嵐が活動休止の話し合いを始めた頃、大野智がイノッチに語った想い

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 日本中に衝撃が走った、嵐が2020年末で活動休止するという発表。ですが1月27日夜、5人そろっての会見を見て、「やっぱり嵐っていいグループだな」と思った人は多いのではないでしょうか。
 ネット上での反応も暖かく、「自由になる」ことを決意したリーダー・大野智さんに対しても「お疲れさま!」と労をねぎらう声があふれています。

 会見によると、大野智さんがメンバー4人に辞意を明かしたのは、2017年6月中旬頃。まさにこの時期にあたる2017年6月23日、大野さんはNHK『あさイチ』プレミアムトークに出演し、司会のイノッチこと井ノ原快彦さんに胸の内を語っています。
 ジャニーズの先輩である井ノ原さん相手だからでしょう、「大野さんここまで語るか」と当時話題になったのですが、振り返れば、今回決断をした心情がわかる内容でした。一部引用してみましょう。

◆メンバーに辞意を告げた頃、大野さんが『あさイチ』に
 大野さんは、デビュー前のJr.時代、京都での舞台『KYO TO KYO』に出ていました。16歳から18歳まで、なんと1日5回公演!そりゃ鍛えられるでしょう。「あの時、どんな気持ちだった?」と井ノ原さんに聞かれ――。

「僕、踊りが上手くなりたいから、京都行けばずっと踊れるので行ってて。でもやっぱ毎日同じことをやると、よくわかんなくなってきちゃって。16から18までやって、自分の中で踊りが極まったんで、その時、もういいかなっていうのはありましたね」

 デビューしたいとかCDを出したいという欲がなかった大野さん。当時、「辞めたい」と事務所に一度言いにいったそうなのです。18歳の時だとすると1998年頃です。

「もう違うことやろうかな?って感じです。なんか僕、極まったら次のことをやりたくなるみたいで。家で絵を描いたりしてたんですけど、そこで急にデビューとなって」

 その頃、KinKi kidsの舞台があり、「とりあえずそれに出て、ということで、じゃあ出るわ、って」。1999年には嵐が結成され、バレーボールW杯のイメージキャラクターを務めます。

「期間限定ユニットでW杯が終わったら解散するのかなと思ってた。イラストレーターとかの仕事が見つかったら、それやろうかなと…そんな感じでしたね」

 1999年9月に正式デビューしてからの活躍は、ご存知のとおりです。

◆2014年の特番でも語っていた思い
 ここで、井ノ原さんが「15周年の時の衝撃発言」に話を振ります。

 それはNHKの特番『嵐 15年目の告白〜LIVE&DOCUMENT〜』(2014年11月)でのこと。大野さんは「僕は自分が『嵐』であることに、悩んだことがありました」と明かしたのです。

「2006年ぐらいから、正直『やめよう』と思った」
「この仕事をしていたらできないことに、興味を持ち始めちゃった」
「単純に、自由になりたいみたいな気持ちがずっと起きて」

 今回の活動中止とほぼ同じ心情を語っていたのです。ですが、そんな迷いは、2009年に結成10年を盛大に祝ってもらったことで、責任感に変わったと言います。

◆嵐が達観したように穏やかなわけ
「あさイチ」のトークに戻ると、10周年以降について大野さんはこう言っています。 

「10周年の時はもう、尋常じゃないほど祝っていただいて、恵まれすぎてるというか、夢の中にいる状況だったんです。正直、いまだに、地に足ついてない感じがしてます」
「実感がないというか、夢なんじゃないかって。(僕の)何がいいんだろう? とか」
「メンバーとも、10周年以降ず〜っと言ってますね。5人で、『なんだろ、この状態?』みたいな」

 井ノ原さんは、これに爆笑しつつも、「逆に、嵐は地に足がついている」と返答します。
「嵐のみんなは、『この先ずっと続くなんて思ってないですよ、この人気は』とかよく言うでしょ。この人たちは冷静で、地に足ついてるな、と思うよ」と井ノ原さん。

 この「あさイチ」トークを振り返ると、今回の活動休止会見で5人が見せた、達観したような穏やかさが腑に落ちる気がしてきます。16歳からずっと走ってきて「立ち止まりたい」という大野さんの思いを、「理解した、尊重したい」というメンバーたち。

「あと2年、嵐として駆け抜ける」という5人を、ファンも最後まで応援し続けることでしょう。

<文/女子SPA!編集部>

【女子SPA!編集部】
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