稀勢の里は相撲協会の犠牲者である。初代の貴ノ花のように大関のままでいれば、今頃、万年大関でも一目置かれる重鎮として、まだ角界の恐れられる実力者の地位にいられたはず。日本人の横綱を作りたい作りたいばかりで、30歳を過ぎた下り坂の稀勢の里を無理やり横綱にした。綱を張ったその時から、今日の悲劇は予想できた。
口で言えない抵抗を、稀勢の里が負けることによって表しているのではないかとさえ先場所で感じた。本人が積極的に言っていないのに、何時の頃からか、初場所で進退を賭けるとのメディアの報道も出た。本人は「賭ける」などと全く言っていないのにだ。モンゴルの横綱ばかりで気に入らないのなら、大昔に「相撲は国技である」から、日本人しか入門できないと差別丸出しにすればよかったのだ。
明らかにやる気も力も萎えた横綱を土俵に上がらせて晒しものにした。この罪は相撲協会とそれにぶら下がった甘い汁を吸う人間たちが犯した。「負ける自信(?)」があって土俵入りをしなければならなかった、無口な稀勢の里の心中は哀れというほかない。
貴乃花元親方に対する対応にしても、相撲協会にはバカしかいないのではないかとさえ疑いたくなる。八百長騒動で人心が離れつつあった危機を忘れてしまったのか。もういい加減で協会の理事たち自身が、自ら胸に手を当てて対応のまずさを反省するべきである。脳みそ空っぽの集団では、大相撲に未来はないと極言できる。(放送2019年1月16日)

(黄蘭)