「味」をシェアする時代が到来!? 味覚を変えるテクノロジー「電気味覚」とは

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「電気味覚」とは?

映画のキャラクターが食べている料理を見て、「どんな味だろう?」と思ったことや、「美味しそう!一緒に食べたい!」と夢見た経験はないだろうか?

スクリーンのなかのキャラクターと、同時に同じ味を楽しむ……そんな夢が叶う日は、実はそう遠くないかもしれない。

その実現のカギとなるのが、「電気味覚」という技術だ。

電気味覚と聞いて、馴染みのある方はそう多くないだろう。今回明治大学の宮下研究室にご協力いただき、編集部が実際に体験してみた。

(C)FUTURUS

こちらは『無限電気味覚ガム』を体験している様子。この小型の装置をガムのように噛むと、先端から舌に電気が流れ、味を感じるという。実際に体験してみると、確かに“金属の味”が感じられた。

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ほかにも、顎と首に電極を貼り電気を流すことで、飲み物の味を変えてしまう実験も。

電気を流す前はごく一般的なスポーツドリンクの味だったが、電流発生中に飲んでみると、顎に伝わるビリビリした感覚とともに、甘味としょっぱさを同時に感じる。電流を止めると、元のスポーツドリンクの味に戻った。

「電気の力で味が変わる」という、なんとも不思議な電気味覚の秘密について、宮下研究室に取材した。

噛むたびに味がする!? 「電気味覚ガム」の秘密

――:これらの不思議な体験を可能にする電気味覚とは、いったい何なのでしょうか?

宮下教授:電気味覚とは、舌に電気刺激が与えられたときに感じる味のことです。個人差はあるものの、金属の味や塩味、酸味、苦味を感じることが多いといわれています。

宮下研究室では、この電気味覚を日常生活に活用するために研究を進めています。先ほど体験してもらった無限電気味覚ガムの実験も、その一例です。

大場さん:“電気”ということで、やはり発電装置が必要なのですが、口の中に入れるものなので小型な方がいいですよね。そこで無限電気味覚ガムでは電池やケーブルを使わず、噛む力で電気を起こし、味覚を発生させるというシンプルな仕組みにしました。

研究室M2の大場さんが考案した無限電気味覚ガム。直径2cmほどのサイズで、電極に舌を当てながら装置を噛み続けると、金属の味や塩味が感じられる。

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――:本当に“ガム”のようですね!この装置では、甘味や酸味も感じられるのでしょうか?

大場さん:金属味や塩味などの“電気で再現しやすい味”は成功していますが、甘味や酸味の再現はまだ難しいです。温度によって味覚が変化することをヒントに、現在実験を進めているところです。

――:そういえば“電気”と聞いて舌が痺れないか心配でしたが、特にビリビリした感覚もなくて意外でした。

宮下教授:電気味覚の研究自体は、約60年前ごろから医療分野における味覚検査機器の開発から始まっていて、安全性は確立されているので、痛みや体への害については心配いりませんよ。

そもそも電気に味があることは、約200年前の研究から知られている事実なんです。もし音を聴く技術が聴覚検査に限定されていて、日常生活にイヤホンがなかったら……と想像してみてください。今はそれとまったく同じ状況なんです。

世界初!後味の増強&延長に成功

宮下教授:甘味といえば、電極を用いた上野さんの実験では甘味を感じられたうえに、後味が長く感じられたり、強まったりもしましたよね。甘味の再現や、後味の延長、増強に成功したのは、上野さんが世界初なんですよ。

左から、電極を用いた味覚研究を進める上野さん(M1)、宮下教授、無限電気味覚ガムを考案した大場さん(M2)

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宮下教授・上野さん:今回はスポーツドリンクで実験してもらいましたが、例えばビールの“のど越し”を長続きさせたり、ワインの“酸味”を減らしたりすることもできるかもしれません。

――:それは、お酒を飲むのがもっと楽しくなりそうですね! ぜひ実現してほしいです。

電気味覚実用化の未来

――:電気味覚研究の社会実装としては、どのようなイメージをお持ちですか?

宮下教授:身近なところでいえば、食事制限への活用です。例えばダイエット中は好物を我慢するストレスを抱えがちですよね。そこでダイエット食に電気を流して好きな味付けを再現すれば、ストレスは軽減され満足感を得られると考えています。

――:確かに、好みの味ならダイエット食でも辛くないかもしれません。

宮下教授:同じ原理で、高血圧や糖尿病によって食事制限が必要な場合も、減塩食や療養食に塩味や甘味を発生させれば、患者さんはストレスの軽い食生活を送れるでしょう。
もっと身近な例で言えば、好き嫌いの克服やアレルギーにも有効です。つまり電気味覚で味覚を独立させることで、舌での味わうことの制約をなくそうという試みです。

――:それは食生活が劇的に変わりそうですね!

研究室の卒業生の中村裕美さんは、2016年に『NO SALT RESTAURANT』を開催(企画立案・全体統括 ジェイ・ウォルター・トンプソン・ジャパン)。食物に微弱な電流を発生させる『電気味覚フォーク』を使うことで、塩味を感じられるという仕組みを開発(※プロダクト実用化は、ジェイ・ウォルター・トンプソン・ジャパン、aircordが担当)

(C)NO SALT RESTAURANT 制作委員会

映画スターと同じ味を体感できる!? 「食の幸せ」をシェアする時代へ

――:ウェルネス領域以外で、電気味覚を活用するアイデアはありますか?

宮下教授:実はエンタメ領域とも相性がいいんです。例えば映画館で、電流を発生させる装置がついた飲み物を片手に、吸血鬼が登場する映画を観ていたとしましょう。吸血シーンで電気を発生させ、そのタイミングで観客が飲み物を飲めば、スクリーンのなかの登場人物と同じ血の味を味わえる、といった体験も実現できます。

――:とても面白いアイデアですね!未来の“4D技術”といった印象です。

宮下教授:まだまだ研究が必要ですが、基本五味を安定して再現できるようになれば、活用の道は劇的に広がります。例えばSNSやWebメディアで料理の味をレシピとして配布したり、その味レシピを口内で再現できるポータブルプレーヤーをつくったり……。

このように、他のメディアと連動した仕組みがつくりやすいことも、電気味覚の特徴です。さらにいえば、電気味覚は国際問題の解決へもつながると考えています。

――:と言いますと?

宮下教授:私たちは、食糧危機の真の解決の糸口こそ電気味覚だと思っています。
食から得られるものは、栄養以外に“食べごたえ”や“満足感”もありますよね。途上国への食糧支援では、送れる食糧の質やボリュームに限界がありますが、テクノロジーの力で味わいや味覚のバリエーションを届けることはできます。“食べる楽しみ”を届けることで、食から得られる幸せをシェアできるのではないか、という発想です。

エジソンによる電球の発明がその後の“文化”を創造したように、電気味覚もまた、“未来の価値観”をつくっていく、人類にとって必要不可欠な技術だと確信しています。

単に“味を変える”だけでなく、テクノロジーの力で未来そのものや価値観を変えるような、大きな可能性をもつ電気味覚。

宮下研究室をはじめとする様々な研究開発の賜物として、電気味覚に対する社会の理解や実装もこれまで以上に進んでいくことだろう。今後も電気味覚研究の進歩から、目が離せない。

【取材協力】

明治大学 総合数理学部・先端メディアサイエンス学科 宮下研究室

左から、上野新葉さん(M1)、宮下芳明教授、大場直史さん(M2)

(C)FUTURUS

【画像】

NO SALT RESTAURANT 制作委員会