2月14日、伊藤忠商事の日本人男性社員が中国で1年もの間、長期拘束されていることが明らかになりました。繰り返される中国当局による外国人のスパイ容疑での逮捕劇。習近平政権はいったい何を守ろうとしているのでしょうか。台湾出身の評論家・黄文雄さんが自身のメルマガ『黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」』で分析・考察しています。

中国中国でまたもや発覚した日本人拘束

中国広州、伊藤忠社員を1年拘束 市国家安全局、スパイ容疑か

伊藤忠の40代の男性社員が中国に1年間もスパイ容疑で拘束されているというニュースです。具体的にどんな行為がきっかけで拘束に至ったのかという詳細は報道されていないのでわからないし、中国の報道官も「詳細は未確認」とのコメントしか出していませんが、拘束は事実です。

伊藤忠側も公式見解は出していません。朝日新聞の報道を以下に一部引用します。

社員は拘束当時、東京本社に在籍し、私的な旅行の最中に拘束されたとみられるという。数年前まで広州市のリニア地下鉄プロジェクトに従事し、その期間に関わる何らかの嫌疑がかけられたとみられるという。

 

別の関係筋によると、社員は中国に出張中、休みをとって旅行している時に拘束されたとの情報もある。具体的にどのような行為が問題にされたかは不明だが、「国家の安全に危害を与えた罪」に問われた可能性がある。広州市の裁判所で初公判が終わっているが、判決は出ていない。

● 伊藤忠社員を中国が拘束 1年前、私的旅行中か

以前のメルマガでも述べましたが、ここ数年で中国で日本人が逮捕される事件は少なくありません。彼らの容疑は一様にしてスパイ容疑です。

2015年、上海市で日本人女性が逮捕されました。東京都新宿区の日本語学校幹部で中国出身の日本人女性です。彼女はその後、スパイ罪で懲役6年の実刑判決を言い渡され、5万元(約82万円)を没収されました。

そのほか、「中国当局は15年5〜6月、日本人をスパイ容疑で相次いで拘束した。17年3月には温泉開発のための地質調査に入った邦人男性6人が山東省と海南省で拘束。うち4人は帰国したが、男性2人は正式に逮捕され、今年6月までに起訴された」

● 日本人女性に懲役6年 中国「スパイ罪」

朝日新聞によれば、「中国各地で2015年以降、スパイ行為などを疑われた日本人12人が拘束されたことが判明。今回の事例を加えて13人が拘束され、うち9人が起訴された。すでに4人に実刑判決が言い渡されている」

● 伊藤忠社員を中国が拘束 1年前、私的旅行中か

この背景には、中国の法整備が関係しています。

2014年11月、反スパイ法を施行したのを皮切りに、15年7月に国家安全法、16年1月に反テロリズム法、17年6月にサイバーセキュリティ法と国家情報法を相次いで施行しました。これは、習近平に権力を集中させるためでもあり、テロ対策や治安維持のためでもあります。

今の中国は、かつての貧しい第三国ではありません。世界を牽引するアメリカと対等な先進国としての地位を確立したつもりでいます。経済を優先させて急成長してきた中国は、国内のあらゆる面での矛盾も抱えています。貧富の差は広がるばかりだし、治安も悪い。なにより力をつけた国には諸外国からのスパイが競ってやってくるものです。

ただでさえ一党独裁の不透明な政治を行っているのですから、公にされては困るものは沢山あるし、スパイが盗むべきものも沢山あるわけです。そもそも、中国は人間不信社会ですから、誰も信用できません。そこで登場したのが反スパイ法などの国家安全法です。

反スパイ法では、日本人のみならず、カナダ人なども逮捕されています。例のファーウェイ幹部逮捕に対する嫌がらせです。中国は、反スパイ法で外国人を捕まえ、相手国にプレッシャーを与えることもよくあります。いわゆる「人質外交」です。

もっとも、建前としては、どの国もスパイなど絶対にいないと言っていますが、映画などにも描かれているように諜報活動はどんな国でもやっていることです。

日本はそうしたスパイへの対応策がないことから、「スパイ天国」と揶揄されていますが、日本にもスパイのような役割を持つ人はいます。

ここ数年、中国で逮捕されている日本人が本当にスパイだったのかどうかはわかりませんが、一部報道では、中朝国境で情報収集していた男性は日本のスパイだったという話もあります。

前回もこのメルマガで書いたように、中国においてスパイという存在は非常に歴史が長く、中国はスパイ養成に長けている国です。その一端として、ファーウェイの幹部事件もありました。

日本政府が使っていたファーウェイ製品を分解したら、中から「あってはならないもの」が出てきたとの報道もありました。世界各国に点在する「孔子学院」が相次いで閉鎖されているのも、孔子学院は中国人スパイの巣窟だということが世界でも認知されはじめたからです。

しかし、日本は諜報活動員を保護するノウハウを持っていない、諜報活動員が現地で拘束されたら保護するどころか、見放す傾向にあるという話もあります。まあ、スパイが捕まったときは見捨てるのがセオリーではありますが、逆にきちんと抗議して保護しないと、スパイだと言っているようなものです。

もちろん、スパイ行為はどの国でもやっていることであり、日本だけやっていないのでは、国際競争についていけません。

しかし、スパイ活動と命の危険は隣りあわせであり、スパイ活動を推進するなら、諜報員の保護は必須です。今回の報道にある伊藤忠の社員が、本当にスパイだったのかどうかはわかりません。本当はリニアの開発のための仕事の一環としての活動が、諜報活動とみなされたのかもしれません。

日本政府のスパイではなくても、国際企業として他国の情報を探るということは、当たり前のことですし、それが産業スパイとみなされてしまうこともありうるでしょう。とくに中国は、前述したように「人質外交」も盛んですから、細心の注意が必要です。

どちらにしても、日本は海外での邦人保護をもっと積極的に行うべきです。こうした国家間のトラブルはよくあることだし、トラブルに見舞われた国民を保護するのが政府の役割です。日本は国際的にもっと危機管理を徹底するべきだし、もっとずる賢く立ち回るべきでしょう。

中国人でさえ国家機密がどこまでなのかがわかっていません。かつてのジョークで、中国の小学生が教師に「先生、私の名前は国家機密ですか?外国人に自分の名前を教えてはいけませんか?」といったというのがありました。

また、日本の記者が中国で食堂に入り、メニューを取材ノートに記入したら「国家機密窃盗罪」で連行されたという話もあります。食堂のメニューまで国家機密ですから、中国とはじつに不可解な国です。

外国人に限らず、中国人の人権活動家や弁護士が連行されたというニュースは珍しくありません。

これは私が中国人の民主活動家の魏京生から聞いた話ですが、自分が外国人記者に話したことはほとんどが政府のトップが漏らした話で、国家機密の話ではないということでした。それでも彼は、「国家機密漏洩罪」で逮捕されました。

中国政府の公安組織は、政府各省庁だけでなく党や軍部も、それぞれ別の組織を持っているので、理由もわからず急に誰それが消えたという話はよくあります。それは、政府内の組織の数が多く、どこの組織がどういう動機で誰を連行したかについて、国家指導者すら把握できないのです。そのため、それぞれの組織が疑心暗鬼になり、先手を打って何か行動を起こすこともあります。

台湾から中国に渡ったビジネスマンは約100〜200万人ともいわれています。現在、中国から帰ってきた台湾人の間で言われているのは、「もう地獄に帰りたくない」です。

image by:  Flickr

武帝時代に広がった貧富の格差(1/1)文在寅政権と対決することは必然だった日本/「一国二制度」を台湾が受け入れられない理由(1/8)中国が世界一の科学国となることは人類の不幸/「日本語世代」が減少しても台湾人の日本好きは変わらない(1/16)GDP成長率低迷、動揺から強気に振る舞う中国(1/22)中国は歴史的に「人質外交」の国/台湾政界の風雲児「フレディ・リム」の描く台湾の未来(1/29)中南米で行われている米中の代理戦争(12/5)欧米で進む中国企業排除、アリペイと組むpaypayは本当に大丈夫か/スポーツですら侵略主義をむき出しにする中国(12/11)世界の分断が進む中で中国の独善が明らかになった1年/統一地方選挙から読む2020年の台湾とアジア情勢(12/18)レーダー照射は「ムクゲの花を咲かせたい」韓国の野心を表している(12/25)【年末特別号】中国の嘘がばれた2018年(12/30)アジア各国の社会問題をあぶり出す映画プロジェクトに期待(11/6)実より脳内ファンタジーが優先される韓国の反日の異常/台湾の選挙に介入する中国の実態(11/14)もっともルールを守らない中国がルール遵守を叫ぶ矛盾/台湾の映画賞まで台無しにする「習近平の言論弾圧」(11/21)台湾統一地方選挙は国民党が勝利したのか(11/28)中華社会とジェンダー問題/日本で歪められる台湾のニュース(10/31)なぜ中国は民主主義が永遠に不可能なのか(10/23)偽英雄である李舜臣の旗を掲げて日本を侮辱する韓国の愚/「国交を超える日台の絆を探る旅」を終えて(10/16)後出しの理由づけでゴネるのが中華の本質/中韓によるノーベル平和賞の政治利用に注意せよ(10/10)ハイリスク金融の破綻続々の中国、ついに景気悪化報道も規制/世界最大の自転車メーカーがつなぐ日台の絆(10/3)欧州はようやく中国の異常性に気づき始めた/台湾人外交官を死に追い込んだ中国のフェイクニュースの実態(9/25)建国70周年を迎える中国は米中貿易戦争に絶対勝てない/すべてが政治の中国に、娯楽作品は無理(9/18)日台の厳しい出版事情を相互交流で乗り切れ(9/12)メディアの教育を日本政府に要求するが、人民の教育もできない中国(9/4)「台湾製」表記を許さない中国でも避ける「中国製」/絶望的な中国の学生デモの現状(8/28)中国の妨害に屈せず「日本精神」で通じ合う台湾とパラオ/歴史的に監視大国だった中国が監視カメラとAIで行き着く先(8/21)終戦記念日を迎え、戦後73年の日台関係を考える(8/15)【終戦記念日にあわせてメルマガ発行日変更のお知らせ】(8/14)水不足の中国が金門島に送水する政治的思惑(8/7)国際大会を中国に阻止され、ますます強化された日台の絆(7/31)日台の絆を悪用して台湾人になりすます中国人/アフリカしか相手にしなくなった一帯一路(7/24)ついに中国で反・習近平の狼煙が上がった/中国に対して「Think different」できないアップル(7/17)台湾で環境保護運動が進む本当の意味/マナー無視の中国人が自らを窮地に追い込む(7/10)なぜ中国人は他人の不幸を喜ぶ民族なのか/米台接近に日本も加わるときが来(7/3)李登輝氏が沖縄で「為国作見證」を示した理由/日本人から「日本精神」が消える日(6/26)大阪地震への支援表明した台湾が目指す華僑支配からの脱却/もう韓国との付き合いを完全に変えるべき時だ(6/19)米朝首脳会談後、台湾を巡る米中激突が本格化する/日本時代の建物を残したいという台湾人の思い(6/12)天安門事件を直視できない中国に未来はない/アップルマンゴーの父が残した日本の作物技術(6/7)

MAG2 NEWS