紅白、桜、ポジティブメッセージ。どこまでも縁起がいい。裏側にはペンでメッセージを書ける(筆者撮影)

平成31年(2019年)のセンター試験は1月19日、20日。不安や緊張と戦いながら勉強を続ける受験生にとって「お守り」や「縁起もの」は心を支え、励みになるに違いない。

受験シーズンに人気の「キットカット」はサクサクのウェハースをチョコで包んだお菓子。売り上げのピークは12〜1月、つまり大学受験シーズンに当たる。2〜3月(バレンタイン、ホワイトデーがある)にピークが来るのが当たり前の日本のチョコレート業界では、類まれな存在だ。

福岡の言葉が由来だった

ところで「キットカット」はなぜ、どんな経緯で「受験生」と結び付くようになったのだろうか。

キットカット」を製造・販売する、ネスレ日本コンフェクショナリー事業本部 マーケティング部長の竹内雄二さんに話を聞くと、その発端は九州、福岡県にあった。

1990年代後半。九州地区でなぜか「キットカット」が、12〜1月だけ目立って売り上げが伸びるようになった。理由がまったくわからなかった担当者が聞き込みをすると、なんと福岡のスーパーを中心に、受験生の親や友人が「受験生へのお守り」や「縁起担ぎ」に大量に購入していることがわかったのだ。

ではなぜ「キットカット」なのか? 理由は、福岡の方ならおわかりだろう。福岡の言葉で「きっと勝っとお」といえば「きっと勝っているはずだ」「きっと勝っています」という意味だ。

1999年、ネスレ日本の九州支社長は、この報告とともに「九州のスーパーに受験生向けPOPを作りたい」という稟議を上げた。しかし、当時マーケティング担当者だった竹内さんは、当初それを通さなかったという。「大切な登録商標を語呂合わせや言葉遊びするのは、ブランドとしてよくないと、まずは慎重に判断してしまったのです」(竹内さん)。

折しも2000年ごろ、「キットカット」の販売チームは「日本人にとっての本当の意味での『ブレーク』とは何か?」を議論していた。

CMでおなじみの「Have a break, have a KitKat.」は世界的なキャッチコピーで、「ブレーク」には「休む」という意味がある(「割る」というダブルミーニングもある)。

日本の消費者を対象に「あなたにとってのブレークとは、どんな瞬間ですか?」という大規模なヒヤリング調査を行うと、リアルな声が次々と上がった。「仕事の後、お風呂に入ってリラックスしている瞬間」(女性)、「勉強の休み時間に、机にだらーっとなって寝てるとき」(学生)。「つまり日本人にとってのブレークは、単なる休憩ではない。ストレスから解放されている瞬間だということがわかったのです」(竹内さん)。

日本の「ブレイク」はストレスからの解放

日本はストレスの多い国とも言える。まじめに取り組む人ほどストレスはかかる。なかでも「受験」は学生時代のいちばんのストレスではないか、と仮説が上がり、九州から上がってきた声とシンクロした。

そしてついに、当時マーケティング本部長だった高岡浩三氏(現・ネスレ日本代表取締役社長兼CEO)が「九州の消費者から上がったユニークな現象。これこそがリアルで新しい消費のされ方だ」と認識、2003年から受験生応援キャンペーンが始まった。

ネスレ日本は「キットカット」販売にとどまることなく、受験生の応援を続けている。「「キットカット」で応援されていることは、少しでも気持ちがやわらぐ瞬間になるのではないか。ストレスをリリースするため学生さんを応援するツールになれば、本当の意味でのブレークではないかと考えたのです」と竹内さんは話す。


「いい予感」、とかけて「伊予柑」(写真:ネスレ日本提供)

2003年からは、全国の受験生が泊まるホテルに向けて「キットカット」を無償配布することを始めた。現在では500以上のホテルのフロントで、受験生に「キットカット」が手渡される。

また、これまでにも受験生の不安を取り除くため、「鉄道・タクシー」会社、「郵便局」や「神社」などと組んで、受験生応援活動を展開してきた。

今期の2019年は、慣れない受験地での心配事が増えがちな「試験当日の会場への移動」のサポート体制を整えた。全国9都市、150以上の大学正門までを無料でナビゲートするシステムで、スマホから無料で利用できる。試験当日、会場までの道に迷えば焦りや疲れを感じてしまう。そんなことのないよう、本来の実力を発揮できる環境を整え、受験生を応援しようというのだ。

受験当日、祈るような気持ちで息子のポケットに「キットカット」を入れました」(50代女性)、「勉強の合間に、願をかけて食べていました」(20代男性)という声もあった。受験には、祈りもドラマもある。

日本の売り上げが世界でトップ

キットカット」担当者には、お客さま相談室、質問サイト、会社の住所宛に手紙などあらゆる窓口にお礼メッセージが届く。「リラックスして合格しました、みんなで試合前に食べて勝ちました、などですね。皆さんの深いところに到達したのかな、と感動します。これは商品担当として、かけがえのないことです」。竹内さんは、そう明かしてくれた。


特設売り場(新宿)では、東京メトロ沿線上にある試験会場の出口が何番か、一目でわかるしおりを無料配布していた(筆者撮影)

キットカット」は世界100カ国以上で販売され、日本が売り上げでトップを誇る。また、自然発生的に「受験シーズン」と結び付いた日本の現象は、「キットカット」の成功事例として、グループ全体に知られている。

大学受験者が減少する一方で、「キットカット」の1〜2月の販売量は年々増えている。春を前にした季節。受験を終えてからも、自分と戦い、最大限の努力をした日々や、応援してくれた教師や家族の思い出がよみがえり、そっとこのチョコレートに手を伸ばす人が多いのかもしれない。