日本代表は柴崎(7番)などのボランチを経由せずに、CBからダイレクトに前線へ縦パスを入れたが、ミスを繰り返した。写真:茂木あきら(サッカーダイジェスト写真部)

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 アジアカップ・準々決勝のベトナム戦は、1-0で日本代表が競り勝った。これで5試合連続の1点差勝利である。
 
 前半は、摩訶不思議なアドベンチャーだった。正直、なぜあのような展開になったのか、よくわからない。日本は立ち上がりから裏、裏へロングボールを放り込み続けるが、ベトナムのDFは、背後のスペースへの警戒が強く、ほとんどクリアされた。
 
 その手前、DFとMFのライン間を狙った長めの縦パスも、日本は数多く入れたが、ベトナムのMFに、インターセプトされる場面が目立つ。信頼と実績の吉田麻也とは思えないほど、同じパスミスを繰り返しているのが、どうにも腑に落ちない。“疲労”で片付けることもできなくはないが。
 
 5-4-1で構えるベトナムの戦い方は、想定通りだったはず。もっと柴崎岳などのボランチを使い、一列、一列、丁寧に剥がすほうが効果的だった。相手が食いついたら、後ろへ戻し、スペースを作ってから縦パス、あるいは横に大きく展開など、“出し入れ”を増やして揺さぶる。
 

 そうやって相手の構えた守備を振り回してから、最終ラインに有効な勝負を仕掛ければ良いのに、なぜ、これほど縦に急ぐのだろうか? 1度や2度のチャレンジなら理解できるが、それ以上に何度も繰り返したことが気になった。摩訶不思議である。
 
 つかもうぜ、CK!?
 
 平均身長が約179センチの日本は、ベトナムよりも5センチほど高い。マーキングなどの個人戦術を含め、セットプレーでは明らかに分があった。縦に放り込んで、コーナーキックの獲得を狙っていく。もしかすると、そういう戦略だったのか?
 
 それは一理あるし、実際に私も試合直後はそう考えていた。しかし、時間を得て、じっくり考えてみると……。どうもベトナム対策とか、疲労やコンディションの考慮とか、そういうことではないと思えてくる。
 
 森保ジャパンの試合展開は、いつもベースが同じだからだ。ゴールの最短ルートへダイレクトに仕掛け、守備はアグレッシブにボールを奪い返す。そして後ろは、前線の個の持ち味を生かすべくサポート。
 
 相手が攻撃型だろうと、守備型だろうと、システムが5バックだろうと4バックだろうと、同じように試合を立ち上げる。昨日も森保、今日も森保、明日も森保。対戦相手の特徴に合わせた選手の使い分けも、交代カードを除けば、まったく行わない。
 
 そして、看板チームを出した後は、試合の展開に応じて修正へ。チームのベースから、できないこと、通用しない戦術を捨て、片付けていく。
 
 トルクメニスタン戦では、左サイドに原口元気を張らせて幅を使えるように修正。サウジアラビア戦は、割り切って守備固め。今回のベトナム戦も、後半は縦に蹴らず、ポゼッションをリズムアップして、一列ずつ崩すように修正した。そのタイミングは、スコアや試合状況によって異なるが、前半の終わりから後半開始にかけて行われることが多い。
 
 大きく捉えるなら、今大会の森保ジャパンのゲーム戦略は、“そのままぶつけて場当たり修正”。これですべて説明が付く。
 
 基本的にはピッチ内で選手が柔軟に対応し、それでどうにもならない部分は、監督が出て修正する。遅まきの交代カードも使って。むしろ、このようなピッチ内のアドリブを鍛えるために、どの試合でも“とりあえずそのままぶつける”を実践しているとさえ思える。

 問題は、その先に何があるのか?
 
 準決勝のイラン戦は、総合的に試される試合だ。これまでの5試合は、ある意味では“専門科目”の連続だった。対戦相手の長所と短所が、あまりにもハッキリしているため、場当たり的な修正だとしても、シンプルに考えやすい。その結果として、日本が偏った戦略になっても、むしろベターでさえあった。
 
 だが、イランは違う。攻撃、守備、個人、組織連係、インプレー、セットプレー。相反するあらゆる要素を、バランス良く備えた、完成度の高いチームだ。日本がどんなに修正しても、モグラたたきのように次々と問題を引き起こされるかもしれない。まさに優勝候補筆頭。森保ジャパンが鍛えてきた“はず”の対応力を試すには、絶好の機会である。
 
 このような大会において、試合が面白くなるのは、決勝よりも準決勝であると――。そんな言葉を耳にすることがある。日本対イランにも期待したい。
 
文●清水英斗(サッカーライター)