なぜ足立氏はマックをV字回復に導くことができたのか?(撮影:山本創)

2014年に、ハンバーガーチェーン最大手の日本マクドナルドが苦境にあえいだのは、いまなお記憶に新しい。取引先の中国の食品加工会社による「消費期限切れの鶏肉納品」や「異物混入」などで来店者数は激減。同社は2015年12月期に過去最大の赤字に陥った。

だがその後、「ポケモンGO」とのコラボレーションイベント、「グランドビッグマック」などの新キャンペーン、「名前募集バーガー」などのSNSを駆使したプロモーションなどのマーケティング戦略が次々と大ヒットし、マックは鮮やかにV字回復した。この立役者が足立光氏だ。同氏に劇的な復活劇を主導した「苦境を乗り越える」仕事術について話を聞いた。

「業績の悪い会社」にあえて行くべき理由

当時、アパレル大手のワールドで執行役員国際本部長として海外事業の黒字化というミッションを達成しつつあった足立氏は、業績悪化に陥った日本マクドナルドに“あえて”入社した。

「ほとんどの人は業績のいい会社、人気のある会社に行きたがります。その気持ちもよくわかります。でも、会社選びは株式を選ぶのと一緒で、いま人気がある会社はこれから成長が鈍化していく会社だと僕は考えています。

30年間ずっと業績がいいというような会社は、現実としてほとんど存在しません。よく雑誌で現在と30年前の会社の時価総額や営業利益を比べたランキングが掲載されますが、それを見るとよくわかりますよね。まさに『盛者必衰』なんです。就職活動中の学生さんによく話すのは、いま人気の会社は、学生さんが社会人として活躍するであろう20〜30年後には、不人気企業になっているかもしれないよ、ということです。

僕が転職するときに、あえて業績が厳しい会社を選んできたのは、いますでに業績のいい会社に行っても、僕の付加価値を出すことが難しいからです。誰もできなかった再建を、自分ができたら痛快だし、まさにそれが自分の付加価値ですよね。

マクドナルドに入社したときも、僕が就任したマーケティング本部長は、短期間のうちに8人も人が替わっているような難しいポジションだったので、周囲からは相当反対されました。でも、だからこそ自分が成長できるし、貢献できる、と思ったから入社しました」

足立氏自身、「どんな付加価値を提供できるか」また「自分が成長できるか」に興味があるため、すでに人気があり、確立された会社にはあまり行く理由がないという。

「若い人が『ブランド』として、人気のある会社に行きたい気持ちもなんとなく理解できます。でも、人気のある会社に在籍しているのと、自分に実力がつくのとは、まったく別の話です。どうせなら、すでに人気がある会社に行ってすでに確立したブランドにタダ乗りするのではなく、無名の会社を人気企業にすることに貢献したほうが、面白いし、自分の実力もつきますよね」

働くことの価値観には2つある

「働くことに対する価値観として、自分が『個人』として世間で通用するようになるのと、1つの会社でずっと着実に仕事をこなす、という2つの価値観がありますが、僕自身は前者をずっと心がけてきました。いまこの瞬間、想定外の天変地異が起こりうるわけです。日本企業だと思って入社した会社が、いきなり外資系になったりする時代です。


足立 光(あだち ひかる)/元日本マクドナルド・マーケティング本部長/上席執行役員。1968年アメリカテキサス州生まれ。一橋大学商学部卒業。P&Gジャパンマーケティング部に入社、その後ブーズ・アレン・ハミルトンやローランド・ベルガーなどのドイツの名門企業を経てワールド 執行役員 国際本部長。2015年から日本マクドナルドにてマーケティング本部長としてV字回復を牽引、2018年6月退任。その後はアジア・パシフィック プロダクトマーケティング シニア・ディレクターとして、ナイアンティック参画。ローランド・ベルガーのエグゼクティブ アドバイザー、スマートニュースのマーケティング アドバイザーも兼任。2016年「Web人賞」受賞。翻訳書に『マーケティング・ゲーム』『P&Gウェイ』(ともに東洋経済新報社)等。オンラインサロン「無双塾」主催。(撮影:山本創)

30年安定してサラリーマン生活を送れるところって、そんなにないんですね。であれば、人気企業に行くという考え方ではなくて、何かあっていきなり会社から放り出されてもいいよう、自分が個人として成長できる会社を選ぶべき、という話なんです」

現在、隆盛を誇るGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)などのIT企業も、将来にわたって安泰とはいえないと言う。「アマゾンのジェフ・ベゾスも、数十年後にはアマゾンは存在していないかもって発言しているくらいですから、現在好調のこういう会社が20年後にどうなるかは、誰も予想できません」。

足立氏の会社選びの大前提は「自分が成長できるところ」、結果として「人気がないところ」「大変なところ」だが、そうした組織、部署に飛び込んで、社内の雰囲気から仕事のやり方、業績まで変えていくのは並大抵のことではない。当然、給料も前職より下がることがほとんどだ。

「給料で会社を選びたくなるのも理解できますが、それだけで選んでしまうと、会社にしがみつく人になってしまい、成長の機会が失われます。特に20代、30代は短期的に給料を上げることよりも、自分の成長や経験値を優先することが大切です。ドラクエと一緒で、大変な場所でないと自分の経験値って上がらないんです。僕自身、これまで6回の転職で3回給料が下がっていますが、結果的になんとかなっています」

改革を実行し結果を出すには、人を動かさなくてはならない。しかし、マクドナルドでは当時、足立氏の前任者が8人も替わっていたため、数千人もいる社員から、かなりの不信感を持って迎えられた。

「どの組織にもキーマンがいます。それは組織を動かすキーマンの場合もあるし、会社の邪魔をしているキーマンの場合もあります。元気のない組織を変えていくにはまさに『その人たち』を最初の段階で巻き込むことです。マックの場合のキーマンは、会社に不信感を持っていたフランチャイズのオーナーさんたちでした。まずは、こうしたオーナーさんたちと膝を突き合わせて話をしました」

最後に人をヤル気にさせるのは「感情」

それまでマーケッター、コンサルタントとしてキャリアを重ねてきたが、人に動いてもらうのに必要なのは、ビジネスのロジックや戦略ではなく、「人間くさい部分」だと足立氏は力説する。

「僕自身もコンサルに入る前はロジックや戦略がすごく大事だと思っていた節がありましたが、いざ入ってみると、必ずしもそうではないことに気づきました。ビジネスなので、ロジックがなければただの素人です。ロジックが身に付いているのは「当たり前」で、そこから差が出るのは、人を動かすための『感情の部分』なのです」

また、仕事を動かすために自社にいる人だけに目を向けていては、事はうまく運ばないので、もっと広い視野を持つべき、とも。

「ビジネスを進めるのに大事な人たちは、自分の会社の外にもいるんです。それは外注した仕事をしてもらっている代理店、コンサルタント、制作会社など、業種業態によってさまざまですが、そこも含めて『結果を出すための組織』なんです。

よく社員のモチベーションを上げようとするけど、外注先のモチベーションは上げなくていいというのは非常におかしいことなんですね。こうした外部の人たちもプロジェクトの重要なステークホルダーだから、やる気になってもらわないといけないわけです。下請けをアゴで使う会社って少なくないですが、お金を出しているほうが偉いなんてことはまったくありません。お金を払ってそれに見合った成果を得るのだから、理論上は対等な関係なわけです」

そのため、足立氏は次のような質問をよくする。

「普段お付き合いしている外注先の人たちは、本音では皆さんとお仕事したいと思っていますか?」

逆境にあったマクドナルドで窮地をしのぐことができたのも、いい関係を築いてきた外部のメンバーたちに助けられた部分が大きいと話す。

昨今はMBA(経営学修士)ホルダーがグローバル企業で重用されているが、MBA取得は慎重に考えるべき、という。

「MBA自体は、お金と時間があれば、行くのは全然アリだと思います。世界中から集まった成長意欲の高い人たちと濃いネットワークがつくれますからね。ただし、日本に帰ってきて、そのネットワークを活かすような仕事をしなければ、MBAはまったくの無駄だと思います。日本にもMBAが取得できる大学院はありますが、欧米のMBAで獲得できるネットワークとはまったく異質のネットワークなので、そこに価値を見いだすならアリだと思います」

MBAを取得するのにお金と時間をかけるなら、「業績の悪い会社」をはじめとする「修羅場」で実際に悪戦苦闘するほうが圧倒的に成長できるのではないかという。こうした考え方のもと、足立氏はマクドナルド復活のためにどのようなことを実践していったのか。

斬新なアイデアは人からもたらされる

「いま現在、外食を含むほぼすべての会社は、1社くらいなくなってもまったく消費者の生活に支障はありません。ですから、自社の物やサービスを買っていただくには、それなりの理由が必要になります。この『買う理由』を作り出すには、3つのポイントがあります。

1つ目は『友達が言っていたから』『SNS上で流れていたから』『ネットニュースに出てたから』といった口コミです。2つ目は、話題の基になる情報にたくさん触れること、つまり、接触する情報の量を増やすことです。

そして3つ目は、実はほとんどの会社があまりやっていないのですが、お店に来る(買う)別の理由を大量に作ることです。たとえば、マクドナルドで言うと『楽天やドコモのポイントが5倍もらえる』『ポケモンGOができる』『ドラゴンクエストのアイテムがもらえる』といった、ハンバーガーを食べる以外の目的です。3つ目を行うと、お客さんに来店していただける確率と頻度が上がるのです」

「2018年末の決済アプリ「ペイペイ」の2割引きキャンペーンは、ビックカメラにとって、まさに3つ目でしたよね。ビックカメラに行く理由は特にないけれど、ビックカメラでペイペイを使えば20%還元されるから、とりあえず何かを買いに行く、というわけでビックカメラに人が殺到した、という構図です」

ちなみに、マクドナルドの例でいうと、「ポケモンGO」や「第1回マクドナルド総選挙」といったコンテンツは、どうやって生まれたのか。

「コラボ系は、最初は知り合いからの紹介でした。マクドナルドの場合、4年前はイメージが悪かったので、どこも組んでくれなかったわけです。ですから、『楽天ポイント』や『ボケモンGO』といったキャンペーン・コラボは、ほぼ知り合いルートの企画でした。

キャンペーンのアイデアは、ほぼ広告代理店からきていますので。戦略をお客様の心に響くような施策に落とし込む戦術は、われわれよりも普段から圧倒的な量のアイデアを考えている広告代理店の方々のほうが適しているわけです。

また、製品アイデアについては、内部の声を拾うことで実現したものもありました。ヒットした『黒と白の三角チョコパイ』は、私がマックに着任してすぐフランチャイズのオーナーさんに話を聞きにいったとき、雑談のなかで出てきたものです。結局、ほとんどは自分が考え出したものではなく、誰かのアイデアを採用したものなのです」

人に動いてもらうには人間くささが必要

斬新なマーケティングを実施するには当然、社内外の人に動いてもらわないといけない。どうすれば動いてもらえるのだろうか。

「たぶん皆さんそうだと思いますが、自分が興味がない人とか、面白いと思わないような人とは付き合いませんよね。ならば、まわりが興味を持ち、面白いと思ってくれるような人になればいいんです」

また、人に能動的に動いてもらうために、つねに心がけているのが「与え続けること」だという。


「祖母から『人間関係は、引き出し』だと教えられました。引き出しから何かを出そうと思ったら、あらかじめ何かを入れておかなくてはならないですよね? 人間関係は引き出しと同じで、『誰かに何かしてもらおうと思ったら、その人たちのために先に何かしておきなさい』ということです。

世の中には、人に何もしてあげないのに、自分には何かしてもらおうという人が多すぎます。人は必ずしも損得で動いているわけではないけれど、人には感情があるからこそ、こんな『ペイフォワード』が効いてくるのです。人は投げられたものしか返してきません。汚い言葉で罵れば、それが自分にも返ってきますし、逆もしかりです。こうしたことを理解して自然とできるようになると、自分の周りがうまく回り始め、大抵のことはうまくいくと僕は思います」

仕事というと、とかくビジネススキルに答えを求めがちだが、実は逆境を乗り越えるために必要なのは、こうした「感情」という人間くさい部分がより重要だったりする。足立氏の経験から学ぶところはとても大きい。