「天皇」を外国語で訳そうとすると、違和感が生じるのはなぜなのか(写真:UPI/アフロ)

世界中で唯一の存在である、日本の天皇。天皇は「天皇」であり、本来、外国語に訳すのは無理があるかもしれませんが、世界の人々が「tennou」と呼ぶわけではありません。

「天皇」は世界各国で、どのように訳され、どのように呼ばれているのでしょうか。また、その訳語にどのような意味や歴史的背景があるのでしょうか。

「天皇」の英語、ドイツ語、ロシア語訳は?

「天皇」は英語で「エンペラー(emperor)」、ドイツ語で「カイザー(Kaiser)」と訳されます。「エンペラー」も「カイザー」も「皇帝」という意味を持ちますが、両者はその語義が異なります。「天皇」は「カイザー」よりも「エンペラー」に近いと言えます。

ドイツ語の「カイザー」は、古代ローマ時代のカエサル(英語でシーザー)のドイツ語読みです。ローマ帝国の初代皇帝はカエサルの養子のアウグストゥスですが、帝国の基礎を築いたのはカエサルなので、カエサルを追慕するとともに、「カエサルの後継者」という意味で、個人名が最高権力者を意味する称号となり、受け継がれるようになりました。したがって、「カイザー」は「カイザー」なのであり、本来、「皇帝」という意味はありません。

一方、英語の「エンペラー」はローマ軍の最高司令官を意味する「インペラトゥール(ラテン語: imperator)」を語源にしています。「インペラトゥール」は「インペリウム(命令権)を持つ者」という意味です。したがって、「エンペラー」はその語源に照らせば、「最高指導者」や「君臨者」という意味になります。

ドイツ語の「カイザー」が後継者としての称号であるのに対し、英語の「エンペラー」は役割者としての称号です。

ロシア語には、「皇帝」を表す語は2つあります。「インペラートル(император)」と「ツァーリ(царь)」です。「インペラートル」はラテン語の「インペラトゥール」から派生した語で、英語の「エンペラー」と語義が同じです。「ツァーリ」はツァー(Czar)、つまりシーザー(=カエサル)のことで、ドイツ語の「カイザー」と語義が同じです。

ロシア語では、「天皇」の訳に「ツァーリ」は当てられず、「インペラートル」が当てられます。「天皇」にはカエサルの後継者称号よりも、君臨者としての役割者称号を当てることのほうが適切であるからです。

ドイツ語とロシア語の「皇帝」が「カエサル」という意味を持つのは、理由があります。ヨーロッパで、皇帝家はドイツ語圏とロシア語圏にのみありました。ドイツ語圏に、オーストリアのハプスブルク家、ドイツのホーエンツォレルン家の2つの皇帝家があり、ロシア語圏に、ロシアのロマノフ家があります。この3つの家系のみがヨーロッパでは皇帝家です。

イギリスのエリザベス1世を輩出したテューダー家もフランスのルイ14世を輩出したブルボン家も、強大であったとはいえ、皇帝家ではありません。なぜならば、彼らはカエサルの後継者ではなかったからです。

19世紀に、ナポレオンが「皇帝」を名乗りますが、正統な皇帝とは言えません。ブルガリア王シメオン1世(在位893年〜927年)なども東ローマ皇帝の後継者を自認し、一方的に「皇帝」を名乗りましたが、やはり正統性はありません。

ヨーロッパ人は、自らの歴史がローマ帝国からはじまると捉えています。ローマ帝国は約400年間続き、西暦395年、東西に分裂します。ローマ帝国の分裂以降、皇帝位は東西の2つに分かれ、西ローマ皇帝と東ローマ皇帝が並び立つことになります。

西ローマ帝国の継承者が神聖ローマ帝国の歴代皇帝であり、この流れの中に、前述のオーストリアのハプスブルク家とドイツのホーエンツォレルン家があります。東ローマ帝国(ビザンツ帝国)の継承者がロシアのロマノフ家です。

血統の系譜ではなく、政治的系譜

西側(旧西ローマ帝国領域)では19世紀、新勢力ホーエンツォレルン家が台頭し、神聖ローマ皇帝位を歴代世襲したハプスブルク家に対抗します。北ドイツのプロイセンから発祥し、ドイツ全土を支配したホーエンツォレルン家は神聖ローマ帝国の流れをくむ分派でした。ホーエンツォレルン家は衰退するハプスブルク家に代わり、自らが皇帝位を引き継ぐことを主張し、1871年、ドイツ帝国を樹立します。

このとき、神聖ローマ帝国の皇帝継承者として、旧勢力のハプスブルク家と新勢力のホーエンツォレルン家が並び立つことになります。

ドイツにおいて、962年発足の神聖ローマ帝国は第一帝国、1871年発足のホーエンツォレルン家のドイツ帝国が第二帝国、ヒトラーのナチス・ドイツが第三帝国となります。

ヨーロッパの皇帝家であるハプスブルク家とホーエンツォレルン家、そしてロマノフ家はカエサルの後継者として「皇帝」を名乗っていました。ヨーロッパの皇帝家はその祖先をたどっていくと、ローマ帝国のカエサルに行き着きます。ただし、この系譜は血統・血脈を受け継いでいるものではなく、飽くまでも政治的な系譜にすぎません。ここが、血統の継承を前提とする日本の皇室と違うところです。

ヨーロッパでは、ローマ帝国時代から優秀な者を養子に迎え、帝位を引き継がせていました。また、実力者が武力闘争やクーデターによって皇帝になることもありました。近世・近代以降、先の3つの皇帝家が帝位を独占的に世襲しますが、それまでは選挙や実力争いで帝位が継承されていたのです。

「天皇」は「tennou」と言い表すほかない

前述のように、「天皇」の訳には、英語の「エンペラー」に代表される役割者称号が当てられる場合と、ドイツ語の「カイザー」に代表される後継者称号が当てられる場合があります。

「エンペラー」系統の例として、スペイン語の「エンペラドール(emperador)」、フランス語の「アンペラール(empereur)」、イタリア語の「インペラトーレ(imperatore)」などがあります。

アラビア語の「イムベラートール」も「エンペラー」の系統に属します。アラビア語圏の皇帝に相当する最高権力者はスルタンでした。「スルタン」はアラビア語で「権威」を意味します。オスマン帝国などの中東では、ヨーロッパの皇帝の訳語として、「スルタン」を当てることはなく、ヨーロッパ由来の「イムベラートール」を当てました。それが現在、「天皇」にも当てられるわけです。彼らにとって、スルタンは唯一者であり、たとえ他国の皇帝がスルタンと同格であったとしても、「スルタン」と呼ばれることはなかったのです。

一方、「カイザー」系統の例として、オランダ語の「カイザラ(keizer)」、スウェーデン語の「シェイサレ(kejsare)」をはじめとする北欧ノルウェー語やデンマーク語があります。

「カイザー」系統のこれらの言語を使う国々、つまり、ドイツ語系の国々では、天皇は「カエサル」と呼ばれているのです。

われわれ日本人にとってはやはり違和感があります。「君臨者」を意味する「エンペラー」の訳語が当てられるのは理解できても、「カエサル」と呼ばれるのはどうかなと思ってしまいます。

「天皇」の称号はその由来や歴史的背景からしても、いわゆる「皇帝」とも異なります。「天皇」に「エンペラー」や「カイザー」の訳語が当てられることが近代以降、一般化しており、「世界に唯一残るエンペラー」と評されることは、われわれ日本人として誇らしいことですが、「天皇」は本来、「tennou」としか言い表せません。

かつて、オスマン帝国の皇帝であったスルタンをドイツ語圏で「カイザー」と呼ぶことはなく、そのまま「スルタン(sultan)」と呼んでいました。これと同じく、天皇を「tennou」と呼んだとしてもおかしいことではありません。