ヘアカット専門店の「QBハウス」。1080円で利用できるのは1月末までだ(撮影:尾形文繁)

10分・1000円・カットのみ――。

カラーリングもパーマもシャンプーもない、ヘアカット専門店「QBハウス」を日本で初めて手がけ、理美容業界に革命を起こしたキュービーネットホールディングス。そのキュービーネットが2月1日、カット料金を1080円(税込み、以下同)から1200円へと、約1割引き上げる。

カットの速さと安さを売り文句に顧客の支持を集め、「デフレの優等生」とも呼ばれる同社は、なぜ今値上げに踏みきり、「1000円カット」の看板を下ろすのか。

キュービーネットは1995年に設立した平成生まれの企業だ。翌1996年、「QBハウス」1号店を東京・神田に構えて以降、直営を中心に次々と店舗網を拡大。今では、北は北海道から南は沖縄まで、34都道府県で552店を展開する(2018年6月末時点)。ヘアカット専門業態の店舗数で業界2位とされるサン・クエストの「サンキューカット」は277店(国内店/同年11月28日時点)。キュービーネットはその2倍と断トツである。

コンビニより店は多いが、理美容師が不足

少子高齢化で市場縮小が進む日本以外のビジネス拠点を求め、2005年にはシンガポールと香港へと進出。2012年に台湾、2017年には米ニューヨークでも出店し、海外店舗は119店に達した。国内外で合計671店、年間2000万人超の来客者を誇る同社は、2018年3月に東証1部上場を果たしたのである。


直近の2018年6月期の売上高は192億円(前期比7.3%増)、営業利益は16億円(同9.2%増)。1975年設立の田谷(2018年3月期の売上高105億円、営業赤字0.4億円)や、美容室チェーン「アッシュ」を展開するアルテ サロン ホールディングス(2017年12月期の売上高75億円、営業利益5.2億円)といった、理美容関連の上場企業の業績を圧倒する。既存店の月次売上高も、2017年7月から2018年12月までの18カ月のうち、17カ月で前年を上回るなど好調だ。

一方で、理美容業界は目下、深刻な問題に直面している。

理美容室は全国に36.8万店ある(厚生労働省調べ)。コンビニエンスストア(5.6万店、経済産業省調べ)の6倍超で今も漸増傾向だが、理美容師の新規免許登録は1999年の3.3万件から2.0万件に減少。平均年収が全産業平均の432万円(2017年)に対して300万円を下回るとされるほか、長時間労働などを理由に理美容師を目指す人材が減っている。厚生労働省によると、理美容師を含む「生活衛生サービス」の有効求人倍率は4.55倍で、全産業平均の約3倍だ(2018年11月)。

「スタイリストをいかに集めていくか、退職率を下げるかが課題だ」

キュービーネットの北野泰男社長は、そう危機感を語る。スタイリストの採用と育成、そして待遇改善に向けた資金確保が、カット値上げを決断した最大の要因なのである。

同社は独自の研修制度「LogiThcut(ロジスカット)」を、スタイリスト育成事業として展開している。専門学校の卒業生やブランクのある元・理美容師、未経験者を対象に、カットや接客の技術を指導し、6カ月で店頭デビューさせることを目指す。拠点は東京・大阪・名古屋に加え、2018年7月には福岡でも開校した。値上げによる増収分を原資に、投資を加速する公算だ。


しかし、値上げが増収につながる保証はない。

キュービーネットは値上げによる影響で、2019年2月〜6月の客数を前年比6%減と予想、「最短1年、遅くとも3年で元の水準に戻す」としている。ただ、同社が先鞭をつけたヘアカット専門業態は、新規参入が相次いでおり群雄割拠だ。値上げをせずにカット1080円を継続する同業他社も少なくない。

問われる「1200円」という価値

店舗数で業界3位級のジャパンプロデュースサービスが展開する、「カットファクトリー」もその1つだ。同社の店舗管理責任者を務める林田護氏は、「『1000円カット』が1つのブランド。現状で値上げは考えていない」という。2月以降は業界首位のキュービーネットと約100円の差が生まれるが、「優位に立てるのならありがたい」と言い切った。

そのうえライバルは、ヘアカット専門業態だけではなくなる。

アルテ サロンが手がける「チョキペタ」のカット料金は1200円。ただし同店では、カラー(1800円〜)やトリートメント(500円)などのサービスも提供している。「QBハウス」は今回の値上げによって、こうした店舗とも同じ土俵で戦うことになるのだ。近隣に同価格帯の競合店がある場合、来客者にノベルティ(記念品)を提供するなどの対策を検討しているものの、効果は未知数である。

「1000円カット」のブランドを捨てたキュービーネットの成長はどこまで続くのか。今後はスタイリストの技術向上など、1200円分の”価値”を提供できるかが再成長のカギとなる。