平日は東京都世田谷区在住で、週末になると千葉県いすみ市の古民家で過ごす福島新次さん(写真提供:福島新次氏)

「超プライベートな空間。無心になれて気持ちいいですよ」。そう語るのは、東京都世田谷区に住む福島新次さん(38歳)。週末を過ごす「別荘」の話題になると、そう笑う。

福島さんの別荘は、千葉県いすみ市にある築46年の古民家。2018年1月に500万円で購入した。福島さんのように平日は都心で過ごし、週末になると郊外や地方の別拠点に移動する「デュアルライフ」(2拠点生活)が今、注目を集めている。

若い世代の間で増加傾向

リクルートによると、デュアルライフの定義は、年間20日以上、自宅以外の特定の拠点で過ごすこと。その実践者は図のように増加傾向にあるという。住宅情報サイト「SUUMO」の池本洋一編集長は、「共働きで都心に暮らす若い世帯の間で、コンクリートの住宅地だけでなく、自然の近くで子育てしたいという欲求が高まっていることが背景にある」と話す。


ただ都心と地方の2拠点で過ごすとなると、住居費も二重にかかる。家賃の高い都心に暮らしながら、別荘を持つには、金銭的な余裕が必要となる。関心はあっても金銭面がハードルとなり、二の足を踏む人は少なくないだろう。

しかし、「年収500万円もあれば、デュアルライフはできますよ」と福島さんは言い切る。福島さん自身、デュアルライフを実践するため、資金繰りをかなり工夫したという。

奈良県で生まれ育った福島さんにとって、青春時代に身近にあったのが「川」だった。高校時代、バイクでよく奈良県南部の吉野川に繰り出し、友達と川遊びをした。「その原体験があるから、大人になったら自然の近くに住みたいという思いがずっとあった」(福島さん)。

就職して上京し、結婚してからも、その思いは変わらなかった。東京都心で営業の仕事に従事しながら、週末になると山梨や群馬へキャンプに出掛け、田舎暮らしに思いを馳せた。

そうした中、結婚して子どもが産まれ、住み慣れた東京・三軒茶屋で家を買うことを決めた。仕事は都内でアパレルのインターネットショップの営業をしている。自宅は職場に通いやすい三軒茶屋がいい。一方で、そこで一生暮らすかはわからない。「つねにフットワークが軽い状態にしておきたかった」(福島さん)。そこで、なるべく安く買って、高く売れる物件を意識して探した。

自宅購入と同時に「売り時」を意識

人気エリアの東京・三軒茶屋でも、駅から遠ければ売却しにくくなる。こだわったのは、「駅徒歩5分以内」の物件だ。見つけたのは築31年、広さ50平方メートルというマンションの一室。三軒茶屋から徒歩5分以内という好立地ながら、2480万円で売りに出されていた。

ただ、福島さんはすぐには手を出さなかった。値が下がるタイミングを待つと、2011年に東日本大震災の影響で不動産市況が冷え込み、物件を手放したいオーナーが500万円値下げし、1980万円で売りに出した。「今が買い時」と即決。2011年夏、住宅ローンを組んで購入した。

マイホームを手に入れたものの、福島さんがすぐに意識したのは「売り時」だ。「第2の拠点」を求めていた福島さんにとって、都会の自宅は賃貸でも構わなかった。むしろ高値で売れれば、その差額で田舎暮らしの拠点を購入できる。そう考え、売り時を見極めていると、不動産市況が回復した2017年、2500万円で売却できた。ローンの残りを差し引くと、780万円分の利益が出たという。

そのお金で、福島さんは自然豊かな、地方の「第2の拠点」探しを始めた。すると知人が千葉県いすみ市で、築46年の古民家が売りに出ていると教えてくれた。行ってみると川に近く、庭も広く、希望にぴったりの物件だった。建物は老朽化しており、壊して更地にする前提で、価格は700万円。だが、福島さんにとっては古民家の味わいも魅力。「壊さなくていいから値下げしてほしい」と売主に掛け合った結果、600万円まで値下げしてくれた。

ただ、それでも、引っ越し代などを加味すると、都会の物件売却の利益で賄えない。福島さんは「待とう」と決めた。「都心に遠く、すぐに住める物件ではない。この条件では買い手がつきにくく、いずれ値が下がると考えた」(福島さん)。

狙いどおり、その後、売主から条件交渉の連絡が入り、さらに100万円値引きした500万円での購入を実現。引っ越し代などを自宅売却による利益で賄うことができた。

いすみ市の別荘は350坪の広大な敷地に建つ。福島さんは平日は都内の賃貸物件で生活する一方、週末になると家族を連れ、古民家に通い、家具など生活用品を自作している。「いすみ市で仕事を見つけようとしても、思ったような仕事はなかなか見つけにくい」。そう語る福島さんにとって、現在のデュアルライフの満足度は高いという。「2拠点で生活して思うのは、東京暮らしのよさも田舎暮らしのよさも、それぞれを経験することで両方を実感できる」(福島さん)。

通勤圏外の物件にこそ価値あり

福島さんの2拠点生活を振り返ると、その実現には3つのこだわりがあった。1つ目は「低コスト」。「東京で5000万円以上の住宅を買い、住宅ローンに縛られていたら、おそらく2拠点目を購入することはできなかった」(福島さん)。1拠点目の住宅費の支出を抑え、マンション購入額と売却額との差額で儲ける不動産投資家としてのしたたかな戦略が2拠点生活を可能にした。


DIYで家具や風呂を製作。とくにDIYの経験はなかったが、「今の時代、ネットで調べたら簡単にできる」と福島さんは語る(写真提供:福島新次氏)

2つ目は「発想の転換」だ。いすみ市の自宅は、東京都心からは電車で2時間以上かかり、通勤圏には入らない。「だからこそ多くの人にとっては価値のない物件となり、値段がぐっと下がる」(福島さん)。田舎暮らし好きの福島さんにとっては、週末通うことはできるが、毎日通うには遠すぎるくらいの距離の物件のほうが魅力的だった。「お金をかけずにDIYで家具を作るのも楽しい。発想を変えればいい」(福島さん)。

3つ目が「目的」である。前述したように福島さんの田舎暮らしの原点は、高校時代の川遊び。その後、徐々に汚れていく川を目にして、「水をきれいにする文化をつくりたい」と思うようになった。今はいすみ市で生活の基盤を整えながら、将来的には自分の思いを形にするよう活動を広げていこうと考えている。「目的があるからこそ、資金繰りや物件探しも根気強く続けることができた」(福島さん)。

デュアルライフは、別荘で趣味を満喫したり、地域貢献の活動をしたり、将来の移住に備えて別の仕事をしたりと、形態はさまざまだ。その実現には、「二重の住宅費」というコストが不可欠。だが、発想や工夫次第でそのハードルはクリアできる。福島さんの実践は、そのことを如実に教えてくれる。