どんとんと孤立していくトランプ大統領(写真:Carlos Barria/ロイター)

新年を迎え、日本は深まる危機の中へと沈みゆくアメリカに直面している。株式市場が乱高下位する中、ドナルド・トランプ大統領はホワイトハウスで孤立しつつある。政府機関の一部は財源を拠出できずに閉鎖し、閣僚たちは辞めていき、敵対する民主党員たちは下院を支配しようとしており、法的捜査がトランプ大統領を包囲している。

アメリカは目下5つの危機に直面している。まずは、トランプ大統領の頭を占拠する政治的危機がある。大統領のツイッターを見れば、同大統領がアメリカ政治の内部力学に心を奪われているのがよくわかる。下院で共和党が味わった中間選挙における敗北は、政治的な転換点として広く受け取られている。

株式市場に漂う先行き不透明感

1月からは民主党が下院を支配し、調査のための議会を招集したり、ホワイトハウスからの立法発案のほぼすべてを妨害したりすることもできるようになる。トランプ大統領は近々起こるこうした挑戦に対して、自身の熱狂的支持者たちの一部が喜ぶような反移民メッセージを使って、さらに深い対立を生む戦略に突き進むだろう。

民主党優位の下院とトランプ大統領は目下、自身が公約したメキシコ国境沿いの壁の財源拠出をめぐって衝突へと突き進んでいる。議会の共和党リーダーたちは、妥協への努力を大統領にはねつけられて以降、ほぼ脇へと退いている。トランプ大統領が引き下がらない限り、政治的危機の早期の決着はありそうにない。

2つ目は、アメリカの株式市場の先行き不透明感だ。昨年末に相場は乱高下した後、年明け1月3日にはダウ工業株30種平均株価は一時、前日比600ドル以上下落。高成長と歴史的低失業率、そして賃金上昇を特徴とする成長著しい経済という、トランプ政権のひとつの明確な成果に暗雲が立ち込めている。

トランプ大統領は株式市場の混乱は、利上げのせいだとして米連邦制度準備理事会(FRB)と、(自身が指名した)ジェローム・パウエル議長を非難している。だが、2020年に不況に陥る可能性がある説が経済専門家の中で広がっており、その不安は投資家にも伝播しつつある。

ただし、こうした専門家たちもアメリカ経済が本格的に崩壊するとは見ていない。ニューヨーク・タイムズ紙コラムニストであり、プリンストン大学経済学者のポール・クルーグマン氏は「はっきりさせておこう。今現在、明らかな危機レベルの脅威が迫っているということはない」と最近のコラムで語っている。

こうした専門家たちの見立てでは、市場を混乱させているのはアメリカ経済に対する先行き不安ではなく、トランプ大統領や彼の側近たちに、少なからぬ問題を抱えているアメリカ経済を管理する能力がないことである。

中国との話し合いが進展しているとする、トランプ大統領のこのところの主張もまた、株式市場に影響を及ぼそうとする、見え透いた試みだと受け止められている。実際には話し合いは始まったばかりで、その成功が保証されているとはとうてい言いがたい。

アメリカ軍のシリア撤退という恐ろしい決断

日本との貿易交渉は視野にはあるが、それも中国との協議期限である3月1日が過ぎなければ真剣味を帯びることはないだろう。しかし世界第2位と3位の経済大国との貿易摩擦の話題は、市場や経済を下降に導くことにしかならない。

3つ目は、アメリカ国内外の安全保障政策の危機である。アメリカ政府の政策決定に関わっている上層部にとって最も厄介な危機は、小規模ながら戦略的に重要なアメリカ軍のシリア駐留を打ち切る、というトランプ大統領の突然の声明によって引き起こされた。

シリアへの長期駐留の判断については合理的な議論がされており、政策専門家たちのほとんどは、急速な撤退はシリアのアメリカ連合軍(ほとんどシリアのクルド人たち)の壊滅につながるだけでなく、その地域におけるイランとロシアの役割を強化することにもなると指摘している。

それ以上に、イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」とアルカイダがいまだ勢力をもつ集団であるという現実があり、アメリカの撤退はテロリストの攻撃を再び深刻な規模に発展させるおそれもある。

「私が最も危惧しているのは、アメリカの政府職員や施設を標的とした、大量の犠牲者を出すおそれのあるテロ攻撃だ。機密性の高いアメリカのインフラをターゲットにした壊滅的なサイバー攻撃も含まれる」と、ある情報機関の高官は話す。「トランプ政権はそのときどうするのだろうか。誰を非難するのか、また、その非難は信頼できるものだろうか」。

4つ目の危機は、ジェームズ・マティス国防長官の辞任である。同氏の辞任は長らく噂されていたが、それでも衝撃だった。説得力のある辞任書簡の中でマティス氏は、トランプ大統領の新孤立主義やNATO(北大西洋条約機構)をはじめとするアメリカの国際的安全保障同盟をむしばむ行為を挙げ、トランプ大統領との政策の相違による辞任であることを明確にした。

日本や韓国にも影響が及びかねない

北朝鮮との交渉をまとめるなど北東アジアで長い経験をもつ元国務省高官エヴァンス・リヴィア氏は、この決断がアジアにとってどのような意味をもつのかをこう説明する。

「今アメリカで起きていることは、日本にも韓国にも深く不穏な関連がある。トランプ大統領は、トルコの脅威に直面するシリアや、最終的にはアフガニスタンにおいてもアメリカ軍の駐留を解く決断をしたことによって、またイラクでのアメリカ軍部隊に対する驚くほどあからさまなコメントによって、こう宣言したに等しい。

『世界の紛争地域におけるアメリカの力強く能動的で主導的な役割は、地域や世界の平和と安定を守るのに不可欠だとの信念をアメリカがもっていた時代は終わったのだ』と」

「トランプ大統領はかなり前に、公益の促進と、自らの重要な利益であるとみなしていた自由主義的秩序の保護を目的とし、アメリカが重要な防衛負担を担っていた絡み合う同盟関係や協調関係を侮辱した。現在トランプ大統領は、国際的なリーダーという立場を終わりにしようとの具体的な行動を起こし始めている。トランプ氏がアメリカ大統領としてい続ける、ということになれば日本や韓国などの同盟国は代替の自己防衛政策を模索し始めてもいいだろう」

現在、アメリカ経済や外交政策の懸念の根本にあるのは、非常に有能であるだけでなく大統領の衝動的行動の抑止にもなると見られていた高官たちの退任だ。

ジョン・ケリー首席補佐官とマティス国防長官の退任は、国内外の安全保障政策をマイク・ポンペオ国務長官とジョン・ボルトン国家安全保障問題担当補佐官の手に委ねることになるが、両者ともトランプ大統領の決断に挑もうとはしないか、もしくはできないように見える。

評論家たちは現在「Bチーム」の人員で構成された政権について語る。下位レベル、もしくは共和党内においてすら信頼を得られていないような面々だ。

「今や、良識によってではなく、直感や衝動で統治したいとするトランプ大統領の欲求を抑制できる者はいないと言える」とリヴィア氏は言う。「マティス氏の突然の退任は、最も安定した人物を政権から排除したことになる」。

トランプ大統領はしだいに自身の狭い政治的目標を、とりわけ自身の生き残りを、軍に、情報機関に、そして政府の法執行組織に吹き込もうとしており、それらの職務の高潔さを損なっている。

ベテランジャーナリストが抱く懸念

「トランプ大統領のイラクやドイツの部隊への訪問についても非常に憂慮している」と、前述の情報機関高官は話す。「トランプ大統領による政治的動機に基づくウソが続き、部隊などの訪問も政治的な意図があった。司法省や連邦捜査局(FBI)といったほかの機密性の高い機関は激しいプレッシャーにさらされ続けている。今後、情報機関、軍、法執行などの機関の政治色が強くなれば、つまり“独裁者”の個人的地盤となるのであれば、こうした組織が信頼を取り戻すには何十年もかかるだろう」

このすべてが5つ目の危機につながっている。トランプ氏の大統領としての法的地位の危機だ。トランプ大統領の選挙運動スタッフ、家族、取り巻きたちに及んでいる捜査は日に日にきつくなっている。まもなくロバート・モラー特別検察官が、ロシアによる大統領選介入計画への共謀、およびその他の犯罪についての捜査の最終報告をする。

「トランプ大統領に対する弾劾手続きは現在避けられなくなっていると思われる」とベテランジャーナリストのエリザベス・ドリュー氏は、12月27日にニューヨーク・タイムズ紙に書いた。「大統領が辞任しなければ、来年、弾劾手続きを始めよという、民主党指導者に対する大衆の圧力は増すばかりだろう」。

ドリュー氏は、リチャード・ニクソン大統領を辞任に追い込んだウォーターゲート事件の捜査を報道した人物だが、今回も議会でトランプ大統領が共和党員たちからも見捨てられる可能性が高いことなど、状況が似通っていると見る。

「私はつねに、主だった共和党員たちは、最終的にトランプ氏は党にとってお荷物になりすぎ、国家にとって危険になりすぎたと結論づけることになるだろうと見ていた」とドリュー氏は書いている。「その時が来たのかもしれない。結局のところ、共和党員たちは自分たちの政治生命の存続を選ぶことになるだろう」。

これがどこへと向かうかは誰にもわからない。しかし確かに言えるのは、2019年はひとつの危機的な波であり、そのいくつかは安定した日本の海岸へもいや応なく打ち寄せるだろうということだ。