平成も残すところあとわずか。この30年間で日本の国際競争力は大きく落ちた。立命館アジア太平洋大学(APU)学長の出口治明氏は「日本はGAFAなどの新興企業に遅れを取った。その理由は、日本では尖った人材が育ちにくいからではないか」と話す――。

■“尖った人材”が育ちにくい日本

立命館アジア太平洋大学(APU)は、昨年7月に課外プログラム「APU起業部」を発足させました。本気で起業を考えている学生を支援し、将来的に国内外で活躍する起業家を育成するための実践型プログラムです。学長の僕がリーダーを務め、通称は「出口塾」。APUは日本で一番ダイバーシティが進んでいる大学であり、起業を考える学生がとても多いのです。くわえて僕自身が還暦でライフネット生命保険を開業した経験があるからです。

現在の日本は起業家、ベンチャー企業が育ちにくいといわれています。理由の1つは教育です。日本の製造業で求められた人材と、新しい産業を生む人材は根本的に違います。

製造業に向いている人材は、素直でよく勉強して偏差値がそこそこ高く、我慢強くて協調性があるタイプです。つまりは、上司の命令をよく聞いて成果を出せる人材です。しかし、こういうタイプから画期的な新しいアイデアはなかなか出てきません。

例えばアップルを創業したスティーブ・ジョブズ、グーグルの共同創業者であるラリー・ペイジやセルゲイ・ブリンなどは、個性が際立っている。あるいはめちゃくちゃ高学歴で、自分が好きなことを徹底的に究める。そして異質の組み合わせでイノベーションを生みだすことを好みます。つまりダイバーシティです。

新しい産業を創出するベンチャー企業は、高学歴の尖った人材がたくさん集まり、ダイバーシティにあふれている。これは何もアメリカに限った話ではありません。

学校教育には「変態コース」が必要だ

それぐらい尖った人材を育てることは急務ですから、僕は高校の段階で「偏差値コース」と「変態コース」に分けたらどうかと考えています。「変態コース」という名称がおかしければ、「個性派コース」と呼んでもいいでしょう。自分が好きなことを徹底的に究める人材が3割ほどいるイメージです。そうでなければ、スティーブ・ジョブズは日本の若者の中からは出てきません。

日本で「偏差値コース」の人材を育てる代表が東京大学なら、「個性派コース」のほうはAPUが引き受けます。素直で我慢強く協調性があるタイプばかり育てようとするから、不登校の子どもが出てくるのだと僕は考えています。不登校は人の道に外れているのではなく、画一性や同一性が嫌いで、型にはめられたくないと訴えているだけです。そういう子どもたちのなかに、起業家の卵が山ほどいるかもしれません。

僕がAPUで実践しているのはそういう大学づくりです。

6000人弱の学生がいるうち、外国人留学生は50%以上いて、現在は89の国や地域から集まってきています。これまでには147の国や地域から留学生がきています。

■なぜ別府の山奥に全国から学生が集まるのか

日本人の学生も、およそ3分の2は東京や大阪など地元九州以外の出身者です。東京や大阪には大学はいくらでもあるのに、わざわざ別府の山奥まで進学してくるのですから相当に尖った学生たちです。

このような取り組みが認められ、イギリスの高等教育専門誌「ザ・タイムズ・ハイアー・エデュケーション(Times Higher Education)」の世界大学ランキング日本版2018では、西日本の私立大学では第1位、全国の私大でも第5位に選ばれました。

APUには全国の大学から教職員のみなさんがよく視察に来られます。僕もぜひ参考にしてほしいので詳しく説明しますが、肩を落として帰られる方が少なくありません。

僕たちが毎年春と秋に年2回入学式を行い、外国人留学生向けの英語での入試を実施していること、教員の半分が外国人であること、職員の9割が英語に堪能なこと、生協ではハラール食品を販売したり、ムスリムフレンドリーの食事を提供していることなどをお話しすると、相当にハードルが高いと感じられるようです。

例えば、今年1月に中途採用した職員は、4人とも日本語も含めて3カ国語に堪能です。初めは日本語が一言も話せない留学生もいるので、風邪をひけば病院へ連れて行って通訳しなければいけないからです。

その一方で、英語基準で入学する留学生たちには日本語を学んでもらうほかに、日本人の社会常識や日常のルール、生活習慣などを知ってもらう必要があります。APUには約1200室の学生寮(APハウス)があり、1回生は原則として全員がここで暮らしています。シェアタイプは日本人の学生と留学生が必ず同室なので、ゴミ出しのルールをはじめ日本の社会常識が自然と身につきます。

■日本で「ユニコーン」が生まれない理由

あと数カ月で平成の時代が終わろうとしています。この30年間を振り返ると、購買力平価で見たGDPで日本が世界に占める割合は、9%弱から4%強へと半減しました。スイスのビジネススクールIMD(国際経営開発研究所)が発表する国際競争力ランキングでは1位から25位に下がっています。

時価総額で世界のトップ企業を見ると、平成元年(1989)は世界ランキングの1位から5位までを日本企業が独占し、上位20社のうち実に14社が日本企業でした。ところが、平成30年(2018)になると、世界の上位20社に日本企業はランクインしていません。最高でもトヨタ自動車の35位です。

ここまで日本の国際競争力が落ち込んだ理由は何かといえば、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)などの新興企業に遅れを取ったからです。例えば2004年に創業したフェイスブックは、時価総額はすでにトヨタ自動車の2倍です。

今世界中でGAFAの予備軍と目されるユニコーン企業(評価額10億ドル以上の非上場、設立10年以内のベンチャー企業)が注目を集めています。現時点でユニコーンがどこにいるかといえばアメリカがおよそ150社、中国が70社、インドが17社、EUが31社あるのに対して、日本はゼロだといわれています。

こうして見ていくと、日本の国際競争力がこの30年間で低下した原因は、新しい産業を生み出せなかったことだということがわかります。経済政策やグローバル化の進展、少子高齢化なども影響したでしょうが、産業の新陳代謝がなかったことがダイレクトに効いているのです。

日本が90年代まで得意とした製造業は、いまやGDPに占める割合は2割を切ろうとしています。雇用者数ではすでに1割と大きく下回っています。日本の製造業はきわめて生産性が高く、国の宝といってよいものです。それを守っていきながらも、一方で新しい産業を創造しなければなりません。

■学生から「起業相談」されることが多かった

僕は昨年1月に学長となって以来、いわゆるオープンドアのポリシーで、いつでも誰でも部屋に入ってきていいよ、と学生たちに話しています。メールアドレスも公表して、学生からも職員からもダイレクトにメールが送られてきます。

そういう学生たちの相談で目立って多いものが、卒業後の進路について、留学について、そして起業についての3つでした。進路相談、留学相談までは予期していましたが、これほど起業相談が多いのはちょっと意外でした。「これほど学生のニーズがあるのに、大学側が対応しないのは怠慢だ」と考えて、冒頭に話したAPU起業部の準備を2018年4月から進めました。

書類選考で事業計画がしっかりしていた32組、46人の学生を選び、ボランティアで参加してくださった6人の方に各組を割り当て個別指導してもらっています。APUはダイバーシティが進んだ大学で、学生のおよそ半分は外国からの留学生ですが、起業部もほぼ同じ比率で半分は留学生です。

このように、初めに事業計画書を提出させて審査するのはAPU起業部の特徴といえます。起業の意欲があるだけではなく、具体的な事業プランを持っている学生たちの集まりなのです。

実際にまもなく起業できそうな事例を3つ紹介します。

▼事例1:向島(尾道市)でアーモンドを栽培し、ブランディングする
・代表者の学生は広島県尾道市出身
・広島で減少する農業への問題解決や空き地の有効活用で、故郷の瀬戸内を盛り上げたいという思いからスタート
・現在は農地をアーモンド農園にしようと整備し、当面の資金は古民家を利用した「みなと組」というカフェを運営しながら集める予定
▼事例2:スリランカ料理のレストランを開業
・代表者の学生は4回生、スリランカ出身。卒業後の4月開業を目指す
・スリランカ料理をとおして、スリランカの文化を伝えたいという思いからスタート
・在学中に大学や別府市内のイベントなどでもブースを出してテスト販売するなど経験を積む
▼事例3:革製品の製造・販売
・代表者の学生はバングラデシュ出身
・バングラデシュは食肉にならない牛皮がごみ処理場や川に廃棄されて、悪臭や水質汚染などの環境問題が起こる。その問題解決として、捨てられる牛革を使った革製品を考えつく
・2018年11月からAPUの生協でも製品の販売をスタート
・今後はバングラデシュの女性の社会進出や教育支援のため、製造工場には女性を雇用する。売り上げから本を子供たちにプレゼントして識字率を向上させるなど、教育の改善を目指す

■クラウドファンディングは学生のモチベーションを高める

APU起業部では、昨年12月15日からクラウドファンディングで一般の方々から寄附を募りました。「APU起業部応援団」の名称で募集期間は2カ月、締め切りは2月14日のバレンタインデーです。その間に集まった寄附は総額361万1000円(2019年2月12日現在)。当初の最低目標金額だった200万円には12月31日に到達し、現時点ではおよそ200人の方からその2倍近くのお金が集まりました。

このお金の主な使い道は、APU起業部のために講演などに来てくれる先輩の皆さんの交通費や宿泊費です。APU起業部のプログラムでは、APU出身の起業家などを招いて講演や指導をお願いしています。昨年7月にスタートしたので今期の予算はなく、初めのうちは先輩たちのボランティアに頼っていました。APUは大分県別府市の山の上にキャンパスがあって、東京や大阪から往復するだけでも大変です。講演料は払えないとしても、せめて交通費や宿泊代は支給したいと考えて、その資金をクラウドファンディングで募ったのです。

そのような資金を得る方法にクラウドファンディングを選んだ理由はいくつかあります。最大の理由は、学生たちのモチベーションを高めることです。見ず知らずの人たちに応援され、経済的にも支えられて学んでいるという自覚は、親のお金や自分で稼いだお金で学ぶのとは別の意味があります。

■20万円の寄付が5人

APU起業部が実施したAPU初のクラウドファンディング。募集期間:2018年12月15日9:00〜2019年2月14日23:00まで。

「APU起業部応援団」の寄附は一口3000円から20万円まで段階的に金額が設定されていて、寄附してくださったみなさんの内訳を見ると、3000円が68人、5000円が33人、1万円が64人、5万円が10人、10万円が6人、20万円が5人です(2019年2月7日取材時点)。高額の寄附は経済的にとても助かりますし、3000円など少額の人数が多いこともたくさんの支援者がいるという意識につながっており本当にありがたいものです。

寄附してくださったみなさんには、APU起業部の活動報告書やお礼のメールを送信し、学生の成果発表会にご招待したり、僕がテレビ電話でお礼を申し上げたり、寄附金額によってお礼のかたちもいくつかのコースに分かれています。個々の事業プランに出資するのではないので、金銭的なリターンがあるといった性質のものではありません。

僕自身もクラウドファンディングなどで、若い人たちの活動にポケットマネーから寄附することがよくあります。例えば発展途上国を支援する活動、子育てを支援する活動などは目に入ると応援したくなり、平均すると1万円前後の額ですけれど、これまで数十件は寄附していると思います。スマホやパソコンの画面を見ながら、簡単に寄附のかたちで応援できるのはクラウドファンディングの利点です。

■学生も大学も強みを伸ばして勝負していくしかない

寄附と一緒に送られてくる応援のメッセージは、学生たちもみんな読んでいます。全国のみなさんから応援されているとわかるので、寄附の額が増えるにしたがって、学生たちの緊張感とやる気も高まっているように感じます。

APUでは初めての試みですから、果たして一般のみなさんに賛同していただけるかどうかは募集するまでわからなかったのが正直なところです。APU初の新しいチャレンジとしても、今回のクラウドファンディングは大きな意味がありました。

また、「APU起業部応援団」が話題になれば、多くの人にAPUのことを知ってもらえるかもしれない、という期待もありました。APUは別府にあり、僕はこの土地が気に入っていますが、学生を集めるという意味では「地の利」はありません。だからこそAPUにいる尖った学生、ダイバーシティという個性を生かして、ほかとはちがう面白い取り組みをしていく必要があるのです。

(立命館アジア太平洋大学(APU)学長 出口 治明 構成=Top Communication 撮影=小野田陽一)