アップルの創業者、スティーブ・ジョブズはプレゼンの達人といわれる。だが下手に真似すると、プレゼンは大失敗となる恐れがある。トップ・プレゼン・コンサルタントの永井千佳氏は「ジョブズがプレゼンの理想型と思っている人が多いが、それは大きな勘違いだ。まず自分のタイプを見極めて、自分にあったプレゼンをすべき」と指摘する――。

※本稿は、永井千佳『緊張して話せるのは才能である』(宣伝会議)の一部を再編集したものです。

2007年09月19日、ベルリンでiPhoneのプレゼンテーションをするスティーブ・ジョブズ氏(写真=dpa/時事通信フォト)

■自分のプレゼンタイプを見極める

自分らしくふるまうと、普段の生活でも楽ですよね。

プレゼンも同じです。自分らしくふるまえば、緊張するプレゼンもぐっと楽になります。出来不出来の差も少なくなります。

「でも、自分らしくってどうすればいいの?」と思いますよね。実は皆と違う自分らしさを見つける方法があります。それが、「トッププレゼン・マトリックス」です。

トッププレゼン・マトリックス(画像提供=『緊張して話せるのは才能である』)

社長さんや役員さん向けに作ったものなので「トップ」という名前が付いていますが、すべての人が使うことができますので、ご安心ください。

永井千佳『緊張して話せるのは才能である』(宣伝会議)

これは「感情重視‐ロジック重視」と「自然体重視‐個性重視」で整理して、話し手を「パッション型」「信念型」「ロジカル型」「優等生型」の4タイプに分類したものです。どのタイプが良い・悪いということはありません。それぞれに強みと課題があります。これを考えることで、自分らしさを活かした、訴求力あるプレゼンができるようになります。

プレゼンで話す時は、自分の強みの土俵に引き込みましょう。

実際に多くのお客様にこのトッププレゼン・マトリックスを使ってコンサルティングをして、ご自身の分析をしていただいたところ、数多くの反響をいただきました。

「自分のスタイルで話せばいいと分かり、安心しました」
「アップルのスティーブ・ジョブズがプレゼンの理想型だと思っていました。でもそうではないことが分かりました」
「このマトリックスで自分のプレゼンを分類してみたら、自分の思い込みとはまったく違う結果になりました」

■“イタい”プレゼンが生まれ変わった

このマトリックスで自分のタイプを見極めれば、自分の強みの土俵でプレゼンできるようになるのです。

コンサルティングにいらした営業のタカハシさんは、最初は「スティーブ・ジョブズのように、カリスマ性を感じさせて聴き手を支配するような、カッコいいプレゼンをしたい」と希望していました。そこで実際にジョブズ・スタイルのプレゼンをしていただいたのですが、どう見ても不自然。

ジョブズのように大きな身振り手振りを交えてプレゼンするのですが、自分の言葉で話しているように感じられず、まるで上から糸で操られている操り人形のように見えてしまうのです。小学生の学芸会のように無理に演じている感があり、“イタい”のです。そこで、マトリックスで分析してみると、タカハシさんはご自分が希望する「パッション型」ではなく「信念型」でした。このタイプに合わせて、大げさな身振り手振りはあえて抑えて、自分の信念を訥々と語るようにしたところ、とても説得力があるプレゼンができるようになりました。

実は自分が思っているタイプと、周囲が思っているタイプが違うことは、とても多いのです。

このマトリックスでまず自分がどのタイプかを考えてみた上で、同僚や家族など、身近な人にどう思うかを聞いてみることをおすすめします。あなたのプレゼンを見るのは、他人です。正しいのは、周囲の人が見たタイプです。

それぞれのタイプごとの傾向と対策、そして何を話せばいいかを具体的に見ていきましょう。自分がどのタイプかイメージしてみてください。

■「パッション型」はロケットスタートで

パッション型の人は、普段もパッションを出して仕事をしています。だからいつもの仕事の状態をそのまま活かせば、説得力が出ます。具体的には、たとえば現場目線で話す、仕事の現場感を出すなど。お客さんの懐に入るのが上手いので、プレゼンでも採り入れてください。聴き手とのコミュニケーションがポイントです。

・思いきりよくロケットスタート

冒頭から格好つけずに、たとえばお客さんにいつもしている「いらっしゃいませ〜!」というときの勢いを出します。プレゼンで「今日はいらっしゃいませ〜!」と言ったパッション型もいます。ポイントは、「ロケットスタート」です。大きな声も武器になります。インテリぶると良さが活きません。多少雑になる部分があってもOK。思い切りやることです。冒頭から飛ばすのは怖いですが、手足や声が震えても、なるべく早い段階でお客さんを自分の「強みの土俵」に引き入れることです。

パッション型は、勢いを出すと自分のリズムに乗ることができます。元気なオーラを発散するために本番当日はよく寝て臨んでください。前日の飲み会は控えましょう。

■小泉進次郎議員の話し方を参考に

・むちゃ振りしていい

メンバーに、「詳しい人に説明してもらいます、○○さん、お願いしまーす!」という感じで、思い切り振ったりするのもOKです。

ある小売業のS社長のプレゼンでは、お客さんから商品リクエストがあったとき間髪入れずに、「ヤマダぁ〜! 聞いてる〜! お願いね!」と、担当者さんに大きな声で振って、好感度抜群でした。いつものメンバーに声をかけることで、空気を仕切る主導権を握ることもでき、「この人は仲間を大切にする人なんだな」という印象も伝わります。

・パッション型の人物例:小泉進次郎議員

常に現場目線を失わず、自分の言葉で話す。演説では聴き手に呼びかけるのが得意技。意外にダジャレも言う。強い視線と低く響く声からパッションが伝わってくる。小泉進次郎議員がオドオド話したら強みが活きません。

■「信念型」は決め台詞で記憶に残す

表にパッションを出さなくても、強い信念を持って取り組んでいます。だからプロジェクトを立ち上げたきっかけ話や、なぜこの仕事をしているか、という信念を語るといいのです。

・「決め台詞」で記憶に残す

自分の仕事や人生に対する信念で「決め台詞」を作ると、強い印象を伝えることができます。そして決め台詞は、繰り返し使うことで、「この台詞の人ね」と記憶されます。たとえば元日本IBM会長の北城恪太郎さんは、プレゼンでは必ず「あたま」(「あかるく、たのしく、前向きに」の略)という言葉を使うので、常に前向きでポジティブな印象を聴き手の記憶に残します。

■羽生結弦選手の語りには引き込まれる

・「自分語り」が共感される

テーマと関係ある「自分語り」をしましょう。「自慢話と受け取られないか?」と心配される人もいますが、不思議と信念型ならばそうなりません。自分の信念があるので、自分語りをすることで共感され、強みが活きるからです。失敗談やしんどい経験を語れば効果抜群。ただダラダラと長くなりやすいので、内容はまとめて話すことです。

・信念型の人物例:羽生結弦選手

決め台詞の「羽生語」を駆使し、独特の自分語りにも引き込まれる。必殺技は世界一のジャンプ。

■「ロジカル型」は数字遊びで笑いを誘う

論理的に整理立てて話すのが得意。数字にめっぽう強い。反面、ロジカル型はとっつきにくい面もあり、感情面を軽視しがちです。そこで強みを活かして、弱みを補う戦略が必要になります。

・「数字遊び」で笑いを誘う

得意の数字で語呂合わせして覚えてもらうのもいいでしょう。「私の久美子という名前のとおり、93万5000円で発売します」など、自分の名前を語呂合わせしたり、「25.9度の角度で『ズゴック』(アニメ「機動戦士ガンダム」の戦闘用ロボット)です」など、数字を言葉に置き換えれば、得意な数字の強みを活かして、聴き手も受け入れやすくなります。

ポイントは、あくまでまじめな表情で言うこと。その方が、面白味が際立ちます。ウケなくても気にしないことです。さらに面白味を加速させます。誰かの「クスッ」という笑いがもれれば大成功。「クスッと笑い」は氷山の一角と心得ましょう。みんな心の中で爆笑しています。しつこく繰り返せば、どこかで耐えきれなくなり、必ず全員が笑い出します。

■「中学生でもわかる」話し方を

・「暮らしの言葉」で伝わりやすく

ロジカル型は、専門用語を多用しがちなところがあります。カタカナ用語は難しいことを一言で説明できるメリットがあり便利なので、ロジカルな人ほど多用しがちです。でもプレゼンの鉄則は、どんな人でも分かる言葉で話すこと。「中学生でも分かること」を目安に、分かりやすく話してください。

私はこれを「暮らしの言葉」と呼んでいます。もし感覚が分からなければ、一度家族の前で話してみてください。家族が理解できれば、暮らしの言葉で話せています。もし家族が理解できなければ、それは本質的なことを話していない証拠です。プレゼンは、暮らしの言葉で話しましょう。

・ロジカル型の人物例:日銀の黒田東彦総裁

数字に正確でロジカルな説明は一級品。仕事は頑固で無表情。しかしたまに見せる笑顔は驚きのチャーミングさで、見られればラッキー。財務省内の愛称は「クロトン」だそうです。愛称に人柄がにじみ出てます。

■「優等生型」なら存在感を消していい

礼儀正しく、決して道を踏み外さず、まじめ。4タイプの中で最もプレゼンが面白くないタイプ。でも決してがっかりする必要はありません。トリセツ通りにやれば、最強のプレゼンになる可能性を秘めています。

・存在感は、消していい

他の3タイプと比べて、優等生型は存在感が薄いのが特徴です。こんなときは、無理に存在感を出そうとすると、逆効果で「イタい」ことが多いもの。むしろあえて、いるのかいないのか分からないくらいに「存在感を消す」。ムリして存在感を出そうとすると強みが活きません。ひっそり立っていて「いたの?」と思われるくらいにすると、かえってあなたらしさが引き立ちます。

・「下手ウマ」が心地いい

優等生型が無理矢理雄弁に語ると、強みは活きません。いつも通り、ゴツゴツ話したり、ぽつぽつ話したりしてください。おじいちゃんがいろりの横で昔話を話すイメージです。無理に格好をつけないことで、人は心地よく話を聞いてくれます。

■プライドを少し捨てれば周りが盛り上げてくれる

・「いじられキャラ」に徹する

優等生型は、意外といじられるのが似合います。チームメンバーにいじられても温厚そうにニコニコしていること。決して不機嫌になってはいけません。小学校のクラスにそういう人がいませんでしたか? ニコニコするだけで、ものすごく好感度が高くなります。

皆も安心して面白いことを言ってきます。プライドを少しだけ捨てると、あなたの周囲がどんどん盛り上げてくれます。

・優等生型の人物例:カラテカの矢部太郎さん

周囲への気遣いを欠かさず、素朴な語り口調は好感度が高い。もし矢部さんが雄弁に話し始めたら商品価値が落ちてしまいますね。

このようにジョブズの真似をする必要はまったくありません。たとえ緊張していても、ご自分のタイプを見極めた上で何を話すかを決めれば、より相手に強いメッセージを訴求できるようになります。ぜひお試し下さい。

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永井 千佳(ながい・ちか)
トップ・プレゼン・コンサルタント、ウォンツアンドバリュー 取締役
桐朋学園大学音楽学部演奏学科卒業。極度のあがり症にもかかわらず、演奏家として舞台に立ち続けて苦しむ。演奏会で小学生に「先生、手が震えてたネ」と言われショックを受ける。あるとき緊張を活かし感動を伝えるには「コツ」があることを発見し、人生が好転し始める。その体験から得た学びと技術を、著書『緊張して話せるのは才能である』(宣伝会議)で執筆。経営者の個性や才能を引き出す「トップ・プレゼン・コンサルティング」を開発。経営者やマネージャーを中心に600人以上のプレゼン指導を行っている。また月刊『広報会議』では、2014年から経営者の「プレゼン力診断」を毎号連載中。50社を超える企業トップのプレゼンを辛口診断し続けている。NHK、雑誌「AERA」、「プレジデント」、「プレシャス」、各種ラジオ番組などのメディアでも活動が取り上げられている。その他の著書に『DVD付 リーダーは低い声で話せ』(KADOKAWA /中経出版)。 永井千佳オフィシャルサイト Twitter:@nagaichika

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(トップ・プレゼン・コンサルタント、ウォンツアンドバリュー 取締役 永井 千佳 写真=dpa/時事通信フォト )