失敗を成功に変えるには、なにが必要なのか。神戸大学大学院の栗木契教授が、マーケティングにおける「失敗→成功」の事例を検証したところ、代表例として浮かび上がったのが日清食品の「10分どん兵衛」だった――。

■どん兵衛の売上が前年比1.5倍になったワケ

読者のみなさんは「10分どん兵衛」という言葉をご存じだろうか。

きっかけは、2015年に芸人のマキタスポーツ氏がラジオで、「(カップ麺の)どん兵衛は10分待って食べるとおいしい」と発言し、SNSで話題になったことだった。これまで日清食品がパッケージなどで推奨してきた待ち時間は「5分」であり、それよりおいしい食べ方があったのであれば、食品会社としてはたいへんな失敗である。

日清食品はこの事態にすばやく反応して、「5分でお客様においしさを届けることに縛られすぎていて 世の中の多様性を見抜けていなかったことを深く反省しております」とのお詫び文をホームページに掲載した。SNSでの話題はさらに広がり、「日清のどん兵衛 きつねうどん」の売り上げは前年比1.5倍になった。失敗もうまく使えば、マーケティング上の大きな成果につながる。

画像提供=日清食品

気をつけていても失敗は起こる。だが慌ててはいけない。起きてしまった失敗には、真摯に向き合い、対策を重ねる。そうすれば、その後のマーケティング活動は確実に高度化する。

いやその前に、気を落ち着けて、考えてみるべきことがある。マーケティング活動の組み立てを見直せば、失敗に見えていた活動が別のところで大きな価値を生み出すかもしれないのだ。

失敗とは、何らかの前提のもとでの価値判断である。

■後発だった阪急がウリにした「ガラアキ電車」

関西の大手私鉄の一角をなす阪急電鉄。神戸線が開通したのは1920年のことである。当時の沿線の人口は少なく、「ミミズ電車」と揶揄された。人家はまばらで、竹林や田畑が広がる田園地帯を、阪急カラーの小豆色の車体がつらなって走れれば、それはミミズのように見えたかもしれない。そんなミミズが、乗客の数で採算を合わせることは、そもそも難しいと見られていた。

「綺麗で早うて、ガラアキで、眺めの素敵によい涼しい電車」

これは創業者の小林一三氏が自ら書いたという広告文である。「ガラアキ」とは大失敗に開き直った自虐ネタにも見えるが、鹿島茂氏は別の見方を示している(『小林一三』中央公論新社、2018年、p.151)。

沿線の住宅開発の余地が大きいことを見越して、不動産収入を加えて採算を合わせる。このようなビジネスモデルを小林氏は考えていたはずであり、ガラアキ電車には、通勤の快適さを訴求し、分譲住宅地の購入をうながすねらいがあったと見られるのである。

当時の関西において、阪急電鉄は後発の鉄道会社であり、先行する大手事業者を押しのけて条件のよいエリアに参入することは、かなわなかった。しかし、既存の成功企業では失敗の烙印を押されるエリアにおいて、別の発想で収益の道筋を見いだすことができれば、競争戦略のアポリア(困難、行き詰まり)を突破できる。失敗を起点とするからこそ生まれる、後発企業にとっての突破口である。

阪急電鉄神戸線のように、乗客収入にたよる前提だと失敗に見えた事業も、不動産収入などを加えた展開へとビジネスモデルを切り変えれば、収益事業に転じる。

こうした領域は、当初は競合企業が存在しなかったり、参入に出遅れたりすることになりやすく、競争戦略上の利点がある。

■「盗難防止用」だったGPSの意外な活用法

コマツもまた、「建設機械用GPS」という誰も購入しないサービスを開発してしまった。しかし、どのような事業活動との組み合わせで収益化するかを見直すことで、間接的な販売拡大への貢献を引き出している。それが2000年にリリースした「KOMTRAX(コムトラックス)」だ。

KOMTRAXとは、GPSを用いた建設機械の稼働管理システムであり、世界のどこに自社の建機があっても、コマツはその所在地と稼働状況を日々把握できる(沼上幹『ゼロからの経営戦略』ミネルヴァ書房、2016年、p.134‐143)。

コマツがKOMTRAXの開発に着手したきっかけは、当時の日本において、建機を盗んでATMを破壊し、現金を奪う事件が多発したことだった。建機が盗まれても、すぐに追跡できるようにすることで、事件を防止できないか。このようにコマツが考えたことから、建機にGPSを付け、位置情報とエンジンの稼働状況を確認できる管理システムが生まれた。

しかし当初、有料オプションとして販売したKOMTRAXの販売は低迷した。

ではコマツはどうしたか。KOMTRAXを自社の建機の標準装備とし、建機の販売価格の2%程度となる装備費用は、自社で負担することにしたのである。

販売目標が未達のサービスを自社負担で標準装備する。意外な展開に驚かれるかもしれない。だがこの判断には理由があった。コマツは、販売の失敗の理由を、KOMTRAXを使ったことがない顧客には、その価値が見抜けないからだと考えていた。それなら標準装備にして使ってもらった方がよい。

こうしてコマツのすべての建機にKOMTRAXが装着されることになった。

顧客だけではない。コマツにもまた、やってみると、わかることがあった。KOMTRAXの標準装備後のコマツは、建機の販売後の稼働状況をグローバルに把握できるようになった。そして各国や地域のどこにどのような部品を取りそろえる必要があるかを、高い精度で予測しながら保守サービスを展開できるようになった。

さらに建機の買い換え時期を、より早期に予測することも可能になった。コマツの生産計画の狂いは低下し、生産性が向上した。また、販売後の稼働とメンテナンスの履歴が明確に残るようになったことで、コマツの建機の中古市場での価値も高まった。

当初は失敗かに見えたKOMTRAX。しかし、標準装備に踏み切った後は、さまざまな気づきを得るポジティブ・ループが回り出し、収益上の貢献を果たすようになっていく。

■いいワインは「品質が不安定」だから高くなる

フランスをはじめとするヨーロッパには、ファインワインと呼ばれる、伝統的なワインの製法を大切にしたワインのジャンルがある。ロマネ・コンティやドン・ペリも、ファインワインである。

しかしファインワインは、マーケティング上の重大な問題をかかえている。ファインワインは、近代的な大量生産の手法を取り入れてきたカジュアルワインと比べると、流通上の取り扱いが難しい(栗木契「『安いレクサス』を誰も欲しがらない理由」プレジデントオンライン、2017年参照)

フランスなどでは、ファインワインの生産については、産地や格付けごとに使用するブドウの品種はもとより、収穫する畑、栽培方法などが厳格に定められている。ブドウは果実であり、麦や米といった穀物と比べると、収穫は不安定であり、備蓄の難度も高い。さらにファインワインではそこに、先のような畑や栽培方法の制約が加わる。畑によって、そして年ごとに実りの具合は異なるのだ。

したがって同じブランドでも、年によって味わいの変化は避けがたく、生産量も不安定となる。これがファインワインの宿命であり、商品としての安定した品質や供給は望めず、扱いにくい。

しかし、ファインワインの生産者たちは、生産方法の近代化によって、この欠点を克服したり、取り除いたりすることとは別の道を選択してきた。近代的な生産管理の原則からすれば、失敗の放置といってもよい。しかし生産上の失敗を、あえて克服しようとしなかった結果として、年によって異なる味わい、あるいは多様な個性を楽しむという、ワイン独特の消費のスタイルが生まれている。

ファインワインは、人気が出たからといって、同じ商品を大量に安定供給できるわけではない。一方でファインワインには瓶のなかでも熟成が進み、保存年数が長いという特徴がある。そのためにファインワインでは、年号物(ヴィンテージ)の価値が高まりやすく、長く保持していると高値での販売が可能になったりする。

■ユーモアで対応できれば失敗は成功に変わる

さらにワインの独特の消費のスタイルは、近代的な生産管理から見たときの失敗を逆手にとることから生まれている。このような領域では、伝統的な小規模事業者が、大資本の傘下に入らずに、付加価値の高い事業を独立して行っていくことが可能になる。

こうした競争戦略上の各種の利点に加えて、冒頭の事例で述べたように失敗は話題になりやすい。10分どん兵衛のように、自社の事業にとっての致命傷となる失敗でなければ、ユーモラスに対応することで話題を広げ、認知を高めていくことができる。そこでは、失敗を一律に避けるのではなく、それが他者にどのように受けとめられるかの判断力が重要となる。

一般にマーケティングの目的は、売り上げの拡大や、利益の増大である。そして企業は、その実現のための下位目的として、安定したスムーズな供給や、使用方法の理解の普及などの達成を目指す。本稿では、こうした目的の達成がかなわなかった失敗事例を紹介した。

しかし、こうした失敗も、稼ぎ方の組み立てを変えることで、大きな収益源に転じることがある。競争企業が注目しておらず、話題になりやすいことも、失敗の利点だといえる。失敗を恐れてはならない。

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栗木 契(くりき・けい)
神戸大学大学院経営学研究科教授
1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『デジタル・ワークシフト』、『マーケティング・コンセプトを問い直す』、などがある。

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(神戸大学大学院経営学研究科教授 栗木 契 画像提供=日清食品)