病気やけがで働けなくなったとき、どうやって生活を成り立たせればいいのか。勤め先の健康保険に加入している人なら、すぐに心配は生じない。「傷病手当金」という仕組みがあり、最長で1年6カ月間は元の給与の3分の2程度を受け取れるからだ。ただし申請しなければもらえない。また、勤めを辞めるときは、退職の時期や休みの取り方によって退職後も受給できるかどうかが違ってくる。制度の仕組みを解説しよう――。

※本稿は、原昌平『医療費で損しない46の方法』(中公新書ラクレ)の第V章「働き手が病気・けがをしたら」の一部を再編集したものです。

■手続きをしないともらえない「傷病手当金」

※写真はイメージです(写真=iStock.com/marchmeena29)

公的医療保険には、病気やけがをしたときの医療サービスだけでなく、現金が給付される制度があります。ただし、自分から手続きをしなければ、もらえません。条件を満たしていても、制度を知らないと損をするわけです。

なかでも、働き手として、ぜひとも頭に入れておくべきなのは「傷病手当金」です。病気やけがで仕事を休んだときに、生活費をそれなりに確保できるからです。

傷病手当金は、雇われている人向けの健康保険の加入者が、病気やけがで仕事を休んだ結果、給与が出なくなるか、元の3分の2程度未満に減った場合に支給されます。労災保険の対象となる業務災害・通勤災害以外の病気やけがで休んだときの所得保障制度です。

以下、健保組合、協会けんぽに加入している人の場合で説明します。公務員や私学の共済組合でも、だいたい同じです。

■連続して3日休んだ後の欠勤日から支給

傷病手当金は、病気やけがのために労務不能になり、連続して3日間休むと、その次の欠勤日から支給されます。最初の連続3日の休みは「待期期間」と呼ばれ、公休日や有給休暇も含めて数えます。早退した場合も、待期期間の1日目にカウントします。

給与がゼロになった場合の支給額は1日あたり、直前の「標準報酬日額」の3分の2です。雇われている人向けの社会保険(健康保険、厚生年金保険)では、労働の対価の月額を等級区分にあてはめて「標準報酬月額」を決め、保険料の計算などに用いています。傷病手当金を計算するときは、最初の支給対象日の属する月を含めた以前1年間の標準報酬月額を平均したうえで、それを30で割って「標準報酬日額」とします。

標準報酬月額の平均が30万円の人だと、標準報酬日額は1万円になり、傷病手当金はその3分の2で、1日あたり6667円が支給されます。公休日の分も支給されます。

休んでいる期間に給与がある程度出た場合も、1日あたりの額が「標準報酬日額の3分の2」より少なければ、差額が支給されます。その健康保険に加入する前になった病気やけがで、加入後に休んだ場合も給付対象です。

■「就労不能」は医師に認定してもらう

労務不能とは、勤務先でまったく働けないことを意味します。元の事業所で半日だけ勤務したり、配置転換で軽い仕事をしたりした日は、就労とみなされ、その分の傷病手当金はもらえません。療養中にときどき出勤した場合だと、出勤日は支給対象外ですが、休んだ日の傷病手当金はもらえます。休んでいる間の軽い副業や内職は差し支えありません。

傷病手当金を受けるには、加入している健康保険の保険者(保険の運営者)に、支給申請書を提出します。申請書の用紙は、職場の人事労務部門または保険者で入手します。協会けんぽの用紙は、ホームページからダウンロードできます。

この制度は、将来の見込みではなく、過去の就労不能について支給されます。申請書には、本人が書く欄のほか、過去の一定期間に就労不能だったことを認める医師の意見の欄と、事業主による勤務実績・賃金の証明の欄があります。早めに受診しないと、過去に就労不能だったことを医師に認定してもらえないので、注意してください。医師に意見を書いてもらい、人事労務部門で事業主の証明を受けたら、保険者に提出します。

医師の意見記入には健康保険が適用され、自己負担は3割負担なら300円。保険者によっては月単位の書類提出を求めますが、蓄えがあれば数カ月分まとめた申請でもかまいません。支給対象日から2年たつごとに時効になっていくので、その前に申請します。

■支給期間は「1年6カ月目」まで

支給される期間は、最初の支給対象日から数えて1年6カ月目まで。いったん職場復帰して、同じ病気やけがが治らないまま再び休んだ場合は、待期期間なしで支給が再開されますが、不支給だった途中の期間も含めて1年6カ月で打ち切りになります。延べ1年6カ月の給付ではなく、カレンダー上で1年6カ月たてば、おしまいです。

ただ、初診日から1年6カ月以上たっていて、その病気やけがによって、ある程度の障害があるなら、障害年金を受けられるかもしれません(障害基礎年金と障害厚生年金のうち、2階部分の障害厚生年金は、厚生年金保険の加入期間に初診日があることが条件なので、在職中に医療機関にかかっておくことが大切)。

一方、同じ病気でも、症状がなくなってから相当な期間がたって再発した場合や、別の病気やけがになったときは、改めて最長1年6カ月間、傷病手当金を受給できます。

なお、病気やけがで休んでいて給料がゼロになったときも、社会保険料や住民税はかかります。天引きできないので、一般的には会社を通じて自分で払う必要があります。

■会社を辞めてからも、傷病手当金を受けられる

がん、脳卒中、心臓病、うつ病をはじめ、病気やけがをして、しかたなく勤めを辞める人は少なくありません。病気であればなおさら、生活のためにも治療のためにも、収入の確保は大切です。

傷病手当金は、いくつかの要件を満たせば、勤めを辞めてからも、就労できない状態なら継続して受け取れます。在職中の最初の支給対象日から数えて最長で1年6カ月目まで、元の月給のほぼ3分の2が支給されます。退職後に元の健康保険に任意継続で加入した場合でも、国民健康保険に加入した場合でも、続けて受け取れます。

初めての支給申請は、退職後でもかまいませんが、退職月までの期間については事業主による勤務実績・賃金の証明が必要です(その後の分は医師の意見だけでよい)。

ただし大事なのは、次に説明するように、休みの取り方や退職の時期によって、辞めてから傷病手当金を継続してもらえるかどうかが分かれることです。あわてて辞めずに、傷病手当金との関係でどうするのが得か、よく検討してからにしましょう。

連続3日以上休む、健康保険の継続加入を1年以上にする

退職した後も傷病手当金を継続して受け取るには、以下の4つの要件をすべて満たしている必要があります。

第1の要件は「連続して3日、療養のため労務不能で休んだあと、さらに1日以上、欠勤した」ことです。

ポイントは、いきなり辞めないことです。少なくとも、傷病手当金の受給に必要な待期期間にあたる連続3日間以上(公休・有休を含む)の休みを取った後で、退職に向けた手続きをします。それに退職日の休みを加えれば、この要件を満たします。

第2の要件は「退職日まで1年間以上、健康保険に継続加入していたこと」です。

現在の健康保険の加入期間が、退職日を含めて1年に足りなければ、傷病手当金の受給中に条件を満たすよう、日程を考えて退職するのが得策です。欠勤・休職がどれだけ認められるのか、就業規則で確認したうえで、必要なら人事労務部門に相談しましょう。

ここでいう健康保険の加入は、健保組合でも協会けんぽでもよく、転職や転勤で保険の加入先が変わっていても、加入の空白が1日もなければ、継続加入として通算できます。ただし以前の事業所を退職した後に健康保険に任意継続で加入した期間は、カウントされません。また、共済組合の加入期間とは、互いに通算できません。

■退職日は絶対に休む、退職後に働かない

原昌平『医療費で損しない46の方法』(中公新書ラクレ)

第3の要件は「退職の日も、療養のために休んでいたこと」です。

退職の日は絶対に休む。これは極めて重要です。欠勤・休職でも、公休・有休でもかまいません。職場に出向いて事務手続きや私物の片づけをしてもいいけれど、出勤扱いにはしないことです。もし退職日に出勤したら、それだけで退職後は傷病手当金をもらえなくなります。たった1日働いたせいで、その後の権利が消えて大損をしてしまうのです。

第4の要件は「退職後、まったく働いていないこと」です。

退職後の傷病手当金は、1日でも働いて収入を得たら、就労可能とみなされて支給を打ち切られます。在職中と違い、1年6カ月の残り期間がたくさんあっても、支給は再開されません。ちょっとしたバイトをした結果、打ち切られることがあり、要注意です。

■地域の国保には制度がない

雇われている人向けの健康保険や共済組合と違い、国民健康保険では、傷病手当金の給付事業をやるかどうかは、保険者の任意となっています。特定業種の自営業者でつくる国保組合の一部は実施していますが、地域の国保では、まったく行われていません。

地域の国保には、自営業者や農業、無職の人のほか、社会保険に加入できない労働者も入っています。労働時間・労働日数が少ない労働者や、小規模または任意適用業種(飲食・サービスなど)の個人経営で社会保険が適用されていない事業所の労働者です。

そうした労働者は、病気やけがで働けなくなったときに傷病手当金を受けられません。社会保障制度の「穴」の一つです。

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原 昌平(はら・しょうへい)
読売新聞大阪本社編集委員 精神保健福祉士
1959年生まれ。1982年京都大学理学部卒業、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、科学部デスクを経て、2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材する。社会福祉学修士。大阪府立大学・立命館大学客員研究員。

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(読売新聞大阪本社編集委員 精神保健福祉士 原 昌平 写真=iStock.com)