パナソニック津賀一宏社長は在任8年目に突入した。写真は2017年12月、トヨタ自動車との協業検討の記者会見(撮影:今井康一)

2月28日にパナソニックが発表した4月1日付け役員人事で、津賀一宏社長(62)が在任8年目に突入することになった。

2018年度は、津賀社長にとって2度目となる中期経営計画が終了する節目の年だ。2011年度に約7500億円の最終赤字に陥ったパナソニックを、組織再編と成長分野の絞り込みで2017年度に約2400億円の過去最高純益に導いた。着実に会社を成長させてきた津賀社長ゆえに、1年ほど前には「2018年秋の創業100周年記念イベントをやりとげて退任、というシナリオもあるのではないか」(ある幹部)と見る向きが強かった。

ところが、昨年10月時点で津賀社長は「従来の延長線上で経営ができる安定期ならまだしも、この不透明な時期に社長が次々替わるのがよいのかはわからない」と、東洋経済に対して続投の必要性を匂わせており、実際にその言葉どおりの結果となった。

津賀社長が背負う「2つの課題」

パナソニックの歴史の中で、8年以上社長を続けたのは、創業家の2代(松下幸之助氏と女婿の正治氏)を除くと、3代目の山下俊彦氏(就任期間は1977〜1986年)以来33年ぶりとなる。ただ、家電の普及期で、9期連続増収増益を実現した山下社長時代の安定期と、現在の津賀社長が置かれた状況はまったく異なる。というのも、大赤字から脱し、増収増益基調に戻せたところまではよいものの、「総合家電メーカー」から脱皮し、次の成長軸を探すうえでの戦略に、ここにきて変化が生じているからだ。

パナソニックは2013年以降、車載事業を軸とした成長戦略を描いてきた。2014年からの4年間で通常の事業投資とは別に1兆円の戦略投資枠を用意。この過半が投じられたのが車載事業だった。特に、アメリカのテスラと共同で運営する「ギガファクトリー」(約2000億円)をはじめ、トヨタやホンダ、アメリカのフォード向けなどの電池を作る中国大連工場、トヨタ向けの姫路工場など、車載電池関連の設備投資に累計約2500億円を投じてきた。

しかし、電池の売り上げが拡大する一方、肝心の投資回収がなかなか進まないことが悩みの種だった。2017年度は、最大顧客であるテスラ向けビジネスが量産車「モデル3」の生産遅延で電池の出荷が滞り、18億円の営業赤字に。2018年4〜6月以降にモデル3の生産が軌道に乗ってからも、新規ラインの立ち上げ費用がかさみ、パナソニックは「当初想定したように利益は出ていない」と説明している(セグメント変更により車載電池単独の収益は非開示)。

テスラとのコミュニケーションも「テスラに何百人もの日本人が張り付いているモデルはうまくいかない」「細かな日常的なことでもめているのは事実」(今年1月のCESにて、津賀社長)と、順風満帆というわけではないようだ。

車載電池の収益化に手間取っているうちに、足元では別の問題も出てきた。2月に発表された2018年4〜12月期業績では、営業利益を当初計画の5000億円から400億円下方修正した。主因は、欧州で手がける車載インフォテインメント(表示機器)システムにおけるソフトウェア開発の失敗だ。

顧客から開発途中で追加オーダーを受けた製品の一つについて、本来は追加開発分の値上げを要求すべきところ、「価格交渉の機会を逸した」(IR担当者)。その結果、追加の開発コストを全額パナソニック側がかぶることになった。製品を納入しても利益が出ないことが判明したため、開発資産を減損することになった。

さらにこれまで盤石だった家電事業にも不穏な風が吹き始めている。中国市場向けのエアコンが落ち込んでいることに加え、国内の白物家電も変調を来している。特に、国内トップシェアを誇る冷蔵庫が今年秋以降、急激に減速。「三菱電機や日立、シャープなどがパナソニックをベンチマークに、ほぼ同じ機能、容量で、より安価なモデルを投入しはじめたことが打撃になっている」(大手家電量販店)。

これらの結果、2018年度の業績は、中期経営計画で目標としていた営業利益5000億円を大きく下回る3850億円となる見通し。これには土地売却による約200億円の臨時収入も含まれており、実力値はさらに低いことになる。本来なら3月末に全社員に示されるはずの次の中計も、現状を鑑み、延期が決まったという。

4月人事で見えた「ポスト津賀」の顔ぶれ

車載電池を主軸とした成長シナリオを見直す必要に迫られた津賀社長が2018年の10月に打ち出したのは、「くらしアップデート業」になるという新目標だ。

いわく、従来のような単品売り切りモデルから、スマートフォンのようにOS(基本ソフト)のアップデートにより機能刷新していくビジネスモデルに転換することで、継続的に収益を得ていこうというもの。

これに伴い、これまで家電、住宅など手がける領域ごとに分かれていた組織も、「横串を刺して、より大ぐくり化するなど、変えていく必要がある。車載事業に関しても、単なる電池メーカーから、『モビリティ』などコト軸で考えていく方向に向かわなくてはいけない」(津賀社長)。さらに、注力市場である中国、北米を管轄するカンパニーを4月に新設することも決めた。


今回の役員人事では、この「くらしアップデート」新体制を担う各事業部の布陣も明らかになった。次期社長もこの中から選出されるとみていいだろう。中でもキーマンとみられるのが、以下の4人だ。

【2019年3月8日18時注記】初出時の上記図表で、品田正弘常務執行役員の名前と、コネクティッドソリューションズ社の名前が誤っていました。お詫びして修正いたします。

1人目が、中国・北東アジア社長に就任する本間哲朗氏(57)だ。現在、家電事業のトップを務める本間氏は、プロパー出身で、津賀氏が社長に就任した2012年から経営企画担当として会社の立て直しにあたってきた。従来から社長候補最右翼の人物として名前の挙がっていた人物だ。

いつもメモ帳を持ち歩き、幅広いメディアに目を通して情報収集するなど、緻密な一面が目立つ一方で、「非常に大きな視点で決断をすることのできる二面性がある」(ある役員)。

台湾留学の経験を持ち、中国語はお手のもの。新中計において柱となる中国市場において、IoT家電と住宅を中心に勝負をかけるという重要な役目を任されたことからも、期待値の高さがうかがえる。家電のトップ就任時には、「事業に専念するため」(本間氏)、一度代表取締役を外れたが、今回復帰している。

住宅と連携してIoT家電拡大に挑む

2人目のキーマンが、中国事業を成功させるキーとなる家電事業、アプライアンス社を率いることになる品田正弘氏だ(53)。これまで、ブラジル事業やテレビ事業、2017年からはソーラー事業など、赤字事業の立て直しに辣腕をふるってきた。

特に、直近のソーラー事業に関しては、テスラの太陽光発電製品「ソーラールーフ」向けに電池を供給する再建の青写真を描いていたところ、2018年にテスラが急きょ大幅な事業縮小を発表。そんな窮地を、ほかの供給先を開拓することで乗り越え、「赤字は続いているものの、危機から脱出するうえでのメドをつけた」(社員)という。

4月から担当する家電事業は、まずは足元の業績悪化を食い止めることが急務。そのうえで、住宅事業と連携してのIoT家電などの拡大に挑むことになる。

品田氏と同様、50代前半でのカンパニー長就任となったのは、オートモーティブ社長に就任する楠見雄規氏(54)。研究所からキャリアをスタートさせ、テレビ、車載電池へ進むなど、津賀社長とほぼ同じ「王道コース」を歩んでいる。厳格で合理的な人柄ながら、部下に慕われる親分肌の一面もあり、津賀社長も「非常に信頼している」と一目置く。

これまでは車載事業の副社長だったが、上席副社長の田村憲司氏を追い越してトップに就任することになった。

実は楠見氏、1月に発表されたトヨタとパナソニックの車載電池合弁設立にあたっては、「最前線で交渉にあたった中心人物」(ある社員)。同合弁は、トヨタが出資比率51%の会社に、パナソニックがテスラ以外の車載電池事業をまるごと移管したという点で、実質的に、トヨタへの電池事業売却にあたる。同事業の母体となった旧三洋電機の出身者からは、「いったいなんのために三洋を買ったのか」と批判の声も強い決断だ。

その責任者が昇任したということは、「パナソニック1社で、テスラとトヨタの両方に投資する体力はない。ほかの電池事業を移管することで、テスラの電池事業に集中して投資できる環境を作り、車載電池の収益化にメドをつけたことが評価された」(前出の社員)と言える。

4月からはテスラ事業も、日本を主体とする車載事業から、新設のUS社に移管される。楠見氏は、単なる車載部品作りにとどまらない車載事業の可能性を考え直す、難しい課題を担当することになりそうだ。

元日本マイクロソフト会長の樋口氏も

最後が、昨年度にも引き続き企業向けの物流システムや機内エンタテイメントなど、BtoB事業を束ねるコネクティッドソリューションズ(CNS)社の樋口泰行氏(61)。新卒でパナソニックに入社するも、ハーバード大学でMBAを取得後、1992年に転職。外資系企業を転々とし、日本マイクロソフトの会長などを務めたのち、2017年にパナソニックに出戻ったという異色経歴の持ち主だ。

現在は、現場の課題に対するソリューションを提供するというアプローチで、BtoB事業の事業拡大に挑む。営業効率改善のために、カンパニー本社を大阪から東京へ移転し、オフィスにフリーアドレス制を導入。社内調整を減らし、外向き仕事に集中できる環境を作るなど、「働き方改革」にも熱心に取り組んでいる。

年齢は津賀社長の1つ下。社長になるとしたらワンポイントリリーフになるが、「CNS社がパナソニック全体の風土改革の模範になっている。ぜひ次の社長になってほしい」など、若手社員からのラブコールは絶えない。

4人のキーマンは、樋口氏以外いずれも50代。パナソニックには、松下幸之助が退任した66歳が社長定年、という不文律があるといわれているが、仮に津賀社長が2019年から3年間の中期経営計画をやりとげたとしても、キーマンたちに津賀後継としての時間は十分残されている。津賀社長としては、各人に難しい課題を与えることで最適な後継者を見極めていこうという意図もあるだろう。

車載電池に代わる屋台骨探しと後継者探し。津賀社長に課された「あと一仕事」は、並大抵の難しさではない。