「定年後は妻との関係を大切に」とよく言われる。ではどうすればいいのか。シニア層のライフプランニングに詳しい大江英樹氏は「定年後に『妻をかまったら喜ぶだろう』と考えるのは、夫の勝手な思い込み。適度な距離感を保ったほうが、良い関係を築ける」と指摘する――。

※本稿は、大江英樹『定年前 50歳から始める「定活」』(朝日新書)の一部を再編集したものです。

■定年後にいきなり関係がよくなるのか

※写真はイメージです(写真=iStock.com/svetikd)

「定年後に何よりも大切なのは家族、特に奥さんです。これからは奥さんとの関係を大事にして、できる限り同じ趣味を持ちなさい」

退職前のライフプランセミナーで講師からよく言われることです。私はこの言葉を聞くたびに、大きな違和感を覚えてきました。なぜなら、「これからは奥さんとの関係を大事にして」と言うけれど、今まではそうじゃなかったのか、だとしたら、定年後に関係が良くなるものなのか? と思うからです。

多くの人は「今までは仕事一筋で女房のことを構ってやれなかった」と言い訳しますが、それはあまりにも一方的です。だから定年後は妻のことを構ってやったら喜ぶだろうと考えるのは、夫の勝手な思い込みに過ぎません。

妻にしてみれば、長い間話しかけてもろくに答えてもらえず、コミュニケーションを図ろうとしても相手にしてくれない。そんな夫のことはとっくの昔にあきらめて自分のコミュニティをきちんと作っているのです。

それなのに、定年になって行くところがなくなってから、妻の世界にずけずけ入り込もうというのは、あまりにも虫が良すぎる話です。奥さんにしてみれば「いまさら何よ!」という気持ちだろうと思います。

ひと頃よく言われた「濡れ落ち葉」というのがまさにこれです。家の中でも外でも奥さんにべったりくっつこうとする。自分の居場所がないから、それを妻に求める。これではあまりにも身勝手な行動と言わざるを得ません。

■「妻を旅行に誘えば喜ぶ」勝手な思い込み

身勝手な行動の一つとして、よくある話に「退職後の旅行」があります。定年になって家に帰ってきた夫が妻に「世界一周旅行」のパンフレットを渡し、「今までありがとう」と言って妻が感激する。こんな内容のコマーシャルもテレビなどで見かけることがあります。そんな広告に影響を受けて、妻を旅行に誘えば喜ぶ、と勝手に思い込んで一人で旅行を予約してきたりする。

妻にしてみれば、「別に行きたくもないものを勝手に決められても迷惑」「既に自分のスケジュールだってあるから困る」が本音でしょう。もし一緒に旅行に行きたいのなら事前によく話し合って相談すべきです。そうすれば奥さんの気持ちも多少は理解できるでしょう。「きっと喜ぶに違いない、そのためにはサプライズが一番だ!」と考えるのは明らかに勝手な思い込みと勘違いです。

■勝手に地方移住を考える人も少なくない

もっとひどいのは、旅行どころか定年後に地方への移住を勝手に考えてしまうというパターンです。移住先は自分の出身地という場合もあるでしょうし、関係のない「田舎暮らしにあこがれて」という場合もあると思います。いずれにしても、これらの場合はもっと妻の意思を無視していると言わざるを得ません。でもそういう話も決して珍しい話ではないようです。

私の妻も友達から「夫が定年後に地方移住したいと勝手に言い出して困っている」という話を聞くこともあると言います。逆に奥さんから何の相談もなく、「これからは都心のほうが便利だし、友達もたくさん住んでいるから、今の家を売って都心のマンションに移ろうと思うの」と言われたらどう思いますか?「そんなこと勝手に決めるなよ」と思うはずです。でもひょっとしたら、あなたは同じことをやっているかもしれないのです。

「いや、うちはそんなことはない。妻とはコミュニケーションがちゃんととれているし、夫婦仲だって悪くない。そんな心配は無用だ」という人もいることでしょう。それならそれで大変結構なことです。でも妻とのコミュニケーションに一抹の不安を持つ人は決して少なくないはずです。そんな人の場合、定年後にどうやって妻と向き合っていけばいいのか、以下に述べます。

■一番大切なのは「相手の世界を尊重すること」

「夫婦は一心同体だから同じ趣味を持ったほうが良い」という人がいますが、それは少し違うと思います。一緒に暮らしているからこそ、相手の領域に無遠慮に踏み込んでいくのは避けるべきなのです。もし自分がもともと妻と同じ趣味を持っているのであれば、それはとても良いことです。でも無理に妻に合わせて同じ趣味を持つ必要などまったくありません。

相手に合わせた趣味を持ったとしても、それが自分に合っているかどうかはわかりません。それぞれが自分の世界を持ちつつ、相手を尊重しながら好きなことをやっていけばいいのです。一番大切なのは、相手を、そして相手の世界を尊重することです。

奥さんはともかくとして、問題は自分にその世界がないことなのかもしれません。であるとすれば、定年前にどうやってその世界を作るかがとても重要です。

■旅先では「シングル2部屋」の夫婦

大江英樹『定年前 50歳から始める「定活」』(朝日新書)

私の知り合いの女性に旅行が趣味という人がいます。彼女は旦那さんともとても仲が良く、しょっちゅう一緒に旅行をしています。子どもも大きくなり、二人で旅行する機会が多くなる、言わば理想の中高年ライフと言ってもいいでしょう。そんな彼女が旅行をすると、宿を取る時、しばしばシングルを二部屋取ると言います。

日中は仲良く一緒に観光し、夜も一緒に食事を楽しんだ後、「おやすみなさい」と言ってそれぞれ別の部屋に分かれるというのです。別に夫婦仲が悪いわけでもなんでもありません。そのほうがとても気楽でリラックスできるからだそうです。

この話を同じ年代の女性の方々にお話しすると、何人かは「うちもそうですよ」という人がいますし、仮にそうしていなくても「その気持ちよくわかるわぁ、うちもできればそうしたい」と言うのです。ところが同じ年代の男性にこの話をすると「え! どうして?」とか「信じられない」という人が多いのです。

■“適度な距離感”が良い関係につながる

これは別に夫が嫌いというわけではありません。

でも一緒の部屋だと、長年の習慣でついつい世話しなくてはと気になって落ち着かないと言うのです。だから一人の部屋でひっくり返っているほうが気楽でいい、となるわけです。

妻がそういう自然な気配りをしているということを、多くの男性はあまり気付いていません。だから「なぜ?」と思うし、逆に女性は「よくわかる!」ということになるのでしょう。これは、夫婦間に存在する大きなギャップとも言えるのではないでしょうか。

若い頃の恋愛時代ならともかく、年月を経て成熟した夫婦になった二人であれば、適度な距離感を保つことが、互いの気持ちを思いやり、尊重してあげることで良い関係が築けることにつながると考えておくべきでしょう。

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大江英樹(おおえ・ひでき)
経済コラムニスト
専門分野はシニア層のライフプランニング、資産運用及び確定拠出年金、行動経済学等。大手証券会社で定年まで勤務した後に独立。書籍やコラム執筆のかたわら、全国で年間130回を超える講演をこなす。おもな著書に、『定年男子 定年女子』(共著、日経BP社)、『経済とおかねの超基本1年生』(東洋経済新報社)などがある。

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(経済コラムニスト 大江 英樹 写真=iStock.com)