たまプラーザ駅。駅周辺を「たまプラーザテラス」として2006年から2010年にかけて再開発を行い、イメージを一新した(筆者撮影)

東急電鉄が行ってきた大規模開発プロジェクトの代名詞「多摩田園都市」。今そのエリアで、次世代モビリティーの実証実験とコミュニティー拠点づくりという2つの新しいまちづくりが進んでいる。

すでに成熟した住宅地である「多摩田園都市」で、今なぜ新しいまちづくりに取り組んでいるのか。その裏には東急の危機感が潜んでいる。

渋谷行き「座れる通勤バス」

1つ目の「次世代モビリティーの実証実験」としては、1月下旬から田園都市線たまプラーザ駅周辺で「郊外型MaaS」の実証実験が始まる。

これは、同駅から渋谷へ向かう「ハイグレード通勤バス」やスマートフォンで乗車予約できる地域内の小型オンデマンドバスの運行、小型電気自動車の貸し出し、マンション内カーシェアリングという4つのモビリティ(移動手段)を組み合わせ、郊外住宅地で多様な移動の選択肢を提供しようという取り組みだ。


ハイグレード通勤バスの座席。横3列と幅にゆとりがあり、座席自体も高級感がある(筆者撮影)

この取り組みで提供される移動手段の中で異質なのは「ハイグレード通勤バス」だ。東京に通勤する世帯の郊外住宅地として発展した多摩田園都市は、人口がすでに計画を上回っていることもあり、その輸送を支える田園都市線のピーク時の混雑度は全国的に見ても毎年上位に入る「混雑路線」だ。対して今回の「ハイグレード通勤バス」はコンセントとWi-Fiを装備した3列シート車で、車内で仕事もできる。快適に通勤できる選択肢を設けることで、田園都市線の混雑による街自体へのマイナスイメージの打破も狙いにあるだろう。


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同線と直通する大井町線では昨年12月から、夜の下り列車で座席指定車「Qシート」の運行が始まったが、朝ラッシュではこうした列車はなかなか運行できない。そこで、必ず座れるが時間のかかるバスの需要がどれほどあるのかを探るのがこのバスの目的となるはずだ。

地域内をストレスなく移動でき、都心への移動にも快適な選択肢がある。そういった次世代の郊外住宅地を提案しようとするのがこの東急の一連の取り組みだ。そこには、時代や環境の変化に応じて「多摩田園都市」をアップデートしていこうという考えがありそうだ。

次世代モビリティーとともに、地域コミュニティーの活性化に向けた取り組みも進んでいる。


「CO-NIWAたまプラーザ」の1階に設けられた「コミュニティーカフェ」の1つ。ワイン販売とともにカフェ&バーとそのスペースを用いたワイン講座などで地域と連携した店づくりを行う(筆者撮影)


「CO-NIWAたまプラーザ」の上は新築のマンション「ドレッセWISEたまプラーザ」だ(筆者撮影)

2018年10月、たまプラーザ駅近くのマンション「ドレッセWISEたまプラーザ」の1階と2階部分に、地域利便施設「CO-NIWAたまプラーザ」がオープンした。同施設にはオープンスペース・シェアワークスペース・保育園・コミュニティーカフェなどが入居するほか、郊外での雇用を生み出すべく設立された東急電鉄の子会社「セラン」の事務局や屋内・屋外2つのフリースペースも設けられた。

フリースペースは多世代のコミュニティーの交流促進や地域の活動の場の提供などの役割を担う。また、テナントやマンション管理組合、東急電鉄などからなるエリアマネジメント法人も立ち上がった。フリースペースにはそのスタッフも常駐し、コミュニティー形成の拠点としていく計画だ。

高齢化の進展に危機感

こうした地域交流施設をマンションの一部として造った背景には、東急側の多摩田園都市に対する危機感が見られる。

多摩田園都市は東急田園都市線の溝の口から中央林間の間にまたがる約50平方kmのエリアを指し、現在は約62万人が居住する。1953年、当時の東急会長・五島慶太が未開発だったこの地域を一大田園都市とする構想を掲げた「城西南地区開発趣意書」を発表したのがその始まりで、1959年には土地区画整理事業に着手し、宅地開発を行ってきた。

多摩田園都市の代表的な街はたまプラーザ駅周辺の「元石川第一地区」だ。1963年から開発が始まり、1969年に「美しが丘1丁目」「美しが丘2丁目」「美しが丘3丁目」と町名が変更された。この地区では歩道と車道を完全に分離し、住宅地内の車道は通り抜けができない袋小路状の「クルドサック」とする手法などを取り入れ、高級住宅化が図られた。

だが、開発の開始から60年を迎える中で、東急側の危機感は強くなっている。ある社員は「今から手を打っていかなくては(多摩田園都市の今後は)危ないというのは社内で共有されている事項だ」と言う。

その危機感とは、多くの郊外住宅地で指摘されている「住民の高齢化」だ。たまプラーザ駅周辺の高齢化率は美しが丘3丁目で30%を超える。同じ多摩田園都市内でも辺縁部では同じように高齢化率が30%近いエリアがいくつも見られる。

そこで東急電鉄は2012年に横浜市との間で「次世代郊外まちづくり」の推進に関する包括協定を結んだ。若い世代の減少や高齢化、コミュニティーの希薄化に対し暮らしやコミュニティーを重視した「次世代郊外まちづくり」を進めようとしている。


歩道と車道を分離した美しが丘の街並み(筆者撮影)

その際にモデル地区に選定されたのがたまプラーザ駅北口地区(美しが丘1丁目、2丁目、3丁目)だ。これは昔の「元石川第一地区」の土地整理事業が行われた、多摩田園都市の「顔」といえる地区だ。ここからまた新しいモデルをつくろうという姿勢には、東急と横浜市の強い想いがうかがえる。

2012年からは東急と横浜市の包括協定に基づき、産学公民共同でアンケート調査やまちづくりワークショップが行われている。そして2013年には「次世代郊外まちづくり基本構想」が策定された。ここでは「良好な住環境とコミュニティの持続と再生が実現した郊外住宅地の将来像」を「WISE CITY(ワイズシティ)」と名付けた。WISEはWellnessやIntelligence、SmartやEcologyなどといった英単語の頭文字を取った造語で、最先端技術を使って多世代が暮らす、賢く持続可能な街を目指そうといった意味だ。


「WISE Living Lab(ワイズ リビングラボ)」の外観(筆者撮影)

その中で打ち出された取り組み姿勢の1つが、歩いて暮らせるスケールの生活圏を想定し、その中に買い物・医療・子育て・コミュニティー活動を集約する「コミュニティ・リビング・モデル」だ。この取り組みの第1弾として、2017年には先述の「CO-NIWAたまプラーザ」から300mほど離れた場所に、モデルホームとオープンスペース、コミュニティーカフェのある施設「WISE Living Lab(ワイズ リビングラボ)」が造られた。

同施設や「CO-NIWAたまプラーザ」で行われる活動、そして次世代モビリティーの取り組みは将来の多摩田園都市の姿を先取りするものとなる。これらをゆくゆくは多摩田園都市全体に広げていこうというのが東急電鉄のもくろみだ。

まちづくり「担いたくない」7割

一方で、こうしたコミュニティーづくりなどの取り組みが本当に持続可能なまちづくりにつながるかには疑問も残る。実際の住民との意識差が表れているからだ。

2012年に、美しが丘1丁目・2丁目・3丁目の6500世帯を対象に行われたアンケートでは「街づくりの担い手となる意向」について「どちらかといえば、やりたくない」が48.5%、「やりたくない」が21.4%と、約7割が「街づくりの担い手」となることに対してマイナスな回答をしている。また、地域との交流機会に関しても約3割が「必要ない」「どちらかと言えば必要ない」と回答している。

これでは住民が自ら主体となり、住民だけで自らまちづくりをしていくことは相当難しいと言わざるをえない。

すると、地域の人々をつなぐ企業やNPOなどの団体、アーティストなどの参加がカギになってきそうだ。しかし、多摩田園都市は不動産価格が高く、新しい店舗や事業を展開しようにもリスクが高い。

2018年9月に行われた「洗足・大岡山・田園調布まちづくり100年シンポジウム」で行われた「郊外住宅地の明日」と題するパネルディスカッション内では、埼玉県の鳩山ニュータウンでコミュニティーづくりに取り組む建築家藤村龍至氏が「海外で行われている最新のまちづくりの事例を聞いても、アートのように多様な人々をつなぐ存在は重要」と語る一方、次のような疑問を呈する場面もあった。


「郊外住宅地の明日」シンポジウムの様子(筆者撮影)

「多摩田園都市でアーティストを集めて人々をつなぐ人たちを増やそうとしても、こうした層が入っていけるのかが課題だ。地価が高すぎて、おそらくアートをやるような人や若い世代は田園都市線沿線には住めない。すると企業に勤めている人が中心となるという20世紀型のモデルになってしまうという課題があると思う」

多摩田園都市でのコミュニティー形成の課題は1960年代から指摘されており、その解決のために地域のお祭りを企画したり、レクリエーション施設を建設したりすることは従来行われてきた。しかし、いまだに地域住民によるまちづくりの課題は解決しないまま、さらに高齢化・人口減少時代への対応という発想の転換を行わなければならない場面にさしかかっている。

多摩田園都市のような郊外住宅地の多くは、地域の担い手が都心部へ通勤することを前提として住宅地が形成されている。こうした街では住民同士が顔を合わせる機会が創出されづらく、人々の交流が生まれにくい。

また、多摩田園都市のブランド化自体もある意味で閉鎖性を生む要素をはらんでおり、内部のコミュニティーが活性化しても、外部への開放性を持たないように見える。新住民が増えなければ地域の新陳代謝は起こらないが、そういったコミュニティーに他地域の人が魅力を感じ、住民としてその中に入っていこうと感じるかは疑問が残る。

明確な将来像を示せるか

多摩田園都市は、すでに形としては出来上がった街だ。そこでコミュニティーづくりを行い、新しい街の姿を導入するのは並大抵のことではない。そもそも何のためにコミュニティーを生み出そうとしているのか、その先にはどんな暮らしがあるのか。住民が新しいまちづくりを望んでいるのか、それすらもぼんやりとした状況であることは先に挙げたアンケート結果などから透けて見える。

「郊外型MaaS」や「WISE CITY」は、現状では漠然とした近未来の姿の提示にとどまっている。持続可能な多摩田園都市を創造するのであれば、より具体的な取り組みや、これまでの延長線上にはない大胆な施策も必要になるだろう。東急はその覚悟をはたして見せることができるか、今後の施策で問われていくことになる。