20代、30代の頃とは比べ物にならないほどの悩みを抱える、東京のアラフォー妻たち。

肌や髪の衰えだけではない。夫との関係、子育ての苦悩、女としての様々な葛藤…。

だが、彼女たちには、強さがある。若い時期を貪欲に生き、濃厚な時間を過ごしてきたからこそ、小さなことではくじけないのだ。

華やかな世界の裏で繰り広げられる、アラフォー妻たちのリアルな日常を、少しだけ覗いてみようー。

すべてを手に入れたように思えるサロネーゼ妻、朋美(41)。優しい夫に自慢の子供たちと暮らす幸せな日々が、娘のとある一言で急激に崩れ始めてしまう。




幸福なサロネーゼの闇


「先生?先生、どうしたんですか?」

生徒の1人に声をかけられて、私はハッとした。

無意識に考え事をしていたせいで、当初予定していたものとまったく違うアイシングを施してしまっていたのだ。

アイシングクッキーの技術を学び、自宅サロンを開いて8年間、今までこんな単純なミスをしたことは一度たりともなかった。

「ごめんなさいね。すぐにやり直しするわ」

私は慌てて笑顔を作り、意識していつもの先生スマイルを作る。

だがー。

ーママのせいで、悠人は一人じゃ何もできない子になった
ーパパが浮気してるからって子供のことばっかりコントロールしている

先週娘の麗華から言われたこんな言葉が、脳裏にこびりついて離れないのだ。

今までは、"高輪のタワーマンションで、愛する夫と子供2人と幸せに暮らす朋美先生"というアイデンティティがあるからこそ、自信を持ち続けることができていた。

だが、その幸せが崩れ始めようとしている今、自信を持って何かを教えるのはとても難しい。来てくださる生徒さんのために必死で考えないようにするものの、レッスン中、こうして何度も娘に言われたことを思い出してしまう。

たしかに私は、悠人を甘やかし過ぎていたかもしれない。だけど、夫が私を裏切っているなんて、今まで考えたこともなかった。

ー私を騙してたの…?浮気してるって、本当なの…?

止まらないネガティブな感情を振り払い、やっとの思いでなんとかその日のレッスンを終えたあと、ふと生徒の1人に呼び止められた。


普段と様子の違う朋美を呼び止めた女とは?


「浮気も娘さんの失敗も、コントロールしようとしないことです」


「先生、今日はなんだかいつもと様子が違いましたよね…。顔色もすごく悪いですよ…。失礼ですけど、何かありました?」

そう声をかけてきてくれたのは、麻衣子だ。

このサロンに来てくれている生徒の中では割と年が上な方で、今年で38になる。昨年結婚をしたばかりで、子供はいないという。

私と彼女は年齢が近いこともあり、日頃からわりと何でも話し合える間柄なのだ。

「もしよかったら、お茶しません?」

普段はあまり生徒さんとお茶をすることはないが、他でもない麻衣子の誘いということで、連れられるまま私たちはシェラトン都ホテル東京の『ロビーラウンジ バンブー』に向かった。




「それじゃ、ご主人が浮気しているかもしれない、ってことですか?でもそれも娘さんからそう言われただけで、ご主人に確認はしてない、と」

38歳とは思えない、美しくきめの細かい肌を保つ麻衣子は、驚いた様子で言った。

たしかに夫にはまだ、ことの真相を確認できていない。

というのも、あの日。

なぜパパが浮気をしてるなんて思うの?と問いかけた私に対し、娘はグッと黙り込んでしまったのだ。

その沈黙が何を意味するのかは、わからない。夫に聞いてみたいとは思うものの、この歳になって夫の不貞を知り、家庭や今の生活を壊すのも怖かった。

麗華と彼氏の高杉くんのことも気になって仕方がないが、娘はあれ以来、大事なことは私に何も話してくれない。

「娘さんの言ってることが本当かどうかは別として…朋美さん、ご主人が浮気してるって思ったこと、一度もないんですか?」

「思ったことないわけじゃないけど…」

義父の会社を継いだ夫は、とにかく忙しい。

出張で家を開けることもしょっちゅうだし、帰宅時間も不規則だ。

だが、それでも夫婦仲が悪いというわけではない。私は夫を愛しているし、夫婦の時間も多い方だと思う。

仮に夫が本当に浮気をしているとしたら、私の女としての努力が足りないということだろうか。

そんな風に考えているのを見透かしたように、麻衣子は言う。

「こんなこと、結婚したばかりの私が言うのもおかしいですけど…。もし旦那さんが浮気してたり娘さんがダメな男と付き合っていたら、もちろん傷ついたり心配だったりするのはわかります。でも、それって朋美さんがいくら頑張ってもコントロールできないことですよね…。」

たしかに麻衣子の言う通り、麗華は子供とはいえ1人の意思を持った人間だ。16歳にもなれば自分なりの価値観が出来ているだろう。もともとは他人だった夫なら、なおさらだ。

「だからね、朋美さんだけが思い悩んであんな風に落ち込んでるのって、なんだか無駄な気がしちゃって。はっきり言って、あのままじゃ生徒さんだって離れていっちゃいますよ。私は先生のサロンが好きだから、そんなの寂しいです。

なるようにしかならないってドンと構えて、あまりご家族のことで悩みすぎずに、いつもの笑顔の先生でいて欲しいなって思います」

母親として妻として。家族のことを考えない日はなかった私にとって、麻衣子の考え方は全くなじみのないものだ。

だが、私とサロンのことを思って発言してくれた麻衣子の考えに、不思議と救われたのも事実だった。


38歳のDINKS妻・麻衣子が朋美に訴えたかった真理とは


家族に過度の期待と幻想を押しつけない


麻衣子と話して数日後のこと。

夕飯を終え、宿題をする悠人の隣で明日のレッスンの準備を始めた私に娘が声をかけてきた。

「ママ、ちょっといい?」




麻衣子と話すまでは、娘の彼氏の様子がおかしいことが気になって仕方なかった。

母親としては当然の気持ちだが、どんなに声をかけても、麗華の心は閉じたまま。

だが、一旦諦めて気長に待とうと思えた瞬間、麗華の方から話しかけてくれたのだ。

「どうしたの。お部屋いこっか?」

悠人をリビングに残し、娘の部屋へ行く。

初めは気まずそうにしていた娘だが、やがて意を決したように話し始めた。

「あのね…。私、高杉くんと別れることになったんだ。友達にも話聞いてもらったんだけど、やっぱり束縛がありえなくて。一応ママにも報告しとこうかなって」

こちらがいくら心配しても、もう育ってしまった娘を完全にコントロールすることは、やはりできない。でも、娘はこうして、自分できちんと正しい決断をしているのだ。

私は心からホッとした。

「あとさ、ごめんね。パパが浮気してるとか、変なこと言って…。あれ、嘘だから忘れて」

「いいのよ、気にしないで」

娘はそう言ってはくれたが、もしかしたら彼女は、本当にどこかで夫が浮気をしている証拠でも見てしまったのかもしれない。

よくよく考えてみれば、浮気のチャンスなどごまんとある我が家の夫だ。平和な夫婦生活の裏で、何かがあったとしても決しておかしくない。

そう、真実なんて、誰にもわからない。

そして、真実を突き止めたからといって、果たして幸せになれるのだろうか?

だから、私は決めた。

スマホを見たり、出張中に夫の行動を監視したりすることは絶対にしない。

私は夫を愛しているし、彼が私にしてくれること、家族のために働いていることを感謝し、彼を尊敬している。だから、夫の行動を信じようと思った。

「ママ〜」

リビングから、私を呼ぶ悠人の声が響く。

たしかに麗華の言う通り、私はこの14歳の息子に甘い。

世話を焼き過ぎてはいるが、それは彼と私が居心地の良いペースで進めてきたことだ。麗華を彼氏と別れさせるためにコントロールしようとしたのとは違う。

息子が私のことを嫌がった段階で、徐々に距離を置いていけばいいだろう。

絵に描いたような幸せな家庭という、自分の頭の中で作り上げた虚像の上でなんとかアイデンティティーを保っていた私だったが、内情はこんなものだ。

どの家庭にも、少し覗けばいろいろな闇がある。

だけど私は…敢えて自分自身でその闇に踏み込まないことを決めた。

私が"朋美先生"としての顔を持つように、夫にも娘にも、私の知らない彼らの世界がある。

けれど私には、悠斗がいる。

私のことを心から信頼し、何を決断するにも私を頼ってくれ、私を本当に愛してくれる悠斗がいる。

だから、夫の不貞を暴こうと疑心暗鬼になったりもしないし、嫌がる娘のプライベートを詮索することもしない。誰にも迷惑をかけていない息子との関係を不必要に思い悩まない。

そして明日からもまた、朋美先生としてみんなの憧れる笑顔を振りまくのだ。

▶NEXT:3月6日 水曜更新予定
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