ユニークにデザインされた”高知”の文字がモノグラムとなっている「高知の財布」(筆者撮影)

「高知の財布」が話題になっている。「高知」の文字が全面にプリントされた遊び心のあるデザインで、昨年夏、よさこい祭りを見に来たノンスタイル石田明さんが「COACHや思ったら高知やった」とツイッターでつぶやいたことで人気に火が着いた。直後、4500個が数日で完売した。

開発したのは、高知県出身のクリエイター・中島匠一(しょういち)さん(25歳)。第一印象は身体の線が細くきゃしゃで、一見するとなんだか頼りない感じ。


「高知の財布」を作り出したクリエイターの中島匠一さん(筆者撮影)

取材時はアールグレイの紅茶を飲みながら角砂糖をかじり、「僕、膵臓が弱いんで糖分取らないと低血糖になってしまうんです」。ではケーキでもいかがと勧めると、「クリームの脂肪が分解できないので……」と言い、少々心配になってしまった。だが話を聞くと、内面に秘めた芯の強さを感じさせた。

ヒットのきっかけは「VALU

中島さんは2017年3月に大阪芸術大学を卒業し、子ども向けの科学教室やアート教室を開き、生計を立てていた。昨夏、高知県をテーマにしたブランドを作りたいと思い立ち、「高級ブランドといったらお財布かな」と「高知の財布」を思いついた。

「何度も何度も下書きをして、いちばんヨーロピアンでエレガントなものをロゴにしました。僕は普段からアラビア文字のような丸みのある形が好きで、意味もわからずアラビア語を模写したりしているんです。角ばったものが一切なく、”うねり”を感じさせる曲線美にこだわってデザインしました」(中島さん、以下同)

当初は一つひとつ手作業でプリントしていたが、注文が増えるにつれて、すぐに限界に。工場での大量生産をしなくてはと思っていたときに、さまざまなアドバイスをくれたのが、メーカー勤務で香港在住の会社員「そんぷ〜さん」だった。

そんぷ〜さんのことは知り合いに紹介してもらったが、直接連絡を取るきっかけとなったのが、「VALU(バリュー)」というネットサービスだ。

「高知の財布がヒットして、多くの取材を受けました。そのときにVALUの話もしたんですが、どこも取り上げてくれないんですよね(笑)」

取り上げないのも無理はない。説明がややこしいのである。そこで今回は、中島さんがどのようにVALUを活用したか、紹介したい。

VALUは、株式会社が株を発行するのと同様に、個人の社会的評価をもとに「VA(ブイエー)」という名の個人株式を発行し、売買できるサービスだ。VAは株式会社の株と同様に人から人へと売買が可能で、価格も需給に応じて変動する。個人の将来性や社会的評価をもとに投資することも可能で、個人の活動をお金に換算して取引する「評価経済」を具体化したサービスとも言われている。

VAは仮想通貨ビットコインと交換することもできるが、売買ともに「買いたい人」と「売りたい人」が現れないと成立しないため、すぐに売ったり買ったりできるとは限らない。

VALUの仕組みとは?

中島さんが昨年10月にVALUのアカウントを作ると、まずはじめに1000VAが付与された。アカウント作成の際には、ツイッターやフェイスブック、インスタグラムなどSNSのフォロワー数やその人の職業などに応じて、VALUの運営会社(株式会社VALU)が個人の”価値”を評価する。中島さんの場合は1000VAと評価されたが、最初に100VAと評価される人もいれば、1万VAと評価される人もいる。

開設直後の中島さんのVA価格(いわば株価)は0.0037BTC(ビットコイン)。1BTCは現在約43万円なので、当時の中島さんの1VAは約1591円ということになる。1000VA保持していたので、日本円に換算すると、時価総額は159万円相当だ。

その後、売買によって中島さんのVA価格は変動し、現在は0.0051BTC(約2193円)まで上昇した。

株式保有者には配当金や株主優待があるように、VALUでは自分のVAを買ってくれた人に対して、自由に優待特典を定めることができる。中島さんはVA保持者(「VALUER、バリュアー」と呼ぶ)に対して、高知の財布にイニシャルを刻印するサービスを行っている。

一方、そんぷ〜さんは優待として「香港/マカオでお茶しましょう」「ものづくりの相談に乗ります」というものを提示している。中島さんはそんぷ〜さんにVALU上で連絡を取り、「お話をお伺いしたいので、1VA売ってもらえませんか?」と相談。VALUの売買をきっかけに、交流が生まれた。

他人のVAを購入するにはビットコインが必要となる。自身のVAがたくさん売れない限り、十分なビットコインは手に入らない。最初はそれほど買い手がつかないため、自らビットコインを投入することになる。中島さんは当初、5万円ほどビットコインに換金し、そんぷ〜さんから1VAを購入した。

身銭を切ることになるので、単にツイッターやフェイスブックで連絡を取り合うより、本気の人同士が結びつきやすいのかもしれない。

高知の財布はしばらく在庫切れの状態が続いていたが、現在は販売を再開しており、安定した人気を保ち続けている。財布のヒットでさぞやVA価格も上昇したかと思いきや、それほどでもないという。

VALUの売買って、まだまだ友人同士であったり、交流会で知り合った人同士で売り買いされることが多いんです。投機的な売り買いもあるので、必ずしも現実の社会評価がストレートに反映されるわけではないようです」

活動内容に共鳴してVAを買うというより、交流会で知り合った相手のVAを挨拶代わりに購入するケースも多いようだ。売買の量を意図的に調節して価格をコントロールするなど、マネーゲーム的な側面もある。VALUのサービスが始まった当初、ユーチューバーのヒカル氏がルールの不備を突いて自身のVAを高値で大量に売り抜け、問題視されたケースもあった。

VALUのメリット、デメリット

VALUの試みは面白いが、まだまだ実験的な段階と言えそうだ。SNSのフォロワー数に基づいて社会的評価を算定するため、ネット上で露出の多い人気者の評価が高くなりがちで、地味で目立たないコツコツ型の人間は評価されにくいという面もある。

また、そもそもビットコインの価格変動が激しいため、日本円に換算した場合の「評価」が非常に不安定とも言える。

それでも、個人の価値をお金に換算するという「評価経済」の理念は、決して悪いものではない。

「自分の評価を下げないように、僕のVAを買ってくれた人の期待に応えられる人物でありたいので、いつも身ぎれいにして全力で頑張っている姿を見せなくてはと思っています。自分のモチベーションを高める効果もありました」

VALUは「叶う夢を増やそう」をテーマに「なりたいものや、やりたいことを実現するために、継続的に支援を募ることができるSNS」とうたっている。今は”新しすぎて”社会全体にまでは浸透していないが、フリーランスの芸術家やデザイナー、起業家など、個人単位で活動する人々の間では少しずつ広がりをみせている。今後どのように成長していくか、注目していきたい。