネット通販などの広い流通チャネルを使うのが常識です。しかし、ラグジュアリー戦略では限定された流通チャネルを使います。もっと言えば、流通を支配し、支配できないチャネルは用いません。例えば、世界の大都市の目抜き通りに旗艦店をつくる代わりに、店舗数を絞ります。

PROMOTION(プロモーション)は、通常は大量の広告を流しますが、ラグジュアリー戦略では広告よりもパブリシティ(メディアに取り上げられること)を重視します。ファッション誌などの表紙をめくると、大抵ラグジュアリーブランドの広告が掲載されていますが、これはメディアと良好な関係を築くためです。また、広告自体も売るためというより、ブランドのイメージを伝えるものになっています。

さらに、パリHECビジネススクールのカプフェレ教授らは、著書『ラグジュアリー戦略』(筆者訳)の中で、「マーケティングの逆張りの法則」として18項目を挙げています。その中から、いくつか抜粋して紹介しましょう。

・「ポジショニング」のことは忘れろ、ラグジュアリーは比較級ではない……マーケティングでは競合相手との差異化によるポジショニングが重視されますが、それはいずれコモディティ化を招きます。ラグジュアリーに重要なのは独自性であり、自らのアイデンティティに忠実であることです。

・製品は傷を十分に持っているか?……製品は完璧ではなく、むしろ傷(欠点)を持っていることが重要です。機械式時計の愛好家がゼンマイを巻くことを楽しむように、「あばたもえくぼ」で魅力に高めるのです。

・顧客の要望を取り持つな……顧客は王様ではありません。いくら顧客の要望でも、ブランドアイデンティティを脅かすようなことをしてはいけません。

・熱狂者でない奴は締め出せ……顧客を他のブランドから横取りする必要はありません。ブランドの価値に魅力を感じない人は除外していいのです。

・増える需要に応えるな……販売量を増大させるのではなく、稀少性を売りにすべきです。

・顧客がなかなか買えないようにしろ……ラグジュアリーは手が届きにくければ届きにくいほど、ますます欲しくなるものです。

・売るな……売ろうとせずに、売り上げ減を恐れず、むしろ覚悟することが、顧客と強い絆を築くうえで重要です。

・工場を移転するな……ルイ・ヴィトンはフランス製、BMWはドイツ製など、その地域に根ざしていることが、ラグジュアリーの価値を高めます。

こうしてみると、ラグジュアリー戦略では、マスマーケティングとことごとく逆のことをすればいいということがわかります。日本のものづくりには、品質の高さが海外で評価されている製品が多くありますが、高い値付けができないなど、マーケティングで失敗しているケースがほとんどです。ラグジュアリー戦略を学ぶことで、日本発のラグジュアリーブランドが数多く登場することを期待しています。

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長沢伸也(ながさわ・しんや)
早稲田大学ラグジュアリーブランディング研究所長、早稲田大学ビジネススクール教授
早稲田大学理工学部卒業。同大学院理工学研究科博士前期課程修了。工学博士。専門はデザイン&ブランドイノベーション・マネジメント。編著・訳書に『高くても売れるブランドをつくる!』『日本の“こだわり”が世界を魅了する』『ラグジュアリー戦略』など。

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(早稲田大学ラグジュアリーブランディング研究所長 長沢 伸也 構成=増田忠英 写真=AFLO)