「人事評価が正当に行われていない企業が多い」。労働問題を扱い、数多くの経営者、企業内部を見てきた島田直行弁護士は言う。よくあるパターンは、評価されるべき人がされていないケースだ。もちろん、突き詰めれば、経営者の責任だが、なぜこんなことが起きてしまうのだろうか。あなたの会社は大丈夫だろうか。どうすれば、こんな悲劇を避けられるのか――。
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■人徳がない人が選ばれる……

職場では、まじめで能力がある人が昇進するとは限らない。まじめな人ほど、周囲の評価とは逆に、なかなか昇進しないこともある。人徳も能力もなくただ“要領がいい人”が、なぜか昇進しやすいというパラドックスが企業では生まれがちだ。そういった上司のもとで働かざるを得ない社員にとっては、耐えられない事態だ。なぜこんな不条理が許されてしまうのか。原因について、整理してみたい。

原因1、“達成したこと”より“失敗がないこと”が評価される組織

事業を発展させるためには、変化を求め挑戦していかなければならない。多くの企業が、“挑戦”という言葉を企業理念のなかに入れているだろう。だが実際の人事評価が、こういった挑戦を支援するものになっているかといえば、疑問が残るところがある。企業における人事評価は、加点方式の形式をとりつつも、内実は減点方式というところが少なくない。

挑戦しても、失敗すれば人事評価はマイナスになってしまう。このような状態のまま「社員の挑戦を応援する」と社長が声高に宣言しても、誰の耳にも届かないだろう。日本の組織では、失敗というものに対してあまりにも厳しい評価がされてしまう。何かを達成したことへのプラスの評価よりも、何かを失敗したことによるマイナスの評価の方が、仕事における立場に与える影響が大きい。このような評価では、誰しも挑戦における責任を負いたいとは考えない。自分が責任を求められたときには、それをいつのまにか他の人にスライドさせるようになる。

「達成したのは自分の実力。失敗したのは誰かの責任」という厚顔無恥の人こそが、組織では失敗のない優秀な人というように映ってしまう。結果として、責任をあえて果たさない人こそが管理職になってしまう。こんなことをすれば、いかに“責任”をパスしていくかが組織全体で社内政治の中心になる。気がつけば、まじめで優秀な人があらゆる責任を背負い込んで“残念な人”になってしまう。

原因2、部下の成長が評価されない組織

組織を繁栄させるためには、部下をいかに成長させるかが管理職の役割になる。ひとりでできることには、自ずと限界がある。だからこそ、人を育てて組織として事業を展開する必要がある。これは誰しも理解していることだ。

だが、会社の人事評価においては、どうだろうか。部下を成長させたということが、人事評価においてしかるべき割合で組み込まれているだろうか。そうとは限らないのが現状だ。企業の人事評価を眺めていると、やはり中心となっているのは、“その個人としてどれだけ売上に貢献したか”ということだ。個人のスキルは大事だが、それだけが評価対象になるのであれば、誰しも部下を育てようというモチベーションにはつながらないだろう。

むしろ部下が育つほどに、自分の立場が危うくなってくる。となると管理職の意識は、“いかにして自分の現在の地位を維持するか”ということになってくる。気がつけば、現状維持的な発想の管理職が中心を占めるようになる。こういった発想を管理職が抱き始めると、目線は部下ではなく自分の上司にしか向かなくなる。誰しも自分のことを慕ってくれる者には甘くなりがちで、冷静な評価ができなくなる。社長としても「管理職として、そつなくこなしている」という印象だけの評価になり、組織が膠着化していく。

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原因3、個人の業務量が可視化されていない組織

組織が拡大すれば拡大するほど、個人が負担している業務量を上司が把握しにくくなる。スピードのある経営判断が求められる昨今においては、この傾向がとくに顕著だ。やる気のある社長ほど「あれもこれもやってみたい」という気持ちになるものだ。それにともない社長の発想を実現していく社員の業務量は、幾何級数的に増殖していく。業務量とは、自己増殖するものだ。

しかも各自が担当している業務量は、周囲からはなかなか見えないものである。テキパキ処理している社員に限って「まだ余裕ありそうだから、これもお願い」と言われてしまう。それに対して「自分にはまだやるべきことがあります」とキッパリと言える人ならいいが、まじめな人やおとなしい人ほどなかなか断ることができない。しんどいなと感じつつも「わかりました」と回答して、さらに雑務が増えていく悪循環になる。

優秀な人ほど雑務が増えてしまうのは、このように周囲の負担をひとりで抱え込んでしまう状況に陥ってしまうからだ。そういった雑務処理を評価してもらえればまだましだが、実際には評価対象にならないことがほとんどだ。組織では、日々の業務を粛々とこなす人よりも、理想やアイデアを根拠なき自信のもとで語るだけの人が評価されてしまうことがある。語るだけ語って、いざ実行となると「誰かやっておいてね」となるから困ったものだ。特定のまじめな社員の犠牲のもとで組織が回るような事態を生じさせないために、業務量は、周囲からわかるようにいちど可視化してみるべきだ。

このような原因を前提にしたうえで、企業としていかなる工夫をするべきかについて考えてみよう。まずお勧めするのが、人事評価の基準を整理してみることだ。中小企業では、とかく社長の印象だけで評価されることが多い。これでは“社長に気に入られるかどうか”というあいまいな基準しかないことになる。このようなあいまいな基準では、社員としても頑張る方向性がまったくわからない。「とりあえず社長の覚えのいい上司の真似でもするか」ということになる。

人事評価をする際には、部下に対する指導についても評価として明確にするべきだ。日本では、この指導という点についての評価があまりにも低い。短期的な達成度だけで評価するために、時間を要する育成というものを重要視していないのだろう。

また、プロジェクトを任せるときには、責任者、予算、期限及びゴールを明確にしておくべきだ。プロジェクトリーダーの中でもっとも困るのは、スタートしたときにはやる気にみちているのに、すぐに飽きてしまって部下に丸投げしてしまうタイプだ。こういうタイプの人に限って、色々なビジネス理論を語るのが好きだが、コツコツ何かをすることは苦手で自分の役割ではないと考える傾向がある。

しかも別の新しいものを耳にすると、そそくさとそちらに顔を出す。これでは、部下としても不満が募るばかりだ。「あなたが責任者で制限要因の中で、ゴールを達成しなければならない」ということをしっかり伝え同意を得たうえで、プロジェクトを任せるべきだ。

きちんと努力をした人がきちんと評価される。あたりまえのことのようではあるが、実現するのは容易なことではない。社長としては、自社の組織をさらに強化するために、人事評価の在り方や指示の出し方について、参考にしていただきたい。

(島田法律事務所代表弁護士 島田 直行 写真=iStock.com)