「不適切動画」の投稿はもはや悪ふざけでは済まない

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 くら寿司(回転寿司)、すき家(牛丼店)、セブン−イレブン、ファミリーマート(コンビニ)、ビッグエコー(カラオケ店)と大手チェーンが相次いで謝罪に追い込まれたアルバイト店員による「不適切動画」のSNS投稿。企業側も法的措置を検討するなど、もはや悪ふざけの代償は小さくない。同志社大学政策学部教授の太田肇氏が、不適切動画を投稿する若者たちの実像に迫る。

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 牛丼店のアルバイト店員が氷を床に投げつけ、調理用のお玉を股間に当てる。コンビニの店員は商品のおでんを箸で食べながらはしゃぎ、別の店では舐めた商品をレジ袋に入れる。回転寿司チェーンでは、わざとゴミ箱に捨てた魚をまな板に戻す。JRの線路に立ち入った少年が線路上でダンスを踊る……。

 ふざけた動画を自らインターネットにアップし、炎上させる行為が止まらない。いや、それどころか報道が火に油を注ぐような形で加速しつつある。

 投稿者は仕事をクビになり、多額の損害賠償を請求されたり、刑事告訴されたりするケースも出ている。そうなれば、ネット上で名前や身分をさらされ、社会的に大きな痛手を負う可能性もある。それだけの代償を払うのがわかっていながら、なぜ不適切動画の投稿が後を絶たないのか?

 ネットの世界で繰り返されるこうした動画や写真の投稿は、人間の「承認欲求」がなせる業だといわれている。おかげで承認欲求はちょっとした流行語にもなった。たしかに、“バカッター”と呼ばれる彼らの行動が、屈折した承認欲求からきていることは否定できないだろう。

 しかし、彼らが「目立ちたい」「注目されたい」という承認欲求が異常に強い、特殊な人物かというと、必ずしもそうではない。問題を起こした張本人や彼らを知る人たちの口からは、想像するイメージからはちょっと違う人物像と、意外な心理状態がしばしば見えてくる。

 彼らの多くは、ときどき悪のりすることがあるものの、ふだんはどちらかというと人のよいお調子者だ。過激な「おふざけ」動画を投稿してネットを炎上させた経験があるという学生は、

「軽いノリで投稿したらおもしろがられ、期待に応えようとだんだんエスカレートしてしまった」

 と語っていた。昨年、高速道路を280キロで暴走して書類送検された男性も、過去に何度も暴走動画をアップしていて、それがエスカレートしたといわれる。

◆「期待に応えなければ」という気持ちがエスカレート

 最初は「目立ちたい」「注目されたい」という能動的な気持ちで投稿していたのが、いったん注目されると期待値が上がり、だんだんと期待に応えなければならないという受動的な心理で投稿するようになるのだ。

 TwitterやInstagramで「いいね」をもらうため、高価なアイスクリームやチョコレートを買ってほおばり、写真を撮ったらすぐに捨ててしまったり、動画を撮るために数十万円も使って海外旅行に出かけたりする人がいる。また友だちと盛り上がっているように装うため、一緒に飲んだり食事をしたりしてくれる「友だち代行」のサービスもけっこう繁盛しているらしい。

 これらも「“リア充”と認めてもらわなければいけない」「みじめに見られたくない」という受け身の承認欲求からきている。スリムな自分の写真をアップして、「いいね」をたくさんもらったことがきっかけでダイエットをはじめ、それが高じて摂食障害になるケースも少なくないそうだ。

◆仲間からの承認を意識して書き込む人が多数

 問題は、こうした「異常」なケースと「正常」な人との線引きが難しくなっているところにある。

 中学生、高校生の間では毎日「いいね」の数ばかりが話題になっているとか、友だちがLINEに投稿したら間髪を入れず反応しなければならないので疲れてしまったというような声も聞かれる。

 私は昨年末、インターネットによるアンケートで、SNSを使っている人たち409人に意識調査を実施した。

「他人から認めてもらわなければいけないと思いながら書くことはありますか」という質問を投げかけたところ、過半数 (56%) の人が「しばしばある」または「たまにある」と答えた。

 ちなみに「だれに認めてもらわなければいけないと思いますか」という質問には、「友だちや知人など」が75%%(複数回答)と圧倒的多数を占めている。多くの人が仲間から認められなければいけないと思いながらSNSを利用している実態が浮かび上がった。

「他人から認めてもらわなければいけない」という一種の強迫観念。それが近年、学校や職場、友だちどうしなどリアルな世界でさまざまな問題を引き起こしている。そしていま、ネットの世界で一気に広がってきたのだ。その実態は拙著『「承認欲求」の呪縛』(新潮新書)にも書いた。

◆SNSの「呪縛」から逃れるには

 では、どうすればSNSの呪縛から逃れることができるか? ヒントになりそうな話がある。

 スマホが普及してきてから、海外旅行に行ってもずっとスマホをいじりっぱなしで、観光地や食事内容を撮影して克明にアップし、友だちと連絡を取り合っている人が少なくない。帰国後に旅先での記憶はほとんど残っていないという人もいるくらいだ。

 ところが中国に旅行すると、LINEやTwitterなどほとんどのSNSが使えない。現地に到着してはじめてそのことを知って、うろたえ、パニックになる人もいるそうだ。

 やむなく観念し、2日目くらいになると、繋がらないことに慣れてくる。すると不思議なもので目にする風景、人々とのふれあい、体験がとても新鮮に感じられる。「これまで世界各地を旅行したが、これほど楽しい旅行は初めてだった」と振り返る女性もいた。

 長く使っていたスマホが故障し、それ以来、SNSを利用する時間を決めてそのことを友だちに宣言したという人もいる。

 SNSの呪縛は知らず知らずのうちに人と組織、そして社会を蝕んでいく。呪縛から逃れるには、このように強制的な状況を利用するしか方法がないのかもしれない。