■恨みは誰に向けられるのか

職場のハラスメント、さらに教育の現場ではいじめも、残念ながら世の中に横行しています。「被害者に何もしてあげられなかった」「助けられなかった自分も恨まれているのではないか」と悩む人がいます。

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たしかに、被害者には「なんで助けてくれなかったのか」と思う気持ちもあるでしょうが、恨みは基本的には加害者に向けられます。黙って見ていた人間の立場にはある程度納得しています。仲裁に入ったとしたら、同じように被害を受けることになったとわかっているからです。

日本人は、「自分が他人にどう見られているか」という意識が強い。そんな「公的自己意識」にとらわれているため、「助けなかった自分が悪と思われるのでは」と考えてしまう。しかし、私たちは例えばアフリカの貧困地域や、日本の災害被害地域など、困っている人はたくさんいるとわかっていても、すべてに手を差し伸べることはできません。個人のできることには限界があるのです。

それなのに、公的自己意識によって「何もできない自分を他人は非難するだろう」と責めたところで、何も生まれません。それよりも、「自分がどうしたいか」という「私的自己意識」を大事にすれば、眼の前にある「自分が助けたい」と思える状況に真摯に対応できるはずです。

例えば職場で同僚が上司からパワハラ、セクハラを受けている。そのときに自分がどう振る舞えばいいかは悩ましい問題です。

同僚を助けるため、自分も一緒に上司に抗議しなければいけない──そう口で言うのは簡単ですが、実際に行動できるかというと難しいものです。正義感は持っていても、普通はそこまで利他的になれません。

ハラスメントに巻き込まれてしまう恐れもあります。川で流されている子供を救おうとして飛び込んだところ、子供は助かったけれど助けに入った人が亡くなったり、両方ともが犠牲になってしまう状況を「二次被害」と言いますが、それはパワハラでも起こります。腹を立てた上司が、助けに入ったあなたにも害を加える可能性が大いにあるのです。

■リスクなしで訴える方法とは

薄情に聞こえるかもしれませんが、いかにローリスクで同僚を救えるかを考えるべきです。まずできることは、パワハラ、セクハラを受けている同僚のケアをすること。上司の愚痴を聞いて同情したり、なぐさめたり、できる範囲でアドバイス、相談に乗ることです。

ハラスメントを個人の問題にせず、組織の問題にすることも大切です。まともな企業なら、会社として、パワハラ、セクハラの社内規定があって、防止の取り組みをしているはずですし、労働組合という窓口がある。無記名でリスクなしに訴えることです。

2018年話題になった日本大学アメフト部、日本ボクシング連盟のパワハラも、内部告発から明るみに出ました。パワハラしている側は自分の責任を認めないものですが、1度問題になれば、左遷などの処分は避けられないもの。きちんと告発して、ハラスメントをなくしていくことが求められます。

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川名好裕
立正大学心理学部教授
東京大学大学院社会学研究科博士課程修了。著書に『恋愛の俗説は8割ホント。』がある。

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(立正大学心理学部教授 川名 好裕 構成=伊藤達也 写真=iStock.com)